おっさん、買い物は慎重に3
世界観はみんな大好き異世界だけど、かなりニッチなジャンルだと思うので読んでくれる人がいて驚きです。
読んでくださりありがとうございます。
喧しいベトギトラーがいなくなりシーンと静まり返った応接間には、俺と使用人数名、商会から来た見習いがなんとも言えない空気の中佇んでいた。
気、気まずい……
また悪評広がっちまうかなあ、当然の怒りとはいえ、王国一の商会の代表にボロクソ言ってしまったもんな。豚とか。
で、でも俺公爵家夫人ですし。許されるよね?
いかにも気にしてませんよ〜感を装いながら、ソファーに腰掛け、少し冷めた紅茶を啜る。
今はこれぐらいがちょうどいい。
チラリと周りを見れば、商人見習いたちは顔面蒼白、我が家の使用人たちは我関せず。
肌にチクチクと刺さるような沈黙が辛い。
でもこの場合、俺から発信しない限りは何も始まらない。
なんせ、俺は公爵夫人だからな!
紅茶をソーサーに戻したカチャリ、という控えめな陶器音が響くと、見習いたちは一斉にソファー脇に一列に並び土下座した。
あ、これすら合図になってしまうのか。貴族難しい。
「カーネリアンコート公爵夫人、こ、こ、この度は我が商会の、ブッぶぶ無礼……ま、まことに、誠にも、申し訳ありませんでした……ッ!!」
見習いの中でも地位が高いのか、見習いたちの真ん中で土下座した代表者が、もう一言私が何か言えば泣き出しそうな湿った声で震えながら謝罪した。
綺麗な土下座だな。素晴らしい。
俺もかつて土下座で上司とコミュニケーションをとっていた。
誠心誠意謝れるその心意気、俺は好きだ。
ただ、勘違いしないでほしい。
そもそも俺が腹を立てたのは商会長であり、断じてこの見習いたちではない。
別に何もクレームを言いつけようとしているわけではないのだ。
てか茶器の音だけで威圧する俺、やっぱりめちゃくちゃ貴族だな。
己の今持つ地位に酔いしれそうになるも、俺は謝ることは慣れていても謝られることには慣れていない。
非常に居心地が悪いため、見習いたちには顔を上げるように指示を出す。
「此度の件は、ベトギトラー商会長の独断で行われたことでしょう。あなたたちに直接の責があるわけではありません。もう謝るのはおよしになって」
見習いがハッと顔をあげ、俺と視線がはじめて交わった。
年は13ほど、周りはもっと幼く10もいっていない子もいるのではないだろうか。
特に代表として勇気を振り絞って声を上げた見習いくん、非常に綺麗な顔をしていた。
美醜的なそれじゃない、仕事に自信を持っていて自分に責があったことをわかっている顔だ。
深いエメラルドグリーンの大きな瞳が、きらりと凪いだ海のように揺れた。
「夫人……」
口元をわなわなと振るわせ、ぽろりと涙を溢す。
ハッとした見習いはあわてて自身の袖で涙を拭った。
もうこれだけでこの子は100点満点だ。よくできました。
他の見習いもエグエグと子どもらしく嗚咽をあげている子までいる。
ここに来てからずっと緊張しっぱなしだったのだろう。
衛兵が来た時だって、恐ろしくて仕方がなかったに違いない。
それでもこの子たちは己のすべきことをわかって、行動した。
俺は立ち上がり、見習いたちに1人1人に視線を合わせた。
「わたくしは買い物をしたいのよ。そのためにあなたたちを呼びました」
ハッとした表情になり、見習いたちはあわてて涙鼻水を引っ込め、佇まいを直した。
俺は代表の見習いに問う。
「あなた、名前は」
「フォルギンスと申します。平民の生まれのため、家名はございません」
先ほどの弱々しい声からは想像できないほど、フォルギンスははっきりと自己紹介した。
エメラルドグリーンの瞳は、もう揺れていない。
「そう、フォルギンス。あなた、わたくしに商品を案内してご覧なさい」
フォルギンスは恭しく礼をし、胸に手を当てた。
「仰せのままに、エリス公爵夫人」