魔術師 ⑵
報告は、書類上でも確認可能だが齟齬を生まないためにもヴェートルは直接足を運ぶようにしていた。
今回は、他の場所で大規模浄化があったため彼はそちらに赴き、公爵家への訪問が二ヶ月程度ずれ込んだ。
しかし、リーズリー公爵の報告書は目を通していたし、その報告には通常時と変わりなしと記載がされていた。
だが、実際リーズリー公爵から聞いた話と報告には違いがある。
(報告が偽造されているか、あるいは意図的に握りつぶされている可能性か)
ヴェートルがその考えに思い当たったのと同時、公爵もそう考えたのだろう。
「……私はしばらく、身動きが取れません。前回の仕事もそうですが、次の仕事も突発的に増えた瘴気の浄化のため、地方に行かなければなりません」
「ですが、リーズリー公爵領での悪魔病の感染者は先月の1.3倍。このまま放置していれば来月には1.5倍、あるいは2倍になる可能性すらあります」
公爵が難しい顔で、険しい声で言った。
彼の声は唸るようであり、ヴェートルにリーズリー公爵領を見捨てるのかと訴えているようだった。
「魔術師の指揮権を持つのは国王陛下です。陛下は、デッセンベルデング国内での悪魔病蔓延を防ぎ、撲滅に力を入れられている方。あの方が意図的にリーズリー公爵領を見捨てるような行いをするとは思えません。ですが」
ヴェートルは言葉を区切った。
実際、リーズリー公爵家からの報告は届かず、偽造され、唯一身動きの取れるヴェートルを他所に行かせ、リーズリー公爵領が浄化できないよう手が回されている。
国王が仕組んだことでないのなら、一体誰が。
よっぽどの地位がない限り、できないことだ。
「……陛下にほど近く、強い権力を持つ方であれば、あるいは。今回のように報告を書き換え、意図的にリーズリー公爵家から私を引き離すことも可能なのかもしれません」
「つまり、リーズリー公爵の政敵で、かつ我が家より上位の家が仕組んだことだと?」
「はっきりとは分かりません。ですが今迂闊に動くのは悪手でしょう。我々が、報告の偽造と向こうの意向に気がつき始めていると、相手に察知されるのは危険かと思いますね。私が陛下に上奏することも可能ですが……おそらくその場が整えられる前に、強制的に王都を離れるよう勅命が降りるかと思います。相手は、かなりの権力者のようですから」
思わぬ状況であるのはヴェートルにも変わらないはずだ。それなのに、常と変わらず落ち着いた様子のヴェートルに、公爵もだんだんと落ち着きを取り戻してきたらしい。
「……ヴェートル殿にはなにか考えが?」
「私の次の仕事まで、一ヶ月の準備期間があります。その間はベロルニア公爵家当主として社交に励むよう叔父や陛下からも強く言われています」
ヴェートルは高位魔術師だが、ベロルニア公爵家当主という立場でもある。魔術師と次期公爵家当主。
どちらにせよ早く子を持ち、次の世代を生み出さなければならない立場なのは変わりなく、周囲や国王にも家庭を持つようせっつかれているのが現状だ。
ヴェートルも社交の場に顔を出すのは気が向かないが、リズと話し合うには足を運ぶしかないと思っていたのだが──状況が変わった。
「ですが、その間、私はリーズリー公爵領を見てきます。気軽な一人旅行として関係者を抱き込み偽造すれば、相手をも欺けると思います」
「あなたの独断で、ですか」
国王の許可なく浄化行為に励むのは魔術師の統制を保てなくなるため、禁じられている。
ヴェートルは無表情のまま頷いた。
「一人旅の先で偶然瘴気を見つけた、という筋書きにすれば表向き、大きな処分は受けないでしょう。それより、リーズリー公爵領の報告を握りつぶし、浄化を防ぎたい人間がいるとしたら今日の私の訪問も報告されているはず」
父公爵は苦渋の様子で彼の言葉を聞いていた。
「あまり長居はしません。長くいればいるほど、怪しまれますので。……そろそろお暇しますね。なにかわかり次第、信頼出来るものを寄越します」
「ありがとうございます。今回、ヴェートル殿が訪れてくれてとても助かりました」
「………」
ヴェートルが公爵家を訪れたのは、先日の夜会でリズが言っていたことが気になったからだ。
本日の訪れは仕事のためと銘打っていたが、思いがけず彼女と話す場が設けられないかと考えた結果だった。
書類上ではリーズリー公爵の報告に違和感はなく、おかしな点もなかった。通常と変わりなかったので、多忙の身であるヴェートルがわざわざ足を運ばずとも良かったのだ。
それでも彼は、定期報告のためと理由付けてリーズリー公爵家を訪れたのだった。
(先日のリズの言葉の真意を尋ねようと思っていたが……それどころではないな)
ことは一刻を争う。
誰かが何か思惑があって、リーズリー公爵領の浄化を妨げようとしているのなら、その理由が公爵領にはあるはずだ。
そして、その目的が完遂される前に、ヴェートルはその地に行かなければならない。
「公爵閣下、ひとつお願いがあるのですが」




