変わってゆく
リズは困惑していた。
デストロイ・アトソンとのティータイムの日取りが決められ、顔を合わせた彼はまるで親しい友人のようにリズに話しかけた。
「リーズリーの邸宅はさすが圧巻ですね。この中庭など、じつに趣味がいい。まるでおとぎ話に出てくる庭園のようです」
ヴェートルとよく紅茶を楽しんだ中庭の東屋で、リズとデストロイは顔を合わせていた。
デストロイは会話が上手で、話をとぎらせることはなかった。どちらかというと聞き手よりも話し手に回ることの多いリズだが、やはり相性が良くないのか先程から「はあ」「ありがとうございます」「嬉しく思いますわ」の三つの言葉ばかり使い回していた。
「ありがとうございます」
リズは三つ目の定形となった言葉を口にしてにっこりと微笑んだ。
デストロイは茶のくせっ毛を生かすようにぴょんぴょんと髪を跳ねさせ、どこか親しみを覚える雰囲気がある。きっと彼は誰とでも仲良くなれるタイプの人間だ。
「リズレイン嬢は十六歳になられたと聞きましたが、まだ誰とも婚約を結んでいませんよね?」
「そうですね」
「是非、立候補させて欲しいのですが?」
「ふふ、ご冗談を」
ついにリズは三つ以外の言葉を口にした。
褒め言葉か自分の話ばかりだったデストロイが本題に入ったことにリズは気がついていた。
「冗談ではありませんよ、可憐なひと。あなたのように美しい女性が婚約者一人いないなど、世の損失です。嘆かわしい」
「お上手ですのね」
「いいえ?私は、あなた以上に美しい人を知りません。その深紅の髪。そのように綺麗な色合いの髪を私はほかに知りません。炎の先のような、紺青色の空を赤く染める夕焼けのような。陽にあたると一層美しい」
「……デストロイ様の髪も美しくってよ。亜麻色にも見えますけど、太陽にあたると淡い金髪にも見えますのね」
リズは社交辞令程度にデストロイを褒めてから、目を細めて笑みを浮かべた。
心からの笑顔ではなく、相手を威嚇、あるいは迎撃するかのような攻撃的な笑みだ。
「ごめんなさい。たわむれ言葉には慣れていなくて。上手い表現が見つかりませんの」
あなたに比べてね、という強烈な嫌味を読み取ったのだろう。リズからいい手応えを感じないデストロイが苦笑した。
「そう警戒しないでください。確かに我々は夜会の場以外で顔を合わせるのは初めてです。ですが、私の気持ちは真実ですよ」
「ふふ」
リズは早急に解散したくてたまらなかった。
なぜ、自分は全く興味のない男の相手をさせられているのだろう。
デストロイは娘の憧れの存在で、夜会でも令嬢に囲まれているのを知っている。彼もまた、寄ってくる娘の相手をするのもやぶさかではないようで、異性関係の交流は瑕疵にならない程度に華やかだ。
リズは、女に集られそれを鼻にかけている男は嫌いだ。そういう男はどうしても、傲慢さが透けて見える。自分は女に好かれているのだと自負しているのか、居丈高に口説いてくる。
拒否されるはずがないだろうと無意識に思っているからだ。そういう態度を、リズは好まない。
「今日はこのくらいにしておきましょう。あまりしつこくして嫌われてもいけませんし」
「……またいらっしゃるのですか?」
「今度はアトソン伯爵邸にいらしてください。他の場所でも構いませんよ」
(えぇ……また会わなきゃいけないの?)
リズはうんざりした。
会ってすぐ、リズは自身の目的を達成するために女神教の教えについて聞いてみたが、彼から返ってきたのは模範的な回答文だ。
儀式について何か知っているか聞きたかったが、あまり尋ねて逆にリズが悪魔崇拝者と疑われるのは避けたい。なのでリズはそれくらいで引き下がったのだが、それからデストロイの弾丸トークは始まった。
その大半が口説き文句でリズは辟易としたし、中身のない会話にうんざりした。
それがこれからも続くのかと思うと、御免こうむりたい気持ちでいっぱいだ。
彼女は、揺れる紅茶の水面を眺めた。
「デストロイ様」
「なんですか?」
「私はあなたと婚約できません。あなたは私との婚約をお望みなのですよね?」
はっきりとリズが口にすると、デストロイはわずかに驚いた顔をしたものの、すぐに食えない笑みを浮かべた。
「それは、あなたがベロルニア公爵と懇意にされていることとなにか関係が?」
「さぁ、どうでしょうか。いかように受け取ってくださっても構いませんけれど」
「では、僕の好きなように受け取ります。その上で言いますね、リズレイン嬢。あなたは辛い恋をしたのかもしれませんが、恋の痛みはさらなる恋で癒されなければならない。相手が悪かったですね、ベロルニア公爵はおそらく、とても理想が高い。あなたがいくら美しいと言えど、それは人間の範疇だ。彼は、自身と同じ人外レベルの……妖精とか、妻にするんじゃないかな」
デストロイは突拍子のないことを言った。
リズはどこから突っ込むべきか迷ったが、好きなように受け取って構わないと言ったのはリズだ。大人しく沈黙し、彼の言葉を受け流した。
「あなたは、僕と結婚するべきです」
(え……絶対いや)
こんな男と結婚した日には、あれしろこれしろ、あれはだめだと命令されて暮らすのが目に見えている。
このの男は優しげに見えて、女に主導権を与えないタイプだ。リズはそういう男は無理である。
「ベルロニア公爵に凍らされた恋心は、僕が溶かしますよ。リズレイン嬢」
「………」
「そろそろお暇しましょう。また、手紙を出します」
デストロイは席をたち、見送りは不要だと言って帰って行った。リズはどっと疲れた。
(すごい疲れた……けど、デストロイの狙いって何かしら?)
まさか本当にリズが好きだとは思えない。
リズはひとり、ベッドの上に転がって考え込んでいた。
(リーズリーの家が目的?だけどアトソン家はリーズリーの援助を必要とするほどひっ迫していない)
そもそも第一王子の筆頭補佐なのだ。
経済力や権力に恵まれている彼が、リーズリーの家の力を求める必要は無い。
だとすると、なぜリズに求婚したのだろう。疑問は堂々巡りで、答えはいつまでたっても出なかった。




