第6話 事件に巻き込まれました
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ジリジリジリ・ジン。ジリジリジリ・ジン。
夕食が終わって、食休みを取っていると突然、机の上のスマートフォンが鳴り響いた。これは黒電話の音かな。アキエちゃんは部屋でヴァーチャルリアリティに入り、お勉強中だ。本当に今の子供は大変だな。
「はい渋沢でございます。・・・いえ偶然、外孫がやってきておりまして。はい。決してそのようなことは・・・はい明日には手配できます。えっ孫がですか? そ、それは。はい、解りました。む、娘は今・・・。」
お婆さんがスマートフォンを取り上げ、大事そうに着信ボタンにタッチする。しかもなぜかこちらのほうを向いたままで喋り続けている。なんか最後は大事な話の最中に相手から切られた感じである。話している内容も口調も相手を怒らせるようなものでは無かった。ではなぜか。
お婆さんの視線が縋り付いてくる。何か困ったことが起こっている。それだけは解る。でも他人の事情だ。踏み込んで良い問題じゃなさそう。
「何かあったんですか?」
でも話の流れとして確認したいよな、まあ支障があるようならお婆さんが断るだろうし。
「あの、あの・・・お願いでございます。何も言わず、明日お時間を頂けないでしょうか。」
幾度かお婆さんは逡巡を見せる。意を決したようにこちらの正面に向き直り喋り掛けてくる。心なしか喋り方も変わった。背筋はピンと伸びている。俺を油断させ滞在させるために、如何にも田舎の婆さんといった演技をしていたようだ。
「はあ、別に構いませんが・・・その事情をお聞きかせ願えませんでしょうか。」
はっきり言って未来に転生してきたとすると最悪だ。過去の俺は死んだことになっているのか。それとも行方不明なのかによって違ってくるけど、大幅に行動が制限されてしまうことは確かだ。
親が生きていれば、戸籍を取り戻すことも可能かもしれないが高齢出産で産んだ母親は70歳を超えているだろうし、父親は80歳近いはずだ。生きて無い可能性もある。戸籍が無いと最悪違法滞在者として入出国管理官に捕まり拘束されてしまう。
捕まらなくても、最低限住むところは欲しいのだが国内に身元を保証してくれる協力者が居ないとアパートも借りれない。幾ら俺TUEEEのチート能力を持っていても、この社会の中で一人で生きることなんてできないのだ。
「ご了解頂けるなら、話したいと思っています。」
これは打算だ。決して正義感から出た行動じゃない。相手も俺が非常に強い存在であることを求めている。だからこそ、こんな訳の解らない存在に声を掛けてきたのだろう。
何か事件が起きている。悪いがその弱みに付け込ませて頂く。無理矢理にでも恩を売っておけば協力者になってくれるだろうし、最悪でも雇用者と被雇用者といった関係にはなりえるだろう。
「ええ解りました。何でもいたしましょう。」
ブラフを仕掛けても意味が無いし、話を聞かなければ判断できないので無手で答える。
「本当ですか?」
「嘘は言いません。貴女のご希望通りに行動します。」
嘘は吐かないと言いながら、あえて言う通りにしますと言わず、希望通りにしますと言い換えた。言う通りにした場合、最悪命の危険があるからだ。最善を尽くすが死ねと言われてもYESとは答えられない。これは絶対だ。
まあチート能力を持ってすれば大抵の危険は避けられる。何せ『金剛力』スキルは所持しているだけで鉄砲の弾まではじくのだ。避けなくても効果を発揮しないだろう。
「・・・。」
「信じられませんか? そうでしょうね。では取引をしましょう。」
まあそうだよな。よく異世界転生のラノベでは見知らぬ主人公が強いというだけで易々と信頼を得るが、余程異世界人たちの教育水準が低くなければあり得ない。
「取引ですか?」
「ええ。俺の欲しいものは多少の金銭と身元を保証してくれる協力者です。」
