変わるもの、変わらないもの ⑹
「──」
リズは深紅の瞳を見開いた。
何も頭に思い浮かばない。
過去に戻ってからずっと、何度となく頭には疑問が浮かび、彼に尋ねたいと思っていたのに──リズはただ、頭の中が真っ白になってしまった。
記憶にある彼は髪を短くしていたが今の彼は長髪だった。
たしか、彼が髪を切ったのはリズが死ぬ半年ほど前のことだった。
彼女が死ぬ一年前に戻ったのだから、彼の髪が長いのも当然だ。
「久しぶりですね、リズ」
「…………」
なにか、言わなきゃ。
なにか、話さないと。
それは分かるのに、具体的な言葉を探そうとすると、途端に文脈は成り立たず、霧散する。
(何を言えばいいの?)
何を聞けばいいの?
私は……わたしは──。
目を見開いたまま、身動きすらしない彼女にヴェートルはわずかに眉を寄せたようだった。
「……リズ?」
「あ……」
彼に声をかけられて、金縛りが解けたかのように彼女ハッとした。今起きていることが現実のものだと、ようやく理解したのかもしれない。
相変わらず、恐れを抱くほどにどこもかしこも白い男だと思う。月光色の髪に紅碧色の瞳。
瞳の上で切りそろえられた髪がわずかに彼の瞳を隠して揺れる。
目の下には誂えたように黒子があり、その全てが人間離れした雰囲気を醸し出す。
「わ、わたし……」
(どうしよう、どうしたらいいの……?)
リズは何を言えばいいかわからなかった。
本来彼女は口ごもることなどなく、ハキハキと話す性分なのだが、この時ばかりは頭が働かなかった。
(わたし……私は、何を言えばいい?)
聞きたいと思ったのではなかったか。
(なぜ、私を殺したの?って?)
でも、それを今彼に尋ねても彼には答えられないかもしれない。
なぜなら、今のリズは生きていて、彼はまだリズを殺そうとしていない。
近い未来にリズを殺し、何らかの考えがあるのだとしてもそれを今彼女に聞かれたところで彼が答えるとも思えない。
思いがけないところで、想像していない再会を果たしてしまい、リズは完全に混乱していた。
「……まだ、体調は万全ではないようですね」
ヴェートルはリズの動揺を、体の不調と受け取ったようだった。
彼は変わらず難しい顔をしている。
対して、リズの白い頬は血の気が引き、青ざめている。カタカタと震えている気すらする。
「……体調の悪いあなたを長く留めるつもりはありません。ですが、リズ。ひとつ、聞かせてください」
「………」
リズは彼の名を呼ぶことが出来なかった。
いつものように彼の名を呼ぶのは、過去の出来事をなかったことにするかのようで、彼女にそれが出来ない。
血の気の失せた顔で俯く彼女を、観察するようにヴェートルが見た。
「……あなたは私を避けていますね」
「!」
「その理由を聞きたいとずっと思っていました。リズ、私は──」
(だめ、まだ、私は)
私は、彼と向き合う覚悟ができていない。
リズは過去と向き合うだけの勇気を持ちはしたが、まだヴェートル本人と向き合って話すだけの覚悟は定めていなかった。
色んな感情が混ざりあう。
それは恐れであったり、恋心の残骸であったり、絶望を悲しむ苦しみであったり。
まだ流したりない涙は、血が混ざりあっている。
リズが何も言えずに彼の言葉をただ聞いていると、そこに第三者の声が聞こえてきた。
「ヴェートル。司書を買収して尋ねてみたがやはり──……と、そこにいるのはリーズリー公爵家のご令嬢か?」
弾かれるようにリズは顔を上げ、声の主へと視線を向けた。
そこには、白茶けた癖毛の髪に、顔半分を仮面でおおった男がこちらに向かって歩いてきていた。リズは、彼を見て息を呑む。
(アスベルト王子殿下……)
彼は、デッセンベルデングの第二王子、アスベルト・アズレン。
王位継承権第二位を持ちながらも王家に忌み嫌われる王子だ。




