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第17話 暗根ヤミ、緊急事態です。

 視聴者2人(最上位存在たち)が愉快なことになっている一方で、ヤミはおっかなビックリ換金所へと向かっていた。


 さっきは2人の手前自信満々に外に来たけど、ワンさんのリアクションでちょっと不安になってきた……。

 もしも怒られてしまえば、恥をかいているところを2人に見られることになってしまう。

 外では無線で問題ないから、ケーブルは取ってきてる。人に迷惑はかからないはずだけど。


 ヤミは注意されたり嫌な顔をされたら即座に配信を閉じる事を決意した。

 カメラがオフになっている事を確認したヤミは、配信停止ボタンに手をかけながら、魔石の換金カウンターの前に立った。


「……あ、あれ?」


 普段ならカウンターに向かえば、そこで係の人に魔石を預け、計量してくれるのだけど。


 ヤミは少し待ってみるが、カウンター奥はどこか慌ただしく、ヤミに気づく様子はなかった。


 もしかして──、呼び出す必要があるやつ?


 それコミュ障にとっての一大難関。呼び出しボタンの無い店に入ってしまった時のような絶望感だった。


 だけど、とヤミは自分を奮い立たせる。


 ここで声もかけられないような奴が、コミュ障を克服しようなんて言える筈が無い!!

 ヤミ大きく息を吐き、そして吸った。


「スゥー、すみませ〜ん……」


 声を出せた!しかも尻すぼみにならずに!!

 配信中というバフは偉大である。きちんと届く声量を出せたヤミの達成感は凄まじく、自分の成長に身を震わせる。


 ──それゆえに、彼は受け手のリアクションを把握し損ねた。

 受け手、すなわちカウンター奥にいた職員たちは、彼の呼び声に反応して振り向き、《《驚愕した》》。


 ズンズンと突き進んでくる職員。


 目尻に涙を溜めるほど喜んでいるヤミ。


 そんなヤミを、職員は──思いっきり肩を掴んで揺さぶった。


「どうやって帰還してきたんですか!?」


「ふぐッ!?はっ、へ?」


 混乱するヤミ、尚も揺さぶり続ける職員。

 それは本来、錯乱している人を無理矢理正気に戻させるような必死さであり、正気も正気、通常状態のヤミには逆効果だった。


「この迷宮は、【氾濫(モンスピート)】を起こしているのに!!」


「──、ッ!?」


氾濫(モンスピート)】。その一言で、ヤミの精神は一気に冷却された。

 それは探索者として訓練されてきた成果であり、人類としての本能でもあった。


 地球における地震のように、迷宮に起こる避けられぬ災害。それがこの名のつけられた現象であり、地獄だった。


「モンスターの、大量発生……?」


「今、ここ迷宮前の施設にいる探索者は、貴方だけですッ!職員や保安課の探索者を除いた人達、迷宮に入っていた人は誰1人として戻ってきていないんです」


 中で何が起こっているのか。それを求める職員に、ヤミが伝えられる事は一つだけ。


「わ、分かりません……僕は、出入り口の近くにいたから、戻ってこれました」


 答えながらに、ヤミはこの災害の前兆に、今更ながら思い当たる。


 1度目の撤退時、ヤミが出入り口で寝転がっても誰も居なかった事も。

 あの、二十を超える量のモンスターの群れも。

 ヤミが適正レベルの迷宮で一歩も進まない難易度であったのも。


 全てが迷宮に起こっていた異常を示していたのだ。


 ヤミが何となく気になっていた違和感の正体にたどり着いている横で、男の職員、田中は項垂れる。


「そう、ですか……」


 彼は【氾濫】を潜り抜けてきたわけでも、情報を伝えるために戻ってきた者でもない。

 それどころか、これから起こる悲劇に対応できる存在でもなかった。


 勝手に期待して、勝手に失望している自分を情けなく思いながら、田中は次への対処に思考を回す。


 モンスターの氾濫は迷宮内にとどまらず、外へと溢れ出てくる。本当なら、残留している探索者に協力を要請し、何とか国からの援護が来るまで耐え忍ぶ必要があるのだが、流石に1人しかいない探索者にそれを願うのは……。


 死ねと言っている様なものだった。


 ここから撤退しつつの削りを狙う?避難の遅れた住民を拾いながらなんて不可能だ。

【氾濫】対策として、迷宮周りは進行を妨げる堤防が展開できる様になっているが、溢れ出るモンスターをどうにか出来なければ結果は変わらない──。


 田中が氾濫への対処に思考を回転させている間、ヤミは暫く現状を飲み込むのに時間をかけて、携帯を使って。

 そして田中に声をかけた。


「た、たた、田中さんッ!」


 ブツブツと呟きながら思考の海に沈んでいた田中は、不意に呼ばれた自身の名前に意識を浮上させる。


 こちらの目ではなく、首にかけたネームプレートに視線を置いた青年は、意を決した声音で呟く。


「どのくらい、出せますか?」


「な、何をだ?」


 もしやここに来て護衛料の要求か?そうだとしたらとんだクソ──、


「ここにある弾薬、銃火器。どれだけ使えますか?」


 さっきの作戦聞いていました。

 堤防の中のモンスター、どうにかする必要があるんですよね?


「それなら、僕がやります」


「君は──、」


「もちろん、条件はあります」


 ネームプレートを睨むヤミには、田中の目に滲む涙に気づけない。


 探索者としての大成を目指すヤミには、賭ける価値のある勝負から逃げる事は出来ない。


「ありったけの武器と弾丸を貸してくれる事」


 戦える設備があり、きちんと考えてくれる大人がおり、そして時間で達成できるゴールがある。

 それは、言い方は非常に不適切だが、ヤミにはチャンスに映った。


 燃える様な願望が、ヤミの背中を確かに押す。そして気迫に満ちたその背中が。


「言ってくれ。出来ることなら、何でもする」


 その言葉と共に、両手を包み込む様に握られた事で途端に頼りなくなる。


「ぁ、え──」


 唐突な身体接触(ボディタッチ)。コミュ障というか、陰キャには刺激的な肌と肌との触れ合い(笑)は、ヤミから冷静な思考を容易に奪った。


 な、何言おうとしたんだっけ!?

 混乱した頭は何とか考えていた言葉を引っ張り出そうとして、


「だ、誰も僕に近づけないで下さいッ!」


 大事な前提(スキルに関して)の全て抜けた、怪文書を出力した。

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