魔術師
デッセンベルデング王国軍には、海軍、陸軍の他に管轄を分ける王立魔術団という組織が存在する。
国王直々に指揮をとる魔術団は組織図や職務内容全てが極秘扱いとされ、全貌を知る人間は極わずかに限られる。
ヴェートル・ベロルニアもその魔術団に所属するひとりだった。
リズとの関係はギクシャクしてしまい、うまく話すことすら叶わず、彼女に避けられているという現状だが職務上、リーズリー公爵家に足を運ばないわけにいかない。
以前なら飛び出すような勢いでリズがヴェートルを歓迎したが、いつからか彼女は出迎えに現れなくなった。
避けられているのだろう。
ヴェートルも仕事のためにベロルニア公爵家に訪れているため、公爵にリズを呼び出してもらうよう願い出ることはできない。あくまでこれは仕事で、私情を挟んではならないからだ。
以前はそれとなくリズの様子を尋ねていたが、彼女に拒否されていると勘づいた時から、それもやめていた。
貴賓室に案内されたヴェートルが公爵を待っていると、すぐに彼が現れた。
「ベロルニア公爵。今日もありがとうございます。お久しぶりですな」
「他の仕事が立て込んでおりまして。あまり足を運べずに申し訳ありません」
「いやいや、デッセンベルデングが誇る高位魔術師のおひとりが足を運んでいただけるだけで有難いというもの。デッセンベルデングに三人しかいない高位魔術師のうち、おひとりは南方にかかりきりと聞きますし、もうひとりはお年を召して辺境に向かうことも難しいとか」
リーズリー公爵は苦笑を混じえて話した。
それに対し、ヴェートルは困ったような、困惑したような、薄い笑みを浮かべていたがやがて表情を消し、本題に入った。
「私の都合で定期報告に伺えず申し訳ありません。リーズリー公爵領の最近のご様子はいかがでしょうか。書類上での報告は変わりないと聞いておりますが」
「は?報告に……変わりない、ですか?」
虚をつかれたように公爵は目を見開いた。
そして、難しい顔をして唸るような声を出し、顎に触れる。
「いえ、おかしいと思っていたのですよ。報告にあげても一切、連絡は来ない。なにかしら対策を立てていただいているのかと気を揉んで……つい先日も陛下に確認のため奏上申し上げましたが、返答はなし。違和を感じていたのです」
「……報告をあげられた?」
今度は、ヴェートルがわずかに目を見開いた。
互いに情報が交換されていないということに、二人は初めて気がついた。
王国所属の魔術師。
その正体を知るのは、辺境領を持つ貴族の当主と国王の二親等以内の親族に限る。
《デッセンベルデングは死の病に蝕まれた悪魔の国だ》
そう言い出したのは隣国の人間だったか、偶然デッセンベルデングを訪れた外国人だったかは分からないが、異国の民が足を踏み入れると必ず『悪魔病』に感染し、死に至る。
感染率も、感染経路も不明。その報告を聞いた隣国は、即座にデッセンベルデングとの交易を一時的に取りやめ、国境を封鎖した。
治療法が確立していない未知の病を自国に持ち込まれては困るという判断だったのだろう。
しかし、実際のところ『悪魔病』は病原菌を介して感染する病ではなかった。いや、もっというなら悪魔病は病気の種類ですらない。
あれは呪いだ。
悪魔病が発症の原因は、辺境に蔓延る瘴気への接触。
一般人──魔術師以外には視認することすら難しい瘴気は、だいたいが暗闇の住む鬱蒼とした森の中、動物も足を踏み入れず、虫も住み着かない生命の途絶えた場所に渦巻いている。発生原理も瘴気そのものの解明も行えていない。
ただ、瘴気を浄化する唯一の手段が魔術師による浄化。魔術師は年中方々に散り、常にどこかしらで発生する瘴気を浄化している。
場所は辺境がほとんどなので、辺境に駐屯している魔術師も多く存在している。
そして、辺境の土地も所有するリーズリー公爵領も同様だ。リーズリー公爵領はほかの辺境領に比べて土地が広いので、こうして高位魔術師が定期的に足を運び、リーズリー公爵から『悪魔病』発症者数の変化について報告を聞く。
そして発症数が多くなると爆発的に増える前に魔術師団を派遣し、数の増えた瘴気を潰していくのだ。
魔術師には三つのクラスが存在する。
高位魔術師、中位魔術師、初位魔術師。
クラスの違いは、一度に浄化できる範囲によってきまる。高位魔術師が一人いれば、広範囲の浄化が可能だが、中位魔術師は三人必要となり、初位魔術師であれば十人ほど必要になる。
そのため、辺境に駐屯する殆どの魔術師が初位魔術師と中位魔術師の二クラスとなり、デッセンベルデングに三人しかいない高位魔術師は、広大な瘴気が発生する前に足を運び、浄化する役目を任される。
ヴェートルも同じで、定期的に辺境を収める当主の元に足を運び報告を聞き、必要に応じて赴き浄化に当たっていた。
ヴェートルが、リズの幼い時からリーズリー公爵家を定期的に訪れていたのは、それが理由だ。




