第8話 『こうか』ってなんだろう?
お読み頂きましてありがとうございます。
「えっ。400万円ですか。」
庭石の値段はお婆さんが知っていた。この老舗ホテルは彼女の資産の一部なのだそうだ。
「そうよ真さん、でも当時の値段だから、今だと倍くらいするかもしれないわ。」
庭石の値段を聞いた途端に大人しくなった女性は服部真というらしい。
「倍の800万円だなんて払えません。しかも仕事まで取り上げられたら、首を括るしかありません。」
「それを俺に言ってどうする。ところで渋沢さん、彼らはいったい・・・只のSPじゃないですよね。」
今も周囲には大勢のSPが控えているがその鋭い視線はSPというよりは悪党に近い気がする。もちろん大きな岩を割るSPなんて聞いたことが無い。
「『こうか』って知ってる?」
「こうか・・・ですか?」
工科・高架・建築関係かな。降嫁・皇家・まさか皇室関係ということは無いよな。
「手の甲に年賀の賀って書くのだけど。『こうが』って言うと怒るのよ彼らが。面倒でしょ。」
ああ『甲賀忍者』のことか。『伊賀』と『甲賀』は忍者で有名で競うように忍者屋敷などで観光客を呼び込んでいる。まさか現存するとは。忍者なんて海外で活躍する舞踊団の公演『NINJA』を見たくらいだ。迫力があったが舞台が暗過ぎて目が疲れて眠くなったんだよな。
「面倒ですね。『甲賀忍者』つまり『忍び』って訳ですか。でも隠密ならまだしも、力仕事専門の彼女じゃ。今回の仕事は向いてないですよね。」
俺は面倒な女のほうに視線を向ける。
「誰が力仕事専門よ。失礼ね。解りやすく力を示しただけでしょ。もちろん『くノ一』としての訓練も十分に受けているわ。」
『くノ一』といえば、今でいう女スパイという役どころだ。映画で見た『くノ一』はエロいシーンしか無かった。
確かに小さな身体の割りにはナイスバディの彼女。こういうのをトランジスターグラマーって言うんだよな。これならば女の身体を使った誑し込みは得意そうだ。
「庭石代を稼ぐために、どうしても仕事がしたいというんだな。女の身体を使って稼いだほうが返済は早そうだが。」
「失礼ね。まだ処女よ。私より強い男にしか身体を許すつもりは無いんだから。全くなんでこんなことで借金を背負わなければいけないの。・・・なんでこんなことになったかなぁ。」
上目遣いにドキリとするが、その後は何やら落ち込んだ表情でブツブツと呟いている。本当に大丈夫かな。いざという時、どんな手段を使ってでも任務を全うするのが女スパイというか『くノ一』の役割と思うんだが、だから訓練半ばなのかな。
「何か言ったか?」
「何でもないわ。仕事頂戴。し・ご・と。」
「だから俺に言うなって! こんなことを言ってますけど、どうされますか渋沢さん?」
「使えるなら、使ってやって頂戴。」
余程、俺たちのやり取りが面白かったのか。お婆さんは笑いを堪えながら返事をしてくれる。まあ少しでも心が軽くなったのならいいけどな。
「はあ。では小柄な身体を生かしてトランクルームに潜り込んでいろ。着いたら、こっそり降りて観光客のフリでもしているんだな。役割はそうだな。俺の現在地を知らせる係といったところだ。後は裏で暗躍する『甲賀忍者衆』との連絡係か。少なくとも俺の邪魔をするな。解ったな。」
「解ってる。解ってる。」
やっぱり不安だな。俺は余計な荷物を背負ったんじゃないのか。
「ところで報酬ですが。」
ホテルの会議室に戻ると肝心の報酬に移る。もちろん提示だけで成功報酬となるだろう。失敗すれば手間賃も貰えないに違いない。
「解っているわ。身代金とは別に用意しました。現金の受け渡しで500万円、娘を助け出してくれたのなら、さらに500万円と身元保証も致しましょう。それで如何ですか?」
肝心な身元保証を救出を条件に提示してくるなんて取引しなれている。渋沢グループを運営してきたお婆さん相手じゃ分が悪いか。
「身代金を回収すれば4千万円か悪く無い報酬だ。手順としては金の受け渡しの際に娘さんの生存確認要求し成功すれば誘拐犯に同行し、安全を確保した後、『甲賀忍者衆』が潜入といった流れで良いんだな。」
報酬の確認をした後は、手順の最終確認だ。大筋だけは決めておくが後はその場で臨機応変に対応するしか無い。
「大馬鹿さんね。そんな要求が通ると思っているの?」
嫌なことを言う『くノ一』だ。ピンポイントでトラウマを突いて来やがる。名前の中に大馬鹿の文字が入るため、昔イジメられた時期があったのだ。社会人になってからは挨拶の際に笑い話のネタに使っているので滅多にイジられないが一番嫌だったりする。
「誰が大馬鹿だ。それが客人に対する態度か。『くノ一』らしくない奴だな。相手をおだてて任務を遂行する訓練くらい受けていないのか?」
「もちろん受けているわよ。大馬鹿さんには使う気が無いだけよ。」
そう言いながら上目遣いですり寄ってくる。十分に訓練は受けていると言いたいのだろう。
「やめろ真。訓練不足が甚だしいぞ。」
SPのトップとして紹介された望月さんが眉を吊り上げる。
「ですが頭、我々の1年分の報酬を1回で持っていかれるなんて酷すぎますよ。」
忍者のトップは頭か時代劇の中のようだな。
「ほう意外と少ない報酬なんだ。」
「『甲賀忍者』は一子相伝で人材不足なんでな、使えるのはここに居る人間だけなんだ。まあ必要経費は別だから食っていければ問題ない。それにお嬢さんを連れていかれるなんて失態を続ければ解雇されても文句は言えねえからな。」
会議室の中には頭と『くの一』以外に7人のSPが居た。『くの一』を除けば、一人頭年収500万円といったところか。危険な任務の割には安過ぎる気がする。




