祈りの魔法 ⑷
父公爵と仕事の話をした後、話が終わるのを待っていたリズはヴェートルが現れると顔をほころばせた。分かりやすすぎる乙女の恋心に、ヴェートルもまた小さな苦笑をこぼす。
リズは、ヴェートルと共にいる時間が長くなって、気がついたことがあった。
それは、彼が苦笑する時は気恥ずかしく思っているときだ、と。
なぜなら、彼がそう笑う時はいつも目尻がほんの少し赤くなっている。それに気がついた時、リズは胸が破裂するのではというほどどきどきした。初めての恋は忙しなく、浮き沈みが激しい。苛烈なリズの性格そのままを表すかのような恋を、彼女は気に入っていた。
彼の近くまで駆け寄った彼女は、顔を上げてそしてちいさな悲鳴をあげた。
なぜなら、彼の腰元まであった淡い銀髪が、ばっさり顎下まで切りそろえられていたからだ。彼女はそれを見て絶望的な感情になった。
「え?え……ヴェートル様、髪はどうされたの?切ってしまわれたの?」
「ええ、まあ」
「今の髪もとても似合うけれど、切ってしまったのはもったいないわ。私、あなたの長い髪が大好きだったのに」
素直にしょんぼりと肩を落とすリズに、ヴェートルは困ったように笑みを浮かべた。
これは、照れ隠しなどではなく本当に困っている時の顔だ。リズにはわかる。
彼に肩をそっと抱かれ、リズは彼に連れられて歩き出す。
「私は嗜好で髪を伸ばしていたわけではありませんでしたが……リズはこの髪を気に入ってくれているんですね」
「だって、とても綺麗じゃない。私の薔薇のような紅茶色の髪も綺麗だと思うけど、あなたのように儚げな髪もとても美しいと思うもの。切るなんて……やっぱりもったいないわ。どうして切ってしまったの?」
リズは自分の髪をとても気に入ってるのでさらりと自画自賛したが、すぐに眉を下げて彼を見上げた。彼女にまっすぐ見つめられ、ヴェートルがわずかに微笑んだ気配がした。
「必要がありましたから。でも、たしかにあなたが髪を切ると考えると私も惜しく感じます。リズの髪はきれいですね」
「………!」
ヴェートルの素直な賞賛に、似たような言葉はそれこそいくつも、彼より気の利いた賛辞だってたくさん貰ったことがあるというのに、口にしたのが彼だという理由だけで、リズは髪だけではなく頬もまた赤く染めた。
ヴェートルにエスコートされて向かった先は、庭園の東屋だ。
まだ婚約者という関係の二人は、室内にふたりきりになることはマナー上許されず、開けた場所である屋外の東屋で話すことが多かった。
季節の花に囲まれた庭園の真ん中。
東屋に置かれた石造りのベンチに腰掛けると、リズはさっそく、さいきん自身に起きた話を口にしていく。
それは大半がくだらないことで、例えばリーズリー公爵家で飼っている(リズが勝手に拾い、飼い猫にした)猫が子供を産んだとか、薔薇の花言葉は本数によって変わることだとか、さいきん新しく思いついた紅茶のブレンドがとても美味しかったこととか、とにかく思いついたこと全てを、リズは口にした。
もしここにリズの兄のロビンが同席していたのなら、そのマシンガントークぶりに辟易とし、早々に退席していたことだろう。
だけど、ヴェートルはただ静かにリズの話を聞いていた。ヴェートルは優しい。
リズがどんなに突拍子のない話を口にしても、頭ごなしに否定せず、まずは話を聞いてくれる。
リズは彼のそんなところが好きだった。
話すだけ話し、喉が渇いたリズが紅茶に手を伸ばすと、ふとヴェートルが彼女を見つめた。
まるで何かを確かめるような目付きに、リズはどきりとした。
「あなたに渡したいものがあります。私は女性への贈り物に不得手ですので、気に入らなかったら言ってください。デザインを変更します」
「……?」
ヴェートルが紺のサーコートの内ポケットから取り出したのは、青のベルベット生地に包まれた小箱だった。
彼がぱか、と小箱の蓋を押したげて中を開けると天鵞絨生地に包まれた銀の鎖が目に入る。
華奢なチェーンネックレスの先には、水晶のような丸い石が下げられている。
リズは喜色の声を上げた。
「わぁ……!とっても綺麗。これは?私に?いただいてもいいの?」
目をきらきらさせてヴェートルを見上げる彼女に、ヴェートルはわずかにほっとしたように息を吐いた。女性の贈り物に不得手だと話していたし、リズが気に入らなかったらどうしようと考えていたのだろうか。
(ヴェートル様はわかってないわ)
リズはそんな彼を見ながら、はにかんだ。
リズは、彼がくれるものならなんだって──それこそ道端に転がる石ころですら、愛おしく思うというのに。
ヴェートルに小箱ごと渡されて、リズは両手で箱を受け取った。
じっくりと中に収められた華奢なネックレスを見ていると、チェーンに通された水晶は、ただの石ではないことに気がついた。




