吸血鬼を復活させたら、本当にこれがまた…
マイケル・四郎衛門と名乗る吸血鬼はまさに鬼の形相で俺と処女の乙女を交互に睨みつけた。
実物の吸血鬼が本性を見せてカミングアウトした事とその名前があまりにも…と言う極めてシュールな展開に俺は精神が崩壊、発狂してよだれを垂らしおしっことうんこ漏らしてゲラゲラ笑いだしそうになる予感を感じた。
どうしようどうしようどうしよう…このままでは笑いの発作を起こしてこのマイケル・四郎衛門…プッ…がさらに激怒して食い殺されてしまうかも知れない笑っちゃだめ笑っちゃだめ笑っちゃ…
処女の乙女も吸血鬼の本性を見せたマイケル・四郎衛門を見つめて固まっているがこわばった顔の頬から顎にかけての筋肉が著しい緊張を見せ、そして唇を強く嚙み締めて顔が赤くなっている事から、やはり俺と同じで発狂笑いの発作を起こす事を何としても食い止めようとしている事が感じ取れた。
もはや俺達の命はマイケル・四郎衛門というファンシーな名前の吸血鬼の気分次第と言う事だろう。
逆らっちゃだめ怒らせちゃだめ逆らっちゃだめ怒らせちゃだめ…
固まっている俺と処女の乙女を睨みつけていたマイケル・四郎衛門は急に普通の人間の顔に戻りテーブルに突っ伏した。
「うあああ~疲れる~この顔すると疲れるんだよな~」
そしてコーヒーを一口飲んで椅子にもたれかかりため息をついた。
「あのう…俺たちを…殺して血を吸ったりしないんですか?」
マイケル・四郎衛門はきょとんとした顔で俺と処女の乙女を見てから苦笑いを浮かべた。
「なんで?」
「だって…本物の吸血鬼でしょ?」
「そうだよ。」
「それなら…」
マイケル・四郎衛門は遠いまなざしになり、またコーヒーを一口飲むと深いため息をついた。
「そうなんだよな~。
人間は吸血鬼だと判ると恐怖のあまり手に手に松明を掲げ、槍や剣や斧や割れた瓶とかを振りかざして襲い掛かってきたとの事だ、まぁ、凶悪な者も中にはいるがかなり誤解しているところもあるな…」
「…」
「われは吸血鬼となったが、そもそも吸血鬼とは人の血を吸わないと生きてゆけない訳ではないし、普通の人間の食べ物から生きる栄養を取っている。
逆に人の生き血だけで生きて行けと言われても、それでは栄養失調になるのだ。
どういう訳か吸血鬼と違う悪鬼達と混同されてありもしない迷信が色々と流布されていつの間にか吸血鬼は極悪非道な悪の権化とされてしまった」
「じ、じゃあ十字架を当てられるとやけどを負うとか…」
「迷信迷信」
マイケル・四郎衛門は手をひらひらとさせて笑った。
俺は首にかけた「吸血鬼撃退用早打ち十字架(アマゾン39000円)」を外してテーブルの上に置くと覆いを外した。
「これ、触れます?」
マイケル・四郎衛門は躊躇なく十字架の上に手を置いた。
焼ける音もせず煙もたたず、マイケル・四郎衛門は涼しい顔をしている。
「じゃあじゃあ、ニンニクはどうなんですか?
やっぱり嫌いなんでしょ?」
処女の乙女が口をはさんだ。
俺はポケットからニンニクの大玉を取り出してマイケル・四郎衛門の前に置いた。
「全然平気だよ。」
マイケル・四郎衛門がニンニクを手に取った。
「信じられません平気なら齧ってみてください。」
処女の乙女が疑い深そうに言った。
マイケル・四郎衛門は一瞬うぇっとした顔をしたが、真剣に自分を見つめる処女の乙女の視線に押され嫌そうにニンニクのひと粒を取り分けてうす皮を剥いて半分ほど齧った。
「うぇっ!辛いよ」
マイケル・四郎衛門は嫌な顔をした。
「やっぱりニンニクは弱点なんですね!」
処女の乙女が勝ち誇ったように言ったがマイケル・四郎衛門は齧ったニンニクを飲み込んで口直しにコーヒーを飲んだ。
「おまえ、バカだろうか!
