第7話 実力を示しました
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翌日は早朝から慌ただしかった。近くの老舗ホテルで優雅な朝食を摂るとお婆さんと向かった先は銀行の貸金庫だった。
封がされている札束が10個ずつ空気を抜かれたビニール袋に包まれており、それを3つ、貸金庫の中から取り出すとアタッシュケースに入れる。
「別に拙い金というわけじゃないわ。金の流れを見られたく無いときに使うの。そうねえ帯をみると5年以上前に入れたものだから、札同士が貼り付いているかも。」
そう言って、お婆さんが笑う。新札じゃなかったが日本銀行の封帯があり、その帯に日付が印刷してあった。
貼り付いたお札はATMで読み取れず、バラしてATMで入金するだけでも大変なんだとか。金持ちには金持ちなりの苦労があるらしい。
もしかすると犯人グループがATMで入金する際に足がつくかもしれない。そんな思惑もあるのかもしれない。
「奥様。この者をお連れください。訓練半ばなれど、きっとお役に立つはず。」
屋敷にホテルに戻るとSPと打ち合わせだ。複数の高速道路や一般道が交差するサービスエリアが金の受け渡し場所に指定されており、渋沢家が所有する乗用車で高速道路側から入り、俺を降ろした後直ぐに高速道路に乗り入れることも指示されていた。
誘拐犯はきっと一般道か別の高速道路を使って逃げるのだろう。
そこで一人の女性が紹介される。顔バレしていないSPらしい。
「ダメよ。相手は大葉くん、ひとりを指定してきているわ。」
SPが一人の女性を紹介してくる。165センチの俺が言うのも何だか小柄な可愛らしい女性だ。でも背筋はピンと伸びており体幹は十分鍛えてありそうだ。
「足手まといです。出来れば止めておいたほうが良いと思います。それに今は不信感を与えるわけにはいかない。そんなことをすれば明後日以降、娘さんの命の保証が無くなりかねない。」
俺は拒絶する。できればチート能力を他人には見られたくないからだ。
「足手まといですって! 喧嘩も出来ない軟弱な坊ちゃんに言われるとは思わなかったわ。」
大人しくしていた女性が激情する。随分、血の気が多い女だな。
「血気盛んだな。SPには向いて無いんじゃないのか?」
ついつい売り言葉に反応してしまった。まあ確かにトラックとは2度も喧嘩したが、これまでの人生、他人と喧嘩することは無かったな。昔から背が低かった俺は弱者に見られることが多い所為か喧嘩を売られることも無かったからな。
「アナタねえ。表に出なさいよ。私の実力を見せてあげるわ。」
ホテルの庭に出てくる。老舗ホテルなだけあって、池には鯉が泳いているし、植えられた木々は丁寧に刈り込んであってところどころに置いてある岩と共に絶妙なバランスで景観を作り出している。
「何をするつもりだ。」
「黙ってみてなさいよ。・・・・ハッ。チェス・トーっ・・・この通りよ。」
女は近くにあった岩に向かっていくと気合を入れて殴りつけたのだ。その後、足で岩を押すと徐々にヒビが広がっていって割れたことが解った。
「おいおい大丈夫か? この岩、100万円以上すると思うぞ。」
河原から掘り出したような水の流れで抉られたような形の庭石は結構な値段がすると聞いたことがある。
「何よそれ! 知らないわよ。そんなことよりも負けを認めなさいよ。」
「判った判った。手間賃だけ貰って退散することにしますよ。それで良かったですか渋沢さん。」
「ダメよ。相手は大葉くんを指定してきているの。幾ら女の子のような容姿だからって交代できるはずが無いじゃないの。」
交代できないのは解っていたが、女の子のような容姿は無いでしょ。全くもう。
「それなら、お前の活躍の場は無いぞ。まあ庭石の借金返済を頑張れよな。」
「庭石は関係無いでしょ。交代できないことを解っていて、そんなことを言うなんて卑怯よ。貴方は私に大人しく守られていなさい。」
「はあ、渋沢さん。俺は貴女さえ解っていれば問題無いと思うんですけど、実力を見せなきゃいけないですかね。」
チート能力をこんなところで披露するのか。面倒極まりないな。
「ええ、できれば。見せてあげてください。組織内の力関係はハッキリ示しておくことも物事を円滑に進める上では必要なことよ。」
組織。組織ね。周囲にはいつの間にか、眼光の鋭い多くのSPが配置されている。ホテル客の乱入を防いでいるみたいだ。
「そうですか。解りましたよ。この庭石の賠償は確実にこの女の給料から天引きでお願いしますね。」
俺は魔力を『金剛力』スキルに捧げ、右の拳を強化し、さらに『超剛腕』スキルを発動させて、女が割った岩を軽く殴りつけた。
拳が当たった瞬間、岩は粉々に砕け散り、辺り一帯の砂利に同化した。
「何が起こったの?」
俺の行動をガン見していた女が呆然とした表情になる。どうやら格の違いが解ったらしい。
ついでに残ったほうの岩を拳を手刀の形に変えて、それっぽく岩を削っていく。チート能力の痕跡さえ残さなければ問題は大きくならないだろう。
「まあこんなものだろう。これならホテルの客室から見た景観もマシになったはずだ。」