こういうときは弱みを見せるのが正しいやり方だ。裏切れば自分自身が損をする。そう思わせるだけでも、少しは信じてみようと思えるのである。実際には損をしない。人助けは幾らでもできるからだ。人助けをするたびに同じ提案をしていけば良いのである。
「わかりました。すべてお話します。実は娘が誘拐されています。」
なるほど誘拐事件という重大事件となれば巻き込まれることを嫌うと思ったんだな。俺も嫌だ。警察の介入があって身元調査をされるのであれば、逃げるしか無いが今回は違うようなので何とかなるなるだろう。
「アキエちゃんのお母さんですか。警察には?」
お婆さんが頷くとさらに質問を続ける。
「今回は金銭目的では無かったので手配しておりません。」
「無かったですか。」
言葉が過去形になるということは以前は違ったということだ。
今回は・・・というところも気になるが深くは追及しないことにする。
「ええ。向こうの要求を丸呑みしたお陰で欲を出してきたのでしょう。この家は監視されていたようで、アナタのことは外孫と言っておきました。」
「赤の他人の俺を外孫ですか。大丈夫なんですか?」
10年前に死んだ俺には決してたどり着かないことは解っているが、それはお婆さんも知らないことで警察の人間と思われないのだろうか。
「ええ。外孫は100人ほど居ますので、短期間では結論にたどり着かないでしょう。」
この屋敷に入ったときにも思ったのだが、天井板などが大木の一枚板で出来ており、屋敷自体は小さいながらも高品質な材料を沢山使っている。それだけでも大金持ちの家と解る。さらに外孫が100人か実際は孫だけでなく係累の子供まで含んでいるのだろうな。
「俺は孫さんになりすまして、身代金の受け渡しをする。本来の誘拐目的は聞かないほうが良いですね。」
余りにも多くの仕事を押し付けられても困る。ついでに出来ることならば娘さんを救出したいが、相手に隙があればといったところだ。本来の誘拐の目的が別にあるのならば、そちらに影響が出てしまうに違いない。
「・・・聞いてください。渋沢家は昔から方々へ金を貸し付け人を手配することで稼いできました。主に百貨店や大手スーパーのテナントでファイストゥフェイスで接客する商売を得意としております。今回、ヴァーチャルリアリティ空間に出店することになり、スペースを提供してくださる企業との提携話が持ち上がっているのですが、これを気に入らないと思うグループが居るようなんです。」
僅かに逡巡したようだが本格的に巻き込む気になったようだ。
なるほど資本家なんだな。
「そうすると提携話を阻止するために娘さんを誘拐したと、つまり提携が実現するには期限があるのですね。」
「ええ。明後日実施される臨時の株式総会で株主の信任を得る予定となっておりまして、渋沢グループは第二勧業銀行を含め、多種多様な形でそれらの株式を持っております。」
つまり最大の成果を上げるには明後日までに娘さんを連れ戻す必要があるんだな。これは困った。逆に言えば明後日の株式総会で信任を得られなければ、娘さんは無事に返ってくるという可能性もあるわけだ。
娘さんが殺される危険を侵してまで救出に向かうのは止めて欲しいのだろう。
「ズバリ聞きます。娘さんが返ってくる確率はどのくらいとみていますか?」
誘拐犯は常套手段として、必ず返すというがまず返ってこない。特に大人を誘拐した場合は顕著だ。
「SPの話では食事をしたレストランで薬を盛られ、連れ去られたようですので誘拐相手の顔を見ていない可能性があります。5分か4分くらいでしょうか。」
肉親ならば100%返ってくると思いたいのだろうが、賢明に判断しているようだ。
「SPがおられるのですね。その方たちは?」
「今回は裏方として動いて貰っていますが、顔を知られてしまっているので荒事には使えないようです。」
「解りました最善を尽くします。」
「よろしくお願いします。」