人間だって生のニンニク齧れば辛いに決まってるじゃないか!
火を通せば大丈夫だし、われはニンニク入りの料理は好きだぞ!」
確かにマイケル・四郎衛門の言ってることは筋が通ってる。
「じゃあじゃあ、心臓に杭を打ち込んだらやっぱり死にますよね?」
俺はベルトに挟んだ「吸血鬼退治用トネリコの杭木槌セット(アマゾン52800円)」をテーブルに置いた。
「この野蛮人ども!
心臓に杭を撃ち込んだら人間だって死ぬだろうが!
心臓に杭を撃ち込んでも死なない人間がいたらここへ連れて来い!」
確かにマイケル・四郎衛門の言ってることは筋が通ってる。
俺と処女の乙女は何と言うかうまく説明できない失望感に襲われて少し俯いてコーヒーを飲んでため息をついた。
頼みにしていた吸血鬼退治の武器はほとんどすべて無力と言う事になる。
そして、吸血鬼に対して俺が抱いていたロマンと言うか、幻想と言うか、そういう物が少し薄れた感じで寂しく感じた。
「あああ!太陽の光!やっぱり日光を浴びれば灰になるんでしょ?
絶対そうですよね!」
処女の乙女が活路を見出した。
「平気。
ただし人間と違って日焼けはしないよ。
君達、そんなにわれを殺したいの?」
「いやいやいやいや、そんな事はありません。」
慌ててかぶりを振る俺と処女の乙女をうんざりした眼付きで見ながらマイケル・四郎衛門はコーヒーを飲んだ。
「あ、え~と、間違った伝承を正したいなぁ~と思って…」
「私もマイケルさんの事もっと知りたいな~と思って…」
愛想笑いを浮かべる俺達をマイケル・四郎衛門は胡散臭げに見た。
「…朝まで待つ?」
「あ、寝室にそれを確かめる物があります、良かったらお願いしたいのですが…」
マイケル・四郎衛門はしばらく俺を見た後でため息をついて立ち上がった。
マイケル・四郎衛門、俺、処女の乙女の順に寝室に向かう。
廊下の途中に大きな姿見の鏡があるのを見た処女の乙女が言った。
「あのう、鏡に映らないと言う事は…」
「ああ、迷信迷信。」
マイケル・四郎衛門は姿見の前に立ち,着ている服がボロボロになっているのを見て顔をしかめた。
その姿はしっかりと鏡に映っていた。
「鏡に映らないと髭を剃ったり服のチェックが出来ないじゃないか…ところで着替えとかあるかな…この格好じゃ…」
「後で用意します。
ささ、寝室に行きましょう。」
寝室に入り俺はポケットのリモコンを押して部屋の四隅に設置された強力な紫外線ライト点灯させた。
「うわっ!眩しいなおい!」
マイケル・四郎衛門は目の前に手をかざして強力な光を防いだが、その体からは煙も上がらず少しも熱がらず平気だった。
「これで良いかね?」
マイケル・四郎衛門は俺に尋ねた。
「はい、大丈夫です。」
しかしこれは…あの人間離れした再生力と素早さや怪力…無敵じゃないか…
ひょっとして俺は人類最大の敵を復活させてしまったのではないかと、身を震わせた。
マイケル・四郎衛門はごほんと咳払いをしてから少し言いにくそうに言った。
「あの…トイレ借りて良い?」
「え、トイレですか?」
「当たり前だ吸血鬼だって飲んだり食べたりするんだから出るものは出るよ。」
確かにマイケル・四郎衛門のいう事は筋が通っている。
俺はマイケル・四郎衛門をトイレに案内して使い方を教えた。
マイケル・四郎衛門はその説明を聞いて別に大して驚いた様子は無く、
「われはずいぶん長く寝ていたようだ…」
と呟いた。
俺と処女の乙女はキッチンに戻ってマイケル・四郎衛門のトイレが済むのを待った。
まだ俺に対する警戒の念が抜けないのか、処女の乙女は手元にマイケル・四郎衛門がひねりつぶしたろうそく立てを手元に置いていた。
コーヒーのお代わりを作っている俺の手元を注意深く観察しつつ、処女の乙女が口を開いた。
