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おっさん、買い物は慎重に6

フォルギンスの何か掴んだような視線に、俺は満足げに扇子を閉じた。

手のひらに少し重いそれをトントンと叩きつけ、エリスが欲しかったものを思い出す。


「そうねえ、やはり夜会用、茶会用で何着か欲しいわね。もちろん既成のものでなく、オーダーメイドよ」


「もちろんですとも、夫人の煌めくプラチナブロンドのお髪には本日お持ちしたドレスでは役不足です。王都で腕利のデザイナーを後日ご紹介いたしましょう」


フォルギンスはペンでサラサラとメモに書き留めながら、俺へのヒアリングを進めていく。


「夫人、デザインで何かご希望ございますでしょうか? 人の感性とはその場その場で変わるものですので、おそらく夫人のご希望も新たなものに変化しているかと」


「あら、あなたいいこと言うのね。ひとまず決定なのは、先ほど下げたようなフリルが大量についているドレスは論外よ。茶色も、黒もいりません。わたくし、パーティーに悪目立ちにいくわけではないのですから。そうねえ、見立てはフォルギンス、あなたに任せようかしら」


フォルギンスは止めることなく動かしていた羽根ペンを一度インク瓶に戻し、視線を俺に戻した。


少し驚いたような顔をしているが、まあ仕方のないことだろう。


見立てなどはデザイナーが一任されるものであり、商人が携わることなど中々ない。

完全に畑違いの分野なため、その人の感性がものを言う。

任されることがあるとするなら、商会の支店で腕利の洋裁店を抱えている被服に強い商会や、もしくは王都一とも言われるほどの大商会のトップ。


商会がまだつながりのない洋裁店や、デザイナーとの密な取引を行えるため個人の大きなチャンスになる。

一介の下っ端や見習いにはまずないチャンスだ。


俺は商人としてのフォルギンスの今後を買っている。

管理職たるもの、後継者の育成に力を入れるべし。


フォルギンスは俺の言葉の意味をやっと理解したのか、一瞬泣きそうな顔をしたもののすぐ別の見習いに資料を用意させる。


そうだ、仕事や役割を分担させるのも上の仕事だ。

フォルギンスは言われなくてもそれをわかっている。


「大変光栄です、エリス公爵夫人。早速ではございますが、弊商会で取り扱っているドレスカタログです」


「あら嫌だ。フォルギンス、わたくしはオーダーメイドでお願いしたいのよ。これはどういうことかしら」


俺はおや、と差し出されたカタログを一瞥する。

分厚く重そうな冊子には、ドレスのパターンごとに分類され、その中から色、丈などかなり細部の情報でページが分けられている。


フォルギンスは少し不満そうな俺の声に、慌てて首を振った。


「夫人、仰りたいことは重々承知です。ですが、1からデザインとなると夫人が本当にお求めになっているドレスのイメージが図りづらくなってしまうこともあるのです。恐れながら、夫人は今回お久しぶりの新しいドレスのご購入とお見受けしました。であれば、まず夫人が心惹かれるドレスを絵から探し、そこから色やパターンなどを調整させていただきたく」


フォルギンスの説明に、俺はなるほどなと納得した。


確かに記憶の中のエリスが好むのは深緑や紺、なんなら黒などあまり目立たずすっきりしたデザインのものが多かった。

しかしこれはエリスを取り巻く環境が彼女に選ばせたのであり、本心から欲しかったドレスかと言われるとそうではない。

むしろ「欲しくないものを選ぶ」ようにしていたのだろう。


エリス、大丈夫だ。

俺が完璧で最高にキュートなドレスをプレゼントするからな。

だから安心して楽しみにしていてくれ。


俺はふむ、と思案し、エリスが本当に好んでいたものを思い出す。


学生食堂で食べたデザート、これは関係ない。

子供の頃侍女と一緒に摘んだ庭の花、淡いピンクやオレンジが可愛かったがおそらく今の好みではないだろう。

妹がエリスの元婚約者とのパーティーで着ていたオフショルダーのピンクのドレス。


これは好きというより切望だな。


ぽんぽんと思い出すエリスの過去に少し寂しさを感じながらも、しばらくそれを繰り返す。

するとひとつ、エリスが好きな色を見つけた。


「わたくし、空が好きですの」


「空ですか」


「ええ」


俺は屋敷の部屋の窓から見える移ろいゆく空の色を思い出していた。


夏が終わって秋がもうすぐそこまで迫ってきた、夕暮れと夜の間に広がる深く淡い青。

小鳥や虫が一斉に静まるこの時間が、エリスのお気に入りだった。


(だって、一人になれた気がするから)


エリスがポツリと呟いた気がした。


俺は控えている使用人に向かい、「絵の具を持ってきなさい、紙もよ」と指示を出す。


怪訝な顔をして下がった侍女を待つこと数分、部屋から持ってきてもらった絵の具をパレットに出し、一心不乱に色を作っていく。

周りの侍女がギョッとしているが、知ったことではない。


色を作り紙に塗っては、色を調節してまた塗っていく。

これをなん度も繰り返し、俺はやっと欲しかった色を見つけた。


「これです」


俺はエリスが好きな「青」をフォルギンスに差し出し、確認してもらう。

しばし黙っていたフォルギンスだが、顔を上げた頃にはその表情に商人らしい勝負の笑みを浮かべていた。


「お任せください、必ずやこのフォルギンス、この『青』をお持ちいたします」

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