確信に触れる ⑵
次の日、リズは見舞い品を持ってリーズリーの邸宅を出た。ベロルニア公爵邸宅までの道のりはとても緊張したが、目的地につく頃には平常心を取り戻していた。
メイドのアンと共に馬車を降りて、リズは顔を上げた。
(ここに来るのも久しぶりだわ……)
つい半年ほど前まで、リズはよくこの邸宅を訪れていた。もうだいぶ昔のことのように感じる。
リズが顔見知りの執事に挨拶すると、彼はリズを見てホッとしたようだった。
彼もまた、リズとヴェートルが親しくしていたことを知っている。それなのに突然、ふたりの関係が希薄になったことを案じていたようだ。
彼のその反応にリズは気まずく思った。
「ヴェートル様は寝室にいらっしゃいます。安静を申し渡された身でございますからね、皆様方をお迎え出来ずに申し訳ございません」
当主が出迎えられないなら、せめて前公爵夫人、つまりヴェートルの母が対応するべきなのだが、前公爵夫人は、夫の死と同時に領地に戻ってしまった。今王都のタウンハウスに滞在しているのはヴェートルだけだ。
リズは柔らかく笑みを浮かべた。
「気にしなくていいわ。今日は見舞いに来たのだから」
執事に案内されて向かった先は、今までリズも足を踏み入れたことの無い区域だった。
(なるほど、この先がヴェートル様の私室になっているのね)
いくつか扉を超えた先で、執事が足を止める。
彼はノックし、部屋の主人にリズの訪れを伝えた。
「リーズリー公爵家の方がいらっしゃいました」
「通してください」
ヴェートルの落ち着いた声がする。
その声にリズはどきりと心臓が鳴った。
うるさい鼓動を落ち着ける間もなく、執事が扉を開ける。
開かれた視界の先で、ひとりの青年がベッドで体を起こしたようだった。
ヴェートルだ。
執事に促されてリズがおずおずと足を踏み出すと、顔を上げたヴェートルと目が合った。
「!」
リズが息を飲み、ヴェートルが軽く目を開いた。
ヴェートルはおそらく、今日来るのはロビンだと思っていたのだろう。実際、父公爵に見舞いの使者として寄越されようとしていたのはロビンだった。それを、リズが代わった形になる。
リズは忙しなく視線を揺らして、壁紙や部屋の調度品などを見た。
彼の部屋は全体的に白と茶色で統一されていた。カーペットや壁紙は白だが、調度品の類は木の滑らかさを生かすような茶色だ。
ピンクやモスグリーンなどの少女趣味に彩られたリズの部屋と比べると、なるほど男性らしくシンプルなものだった。
どうでもいいことばかり考え、視界に留めてしまうリズはようやく言葉を絞り出した。
「お見舞いに来たの。怪我をされたと聞いたわ。あの……大丈夫なの?」
そろそろと顔を上げると、未だに驚きの色が消えない彼がハッとしたようにリズを見た。
リズもまた、彼を見て目を見開いた。
ヴェートルの髪が短くなっていたからだ。ちょうど、顎の下で切りそろえられている。
彼女は過去に一度だけ、彼が髪を切ったところを見たことがある。
(あの時は──そう、あの時、私はネックレスをもらった)
彼は髪を切った理由を必要に応じて、と答えていたはずだ。今回もその【必要】に応じて髪を切ったのだろうか。リズが困惑している気配を察したのだろう。彼はああ、と気がついたように首をかしげ、短くなった髪を見た。
「髪なら、必要に応じて切りました。……今日はリズが来てくれたんですね」
(『必要に応じて』。……その、必要って何に必要なの?)
「……ヴェートル様は怪我をされたと聞いたわ。魔術師という職はそんなにも過酷なものなの?」
リズが魔術師の職務について尋ねるのは初めてだ。ヴェートルは少しびっくりしたようだった。
「いえ、職務自体はそんなに危険が付随するものではありません。今回の怪我は、偶発的な事故のようなものです」
「ヴェートル様は……いえ。魔術師とは何なの?どうして……秘密にされているの?私には教えられないこと?」
ヴェートルは少し考える素振りを見せたが、やがて薄く笑みを浮かべた。
「懐かしいですね。こうしていると昔を思い出します。あなたは気になることには全て答えを出そうとする子でした」
「昔話するつもりはないの。誤魔化さないで」
「誤魔化しているつもりはありませんでしたが……リズ。魔術師について話すことはできません。国家機密になりますから、私の一存ではあなたに話すことはできません」
「どうして国家機密なの?やっぱり危ないことなの?」
(国が秘密にする、ということはその必要性があるということ。伏せておかないと不都合な情報ということだわ)
例えば──そう、悪魔崇拝者の摘発、とか。
アスベルトから教えてもらった情報は、今までリズが知り得ないものだった。アスベルトもまた魔術師団に所属する魔術師だ。悪魔崇拝者の名前は魔術師しか知らされていない情報だと考えれば、魔術師の職務内容も察することができる。
(以前、ヴェートル様は魔術の力を『暴力的な力』と称していた)
であれば、その暴力的な力をもって悪魔崇拝者を抑え込む、あるいは捕縛していると考えれば納得がいく。
ヴェートルはため息をついた。それがまるで、聞き分けのない子供に対する態度のように感じてリズは怯んだが、引き下がるつもりは無い。
「今まで職務を通して私が怪我をしたことはありましたか?……これは、本当に偶発的な事故です。また、私の気の緩みのせいでもある」
「………」
「それより、あなたに渡したいものがあります。リズが来てくれてちょうどよかった」
「渡したい、もの?」
リズは戸惑った。
このタイミングで、ヴェートルが髪を切ってから言われて思い浮かぶものはひとつしかない。
(でもまさか……)