「私が着ているこの服、いったい何なの?」
「ああ、それは東欧ルーマニア18世紀祭礼用ドレス(海外通販326700円)だよ。
生贄用の処女の乙女…」
処女の乙女は眼光鋭く俺を睨んだ。
「あんた、あのハーブティーを飲んで寝てしまった私の服を脱がしてこれを着せたわけね…生贄にするために…」
折れ曲がった鋼鉄製ろうそく立てを掴んだ処女の乙女を押しとどめようとするように俺は虚空に手の平を押し出して必死に早口で弁解をした。
「いやいやいやドレスを着せたとき下着は手を付けてないし、あなたの体には最小限しか触ってないし髪も丁寧に櫛でとかしたし生贄にしようとしたのは俺が間違っていて二度とあなたに危害を加えようとはしないですから…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
処女の乙女は、はぁ~とため息をついて鋼鉄製ろうそく立てから手を放し頭の花飾りを取ってテーブルに置くと髪の毛をがりがりと掻いた。
「はぁ~、一生のうちで二度と見れない貴重な物を見せてくれるっていうから家までついて来ちゃった私もね~、かなり用心はしているし友達にもここの住所とあんたの氏名とか教えてあるし何かあった時の為にバッグにもいろいろ仕込んであったんだけど、ハーブティーに薬を仕込んであったとは油断したわ~」
色々メールを交換したり初めて会って家に呼んだ時のおしとやかで優し気な話し方とはずいぶん変わった処女の乙女(もう名前も忘れてしまったけど)の話し方に俺は改めて処女は怖いと痛感した。
「ところで私の服やバッグはどこに…あら、このドレスはずいぶん丁寧に作られているのね…ヴィンテージかしら?」
処女の乙女はドレスの袖口や襟元ウエスト周りを見て関心した。
「あ、さっきも言ったけどそれは東欧ルーマニア18世紀祭礼用ドレス(海外通販326700円)なんです。
おそらくヴィンテージで18世紀ころに作られたものかと…」
「これ、お詫びのしるしに私がもらっても文句無いわよね?」
「はいはいはい、どうぞどうぞ」
処女の乙女は初めて俺に微笑んだ、と言うか実際はにやりと凄味がある笑顔を見せた。
なんか、只物じゃない感がある処女の乙女に俺は俯いて下に目をそらせた。
「それに…あのマイケル…」
「マイケル・四郎衛門です」
「そうそう、あの吸血鬼も確かに一生二度と見られない者かもね」
マイケル・四郎衛門がトイレを済ませキッチンに戻ってきて椅子に腰かけるとお代わりのコーヒーを一口飲んだ。
「あのトイレは凄いな、なかなか便利な時代になったもんだ…ところで君たちの名前や素性をまだ訊いていなかったな。」
マイケル・四郎衛門がコーヒーカップを手に俺達に探る視線を送った。
「は、はいじゃあ私から自己紹介いたします。
私の名前は吉岡彩斗と言います。
現在32歳、賃貸不動産経営をしています。」
「ちんたい…」
「ああ、大家みたいなものです。
建物を幾つか持っていてそれを人に貸して家賃を…」
「なるほど。」
「私は昔からオカルト…まぁ、怪奇というか不可思議なものに憧れていたのですが、たまたまあなた、マイケル・四郎衛門が…吸血鬼が収められている棺がアルゼンチンの田舎の修道院に隠されていたと…」
「まて、アルゼンチンとはどこの国だ?」
「はい、ええと…ちょっと待ってください。」
俺は自分の部屋から大きな地球儀を持ってきてテーブルに置いた。
「おお!これは見たことがあるこの星の地理を表したものだな。」
「はい、その通りです。」
マイケル・四郎衛門が興味深げに地球儀を回してのぞき込んだ。
「しかし…われが見た地球儀とは随分違うな…これが日本か…なんか小さくなっておる…縮んだのか?
