おっさん、買い物は慎重に5
商会長がお縄になったことにより、現場の最高責任者がフォルギンスに任命された。(俺の指名だけどね)
商会には見習いの中にもランクがあり、色別で制服が指定されている。習熟度を一目でわかるようにしているらしい。
見習い1年目は黄色。2年目はみどり。3年目はオレンジ。4年目は青。5年目が紺色に襟首に金色の刺繍だ。
6年目を迎えると、無事一人前の商人としてライセンスが配布される。正規職員にも雇用が上がるので、生活も安泰だ。
この世界で一般的に見習いとして働きはじめるのは10歳の誕生日を迎えてから。
6年の修行を経て、16歳からは晴れて一人前&成人だ。
16歳が成人なんて早いと思うが、現代日本と違い医療も高度なものはなく、民間医療や迷信の混じったものなどがかなり多い。
そのため平均寿命もそれなりに低く、子供の成熟度合いも高いのだ。
そのためか、この国での16歳は、かなりしっかりしている。
16歳の頃、俺は何をしていただろうか。
俺はかつての若かりし頃の自分を思い出す。
そう言えばあの頃はバイトで稼いだ給料を全部……ゲームに注ぎ込んでいた気がする……
仲間を集めて冒険して魔王を倒すやつ……
うわあ、懐かしいな! 弱すぎてすぐダンジョンから逃げ帰ってた!
そんでバイトに明け暮れ、勉強もせずゲーム三昧……
ろくでもねえな。俺。恥ずかしくなってきた。
すごいよここの子どもたち。
金刺繍のある見習いは、今日来ている見習いだとフォルギンスしかいない。
俺はフォルギンスを向かいのソファーへ座らせ、先ほどの俺の要望をまるで無視した商品を一度下げさせた。
フォルギンスは緊張の面持ちをしながらも、商会長が置いたままにした書類にざっと目を通し、羽ペンを手に持ち問いかけた。
「先ほどご紹介させていただきました品は、事前のご要望調聞き取り書類にて、お伺いしていた品です。派手で、目立って、主役になれるものなら何でも良いとのご要望でした。とにかくすごいと皆に知らしめたい、と」
フォルギンスの話に俺はおやおやおや、と言った覚えのない自分のリクエストを頭の中で反復する。
ええ、こんなに趣味悪いの? 俺。いや、俺が頼んだ記憶はないから、おそらく俺がこの体に入る前のエリスが注文したものなのだろうか。
エリスちゃん、おじかんが言うのもなんだけど、かなりセンス迷子だよ。
……んなわけあるかい!
今でこそ俺の人格がエリスを押しのけているが、エルスの頃の記憶はちゃんと頭の中にある。
エリスはそもそも自分が公爵家に輿入れしてから、無駄遣いなんてものはしてない。
常に使用人や執事の反応を気にしていた。
公爵家で肩身の狭い思いをしていた人間が、簡単に商会を家に呼んで、ましてやリクエストをボンボン言いつけるわけが無いのだ。
俺はそばに控える使用人をちらりと見て、小さく口角を上げたのを確認すると、やはりこれは仕組まれたことだと確信する。
ば、バッカにしてくれちゃって〜!
俺、公爵夫人ぞ? 使用人に馬鹿にされていい血ではないのですぞ!
商人すら呼びつけられて初めて予定があったことを知ったし、持ってこられた内容も俺が言ったことになってるし!
そりゃベトギトラーも自信満々で言うのも頷ける。
彼も言われたものを持った来たのだから。
まあ、商売というのは売ればいいというわけではない。
相手がいかにほしいものを聞き出し、満足度の高い体験をさせるかだ。
満足度の高い買い物は、次へのリピートにつながる。
ベトギトラーの件では酷い目を見たが、俺だって王国一の商会との繋がりは大事にしたい。
くう、社交界への体裁を整えるために、まだ家のことがおざなりになっていたことがここで仇となるとは。
貴族、難しすぎる。
でもこれを機に公爵家の中も綺麗に「お掃除」するきっかけができた。
ある意味彼女らには感謝だ。
俺はエリスの美貌を最大限に使って、どちらが上かを分からせることにした。
「あら、おかしいわね……わたくし、そんなもの趣味ではないわ」
にっこりと微笑みフォルギンスに小首を傾げる。
俺はそんな大阪のおばちゃんが喜びそうな全身でフェスティバルを表現するようなものは求めていない。
エリスもだけど。
俺と視線が交わったフォルギンスは、エメラルドグリーン色の瞳を瞬かせた。
そして、浮かべていた商人の笑みをさらに深くした。
「大変失礼いたしました、改めてカーネリアンコート公爵夫人。わたくしめに、ご希望のお品を教えていただけませんでしょうか」
俺の口元がニンマリと弧を描いた。