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死に戻り姫は冷酷公爵の生贄に捧げられる  作者: ごろごろみかん。
【現在】ヴェートル──十八歳

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32/73

魔術師 ⑶



席をたち、今にも場を辞そうとしていた彼はふと、公爵に言った。


「馬を一頭、貸していただけますか?」




帰り道、ヴェートルは従僕にできる限り人通りの多い道を選び帰宅するよう告げた。

自身は公爵から借り受けた白馬の鐙に足をかけ、身軽に乗り上げる。この馬は公爵が所有する馬の中でも優秀な馬だそうで、早駆けに優れているそうだ。

白馬は、慣れない相手に多少興奮していたようだがヴェートルがなだめるように首を撫でると、彼の落ち着いた雰囲気に宥められたのか、少し落ち着きを取り戻したようだった。


「おそらく馬車は狙われるかと思います。人通りを抜けたらスピードを上げて──馬車を繋ぐ紐を切り、捨ててください。向こうの狙いは私ですので、馬車が切り離されれば追いはしないでしょう」


「ヴェートル様はどうされるのですか?」


御者が恐る恐る尋ねる。

ヴェートルは手綱を引き、馬の乗り心地を確かめながらあっさり答えた。


「公爵から馬を借り受けたので、こちらで帰ります。……馬車に人が乗っていないことを知ったら、追われるかと思いますのでそれまでに逃げ切ってくださいね。ベロルニアの邸宅に真っ直ぐ帰ってこなくていいので、王都の宿泊地にでも逃げ込んでください。後で宿泊料は払います」


「わ、分かりました」


ヴェートルは長い銀髪を後ろに流したが、煩わしく感じたのか紺のサーコートから赤の結び紐を取り出すと、後ろでひとつに結んだ。


「では、後ほど」


ヴェートルは短く言うと、馬の腹を蹴り駆けていった。

魔術師の適正があったヴェートルは幼い時から地方に向かい、浄化を行ってきた。

乳母日傘に育てられ、物見遊山にしか馬を駆けない青年貴族に比べて、彼は旅慣れしていたし馬に乗ることにも慣れている。

ヴェートルなら一人であっても敵からの襲撃に遅れをとることはないだろう。





ベロルニア公爵邸宅に戻ったヴェートルは、父への報告も後回しにし、まず同じ魔術師団に所属するアスベルトに連絡を送った。

数刻もしないうちに、アスベルトがお忍び用の馬車に乗りベロルニア公爵邸宅に到着した。


「急ぎの用って聞いたけど、何かあったのかい?」


アスベルトは貴賓室ではなく、直接ヴェートルの部屋を尋ねた。ヴェートルは長旅に出る前に湯を浴びたのだろう。彼は服の着替えを終えたところだったようで、紺のサーコートを羽織っていた。


「単刀直入にお伝えします。リーズリー公爵の報告が偽造されていた可能性があります。第三者の手によって」


「リーズリー公爵の報告……?確か、リーズリー公爵領はここ最近悪魔病の罹患者も落ち着いてたんじゃなかったか?それもあって僕たち魔術師は、ほかの被害の大きい領地に浄化に向かわされているのだし」


「それが偽りの可能性がある、ということですよ」


「……正確な情報は?」


アスベルトは頭の回転が早い。

すぐに、状況を理解したのだろう。

彼は眉を寄せてヴェートルに尋ねた。


「悪魔病の罹患者は先月に比べ、1.3倍に増加。辺境の医療院はひっ迫し、患者を隔離するだけの場所を確保することに苦労しているようです。瘴気が増加している可能性があります」


「最後にリーズリー公爵領の浄化を行ったのは三ヶ月前……。まだ、瘴気が増殖するタイミングではないはずだが」


「いずれにせよ、直接出向いて確認してみないことには分かりません。リーズリー公爵領には北方魔術師団駐屯地がありますのでまずはそこに行って状況の精査をおこないます」


「お前一人で行くのか?」


腕を組み、渋い声でアスベルトは言った。

もし、情報が偽られ、リーズリー公爵領が酷い状況ならヴェートルもどうなるか分からない。

アスベルトが心配していることに気づいたのだろう。ヴェートルは目を伏せると、少し考える素振りを見せた。


「相手の目的が見えない以上、殿下にはリーズリー公爵家を見ていて欲しい。敵が魔術師団内部にいる可能性がいるなら、魔術師団を動かす訳にはいきません」


「……陛下に相談してみるか」


アスベルトは悩むように言ったが、それが現実的でないのは彼もわかっているのだろう。

デッセンベルデング国王は、アスベルトと折り合いが悪い。アスベルトは王妃の子ではなく、妾の子だ。国王が一時の戯れとして手を出した踊り子の子であり、国王は一夜で成してしまったアスベルトを苦々しく思っている。

王妃は、裏切りの象徴であるアスベルトを目にすることすら拒み、王は王妃の機嫌を損ねることを恐れた。アスベルトの母は政権争いに巻き込まれることを忌避して、アスベルトが幼い頃に亡命している。

魔術師団の指揮をとるのは国王だが、アスベルトが父に直訴したところで国王は相手がアスベルトというだけで話半分にしか聞かないだろう。


とはいえ、ヴェートルが国王に奏上の場を整えるよう申し出れば、それなりの手順を踏まなければならない。

そうすればまず間違いなく、敵はヴェートルの行動に気が付き、先手を打ってくるだろう。


「……リズが心配です」


ヴェートルが呟いた。

その言葉にはっとしてアスベルトは顔を上げる。

ヴェートルはサーコートの胸元を結ぶ手を止めていた。


「彼女は──いえ、私がなにかしてしまったのでしょう。私と彼女の今の関係は、良いとは言えないものです。ですが……私は彼女を忘れられない。女々しいですね」


ヴェートルは苦笑を帯びた声で言った。


「……リズレイン・リーズリー嬢とは以前の夜会であったが、奇妙なことを言っていたな」


「……」


ヴェートルが瞳を細めた。

そうすると、幽鬼のような雰囲気があり、凍るような冷たさを帯びる男だ。

アスベルトはため息を吐いた。


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