これがメリケン…アルゼンチンとはどこだ?」
「アルゼンチンはここです。」
俺がアルゼンチンを指さすとマイケル・四郎衛門がため息をついた。
「いやはや寝ている間にどうしてこんな遠くにやってきたのだ…そしてわれは今どこにいるのだ?」
「ここです日本…日本のここにいます。」
「なに?それでは下総はどこにある?」
「ここです。」
おれが下総、今の千葉県北部を指さすとマイケル・四郎衛門は深くため息をついた。
「そうか、われは生まれ故郷の里近くまで来ているんだな…」
その後地球儀を通して語ったマイケル・四郎衛門の旅のルートと吸血鬼になった経緯を俺達は知った。
マイケル・四郎衛門は下総の名も知れぬ漁村で生まれ、その時はただの四郎衛門だった。
昔の事なので苗字と言うものは無かった。
そこそこ裕福な家だったらしく少し大きい持ち船があり、兄弟、使用人を載せて他の船よりも遠くまで漁に出ていたらしい。
四郎衛門が14歳の時、沖で嵐に遭い船が転覆して四郎衛門以外の者は海に沈み、板切れにつかまって漂流していた四郎衛門がアメリカの捕鯨船に救助されそのままアメリカに連れて行かれた。
今のサンフランシスコにあたる港につき、四郎衛門はある裕福な家で使用人として雇われたのだが、実際は奴隷として売り渡されたそうだ。
四郎衛門は利発だったらしくアメリカに着くまでに捕鯨船の中で英語を覚え、そこそこの日常会話くらいならなんとか話せるようになったとのことで、奴隷としてこき使われながらもその利発で勤勉な態度から徐々に優遇されてゆき、奴隷から料理人、更には24歳になった時はその家の執事にまで登り詰めたようだ。
マイケルと言う名前はその家で四郎衛門に名付けられたものだ。
さて、マイケル・四郎衛門となった彼が30歳になった時、雇っていた家が破産をしてマイケル・四郎衛門も競売に出されてたまたまアメリカ南部から旅に来ていたポールと言うある大富豪に買い取られたそうだ。
大富豪ポールはマイケルを非常に気に入りアメリカ南部ルイジアナに戻るときの旅もかなり重用したそうだ。
ただ、マイケルが不審に思ったのはその大富豪ポールが週のうち1~2回、お忍びでたった一人で出かけて朝方まで戻らない時があり、帰ってきたときは服に血がついていたことが度々あったことであった。
ルイジアナに着き、大きな農場付きの大邸宅の一室にマイケル・四郎衛門は執事として住む事になった。
ある晩、と言っても明け方近いのだが、寝ているマイケル・四郎衛門の窓を誰かがコンコンと叩いた。
目が覚めたマイケル・四郎衛門が窓を開けると、窓のすぐ下に大富豪ポールが血まみれ傷だらけになって倒れていた。
大富豪ポールは何とか立ち上がり窓に手をかけてマイケル・四郎衛門の部屋に転がり込んだ。
そしてマイケルに誰も人を呼ばず、しばらく休ませろと命じた。
マイケルは大富豪ポールの肩を支えてソファに横たえさせた。
大富豪ポールの服はあちこちが鋭い刃恐らくサーベルのようなもので切り裂かれ、銃弾と思われる物が命中した跡もいくつかり、顔には無残な刀傷が斜めに走っていた。
常人ならば死んでいておかしくない幾つもの傷にマイケルは怯え、すぐに人を呼び治療をしようとしたが、大富豪ポールは、まぁしばらく待てとマイケル・四郎衛門を制した。
そのまま何十分か経つと、大富豪ポールの出血は段々と収まってゆき、蒼白だった顔にも血色が戻ってきたそうだ。
やがて大富豪ポールはむっくりと体を起こした。
顔の傷も塞がり傷の痛みも全く無い様で損傷した服と出血の跡以外は全くの健康体のように見えた。
「マイケル、おかげで助かった…お前が様々な疑問を持った事は判っている。」
顔を引きつらせながらこくりと頷いたマイケルに大富豪ポールは微笑んだ。
「さて、その疑問に答えるとするが、お前は私の秘密を完全に守れるか?
そして、今回の事で判ったが、私には優秀な助手が必要だ。
一人だと危険な目に遭うことがあるのだ…お前に私の助手、と言うか相棒、片腕になってもらいたいのだが、どうだ?」
笑顔の大富豪ポールに見つめられて、マイケルはゆっくりと顔を立てに振った。
「はい、ポール様。」
続く