第28話 ダンジョンに入っていました
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「じゃあ、休暇中に済まないが『中田』頼むぞ。それに『西九条』さんに『お菓子屋』さんもよろしくお願いします。」
料理店を出ると有名人が3人も待ち構えていた。何故か彼らがマンションの部屋に連れて行ってくれるらしい。
「先輩了解しました。」
山田社長と『中田』さんは、同じ高校の先輩後輩の仲らしい。
紫子さんと共にカードキー代わりになるブレスレットを受け取る。『超鑑定』スキルで読み取ると超小型のICタグと魔法陣が組み込まれている。身に付けると連動する管理人から世界中何処に居ても居場所が解るらしい。ちょっと嫌だな。それに空気の層を身に纏うらしいが用途が良く解らない。
「済まない。渚佑子が居れば、指輪やネックレス、ピアスタイプも選べるんだが取り敢えずブレスレットタイプで我慢して欲しい。エレベーターに乗るときには必ず身に着けることをお願いする。」
居場所を掴まれるのが管理人さんじゃなくて良かった。変なところに入ったら軽蔑されかねない。
「その辺りの説明も僕たちがやっておきます。先輩は仕事に戻ってください。」
懐石料理店からバンケットルームの方へ歩いていくと乗ってきたエレベーターと違うエレベータが2基現れた。
「このエレベーターは地下駐車場の住民専用ブロックにも通じているんだ。僕は本名マツモトって言うんだけど、お隣さんだから芸名『お菓子屋十万石』で構わないよ。その代わり、呼び捨てでお願いするよ。『お菓子屋』さんなんて呼ばれるとガックリするからね。」
確かに駄菓子が売っている店の名前みたいだ。噺家として『お菓子屋』と掛け声を投げられるほうが多いのだろう。
「どう呼んでも大丈夫よ。この人、中身は気の弱いオジサンだから。」
どう呼ぶべきか悩んでいると志保さんから助言が入る。この人たちの上下関係も良くわからない。両方とも下僕っぽい。カーストのトップは管理人さんみたいだが。
そう言えば、『西九条れいな』と『お菓子屋十万石』も過去に噂になっていたはずだ。当時は両人共独身だったが同時に『中田雅美』とも噂になっていたから彼女だけが一方にバッシングされていたらしい。いまでは既婚者でお隣さん同士として仲良く住んでいる。
普通に上矢印ボタンを押すと2基のうち1基のエレベーターが停止してチャイムが鳴る。皆で乗り込むと階数ボタンの下にあるマークに『お菓子屋』さんが指輪を押し当ててから20階のボタンを押した。
「『十万石』もお隣さんなの?」
調子に乗って紫子さんが尋ねる。もしかしてファンなのかな。
「いいねえ。女性にそう呼ばれるのは好きなんだ。『中田』家と『西九条』家とウチは理由があって並びなんだ。エレベーター側の隣は信用できる知人に入って貰ったんだが、向こう側の隣は問題があって空いていたんだ。」
「もしかして、例の週刊誌の記者を引き入れたとかいう?」
「そうだ。渚佑子様から聞いたのかな。このマンションの部屋を買った本人は知らず、子供の知人が週刊誌の記者だったらしい。1回目は子供が1階の表の商業側から案内して、隣の部屋に入ったときは問題行動は無かったらしいけど。2回目知人が貸したブレスレットを使い、侵入しようとしたときにエレベーターで21階の中屋上に直行され捕まったらしいよ。」
渚佑子様って・・・。何か怖がられているらしい。俺も気をつけよう。
だからブレスレットは山田社長が直接着けてくれたのか。21階なんてボタンは無い。ICタグと魔法陣は本人の魔力で動作するようでブレスレットを身に付けていなかったり、他人が身に付けていたら、乗り込んでから一定時間後エレベーターのAIが勝手に判断するらしい。
「うわぁ。広くて明るい廊下、天井も高いですね。でもエレベーターホールにしかライトが無いような・・・。」
エレベーターホールの天井には芸術性の高いモニュメントの間接照明器具が配置されていたのだが、長い廊下の先にあるエレベーターホールの照明器具までにそれらしいものが見当たら無かった。
敢えて言うなら天井が光っているように見える。
「先輩は天井に光ファイバーが埋め込まれているって言っていたよ。」
なるほど、波打った表面のところどころが強く光ってみえる。
「あらっ。天井は和紙で出来ていてその上にLEDライトが設置されていると和重から聞いているわ。あっ、和重は家の旦那の名前ね。入居時の説明は彼が受けたの。」
こちらの説明もそれっぽい。どちらが本当だ?
「僕が聞いても渚佑子様は笑って教えてくれなかった。多分、聞いてはいけないことじゃないかな。」
『お菓子屋』さんの説明が真実をついていた。『超鑑定』スキルで調べたところ、ダンジョンの光る天井という訳の解らない結果が返ってきたのである。このマンションの一部はダンジョン化しているらしい。
「そうね。渚佑子さんが喋らないことは聞いてはいけないことよね。」
『西九条れいな』さんの意見に他の2人も頷いている。どうも暗黙の了解みたいである。どうやら統一見解が無く、説明が面倒なことは笑ってごまかしているらしい。
「ここから3軒が僕たちの部屋で、さらに奥が君たちの部屋だよ。開けてビックリしないでね。」
ブレスレットを扉に近付けると『ギィガチャン』と施錠が開く音が鳴り響く。オートロックらしい。
事前聞いていた通り、扉をゆっくりと開いていく。
「なによこれ。バスルームもトイレもキッチンも何も無いじゃない。『十万石』リノベーションから始めるの?」
唯一、覚悟が出来ていなかった紫子さんが悲鳴をあげる。ちゃっかり、その腕に抱き付いているところをみると本当にファンなんだろう。
そこにはあるべきものが無かった。真四角、いや奥に向かって広がった扇状のだだっ広い部屋があるだけだった。




