第25話 俺は俺TUEEEしたいらしい
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「私もまだまだね。・・・それではごゆっくりお楽しみください。」
叱られ意気消沈した顔になったが一瞬で女将の顔に戻ると笑顔で下がっていく。直ぐに切り替えができることは称賛に価する。
「随分こだわっているのね。」
紫子さんがニヤニヤとほほ笑む。殆ど同い年なはずなのにまるで年下の男性に対するようだ。
「ええまあ。このマンション部分は俺の大きなプライベート空間だと思っていますので。」
山田社長は苦笑いだ。いろいろ力関係がおかしい。浮気され別れた元妻の友人ならそこまで卑屈にならなくてもと思うが俺と同じで女性には滅法弱いタイプなのかもしれない。
「では乾杯をしましょう。」
そう言って紫子さんがグラスを持ち上げる。
「そうですね。大葉くんの『俺TUEEE的』な活躍が出来ることを祈ってかんぱーいっ。」
山田社長からガックリする音頭が取られる。
「それは無いでしょ。」
そりゃあ『俺TUEEE的』な活躍はしたいですけどね。どう考えても笑うしかない。そのとき、いろいろあった蟠りが無くなっていることに気付く。ダメだわ。どこをどう切っても良い人にしか見えない。まあ俺のスキルは警戒されるだろうけど。おいおいそれも無くなると嬉しいに違いない。
「おっ。いける口みたいだな。酌はいらないから好きに飲んでくれるか。」
これだけ無警戒で開けっ広げだと肩の力が抜ける。これまで警戒していたことさえバカバカしくなってくる。
まずは小さな器に盛られた蟹から手を付ける。足には小さいながらもギッシリと身が詰まっており酒が進む。メスらしく卵も盛られており、これも美味だ。一気に『もっきり』のお酒が無くなってしまった。
「旨い肴に旨い酒。最高ですね。」
もう最高だ。紫子さんところのホテルの料理も捨てがたいが、新鮮な海の幸には負ける。
「やっぱり旬のものを頂くのが一番よね。それに調理技術も盛り付けも凄いわね。」
三角っぽい皿に盛られた料理の数々に紫子さんも感嘆の声をあげる。目も肥え舌も肥えている紫子さんから見ても感動する料理のようだ。
タイミング良く純米酒とワインがサーブされてきた。
「はい。トム・・・どうぞ。」
女将さんがぐい飲みをコースターの上に置き、お酌をしようと純米酒の小瓶を構える。水商売決定だ。余りにも決まっている。いや銀座にお勤めだったのも頷ける。
「社長はトムさんなんですね。」
紫子さんから名前を聞いていたはずだが『超鑑定』スキルで確認した名前は違った。何か凄く長い名前だった。おそらく異世界の貴族も大貴族に類する人だと思う。
山田社長は苦笑というか微妙な顔をしている。この世界での自分の名前はあまり好きじゃないらしい。
「『無制限に取り放題』だなんて、いい名前よね。映画の主人公と同じ名前だし。」
うーん。そういう褒めかたもあるのか。流石は水商売と思ったが、山田社長の顔は余計に渋くなる。
「ああ。ありがとう。それ陽子ママからの情報だな。」
トムという芸名の映画俳優なら知っているが主人公か。まさかアニメ。いやそれは褒めてないだろう。表情が渋くなったところを見ると正解らしい。それは怒っても良いと思うぞ。それとも先程叱られた逆襲か。余りにも大人げないぞ。
「最近は日本酒に切り替えたのね。」
話も切り替わる。怒らせたと焦ったらしい。ちょっと気安過ぎだろう。
「まあな。ウイスキーだったかな大きなグラスで飲む酒とき隣に座ったトモヒロくんにグラスに付いた水滴を拭かれてしまったんだ。誰だ、あんなことを教え込んだのはっ。」
山田社長が怒ったついでに発散するようにやや荒々しい声を上げる。まあこちらも演技っぽい。本気じゃないのだろう。
「男の娘女優『チヒロ』としてデビューする前に何度かお店で働いていたわよ。今でも働いているんじゃないかな。映画デビュー後、陽子ママが政財界のトップクラス相手に極秘の会員制バーを作ったらしいからね。」
男の娘が女優をしていることは知っている。しかもトランスジェンダーのアイドルグループまで率いている。活動場所はヴァーチャルリアリティ空間でそれはそれはとても可愛いのだ。
「銀座の店か? デビュー前って16歳だよな。余計悪いじゃないか。」
山田社長が詳しい。しかも何やら知り合いっぽい。本名も知っているっぽい。話が聞きたい。
「あっ・・・内緒ね。」
そりゃそうだ。スキャンダル間違いなしのネタだ。でも知りたい。お近づきになりたい。まあ生でみたら、もういいと思うかもしれないけど。ヴァーチャルリアリティ空間で見ている分には理想の女の子なのだ。




