第23話 活躍の場が与えられました
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「結構、人が居るんだね。」
高額な料金設定だがらもっと閑散としているんだと思ったんだけど、レストラン街やフードコートは家族連れで賑わっていた。
「4階の料亭や懐石料理店には無いですが、従業員や従業員の家族には3階のレストラン街の特別な割引券が配られているんです。」
管理人さんが胸を張って答える。
「へえ。良く分譲部分の住人が文句を言わないもんだ。」
「文句を言うような人は初めから入居しないですから。それに外国の方々はそれが当然だと思っていらっしゃる方の方が多いですよ。」
なるほど文化の違いって奴かな。それに安い料金のサービスならば先程の志保さんのように商業施設側に行けば受けられるんだからさほど問題にならないのだろう。
例のラーメンチェーン店でソフトクリームを頼む。表の商業施設と全く同じ味のソフトクリームが出てきた。違いといえば全ての作業を1人で回している所為か時間が掛かるくらい。
「お行儀がいいんだな。」
フードコートを眺めているとそんな言葉が出てくる。子供が若干騒いでいるくらいで時間が掛かるからと文句を言う人間は居ないようだ。
それに志保さんたち芸能人を見つけても遠巻きにするくらいで積極的に接触している様子も無かった。
「皆。うちの社長が大好きですから文句を言う従業員なんて居ませんよ。」
「大好きって。個人的な付き合いでもあるの?」
「うちの会社はフレンドリーなんです。個人的な付き合いは無いですが、職場には暇を見つけて現れますよ。だから1対1で会ったことが無い従業員は居ないんじゃないかな。」
「嘘。従業員って何千人も居るんですよね?」
「山田ホールディングス全体で2万人。副社長を務めるZiphoneグループで5万人です。その全てに会いに行って声を掛けているそうです。当主を務める蓉芙グループの会社まで回れないっていつも嘆いています。」
1人辺りの会える時間なんて数秒なんだろうけど。雲の上の人が現れて声を掛けてくれればやる気が違うだろうことは簡単に想像できる。誰でもできるが誰もやらない凄い人心掌握術だ。
しかし、此処は怖い場所だ。山田社長の敵と認識されれば居場所は無いに等しい。だからこそ山田社長に悪意を持つ人間を排除する魔法陣が設置されているのだろう。
このコミュニティーに入って来れなければ周囲と軋轢を生まないからだ。
次は4階に向かう。懐石料理店で山田社長と落ち合うらしい。
山田社長が良い経営者というのは解ったが良い人か、特に渋沢グループに取って良い人がどうかは解らなかった。結局、本人と会って話をしなければ解らないのだろう。
「申し訳ありませんがここでしばらくお待ちください。直ぐに山田が参ります。」
エスカレーターで4階に上がるとガラリと雰囲気が変わる。情緒たっぷりで俺には敷居が高そうな店が並んでいた。
そのうちの有名な京懐石料理店に入り、個室に通される。客が使う通路は行き止まりで商業施設側とは厨房を乗り越えなければ行き来できないらしい。
待ち合わせ時間の5分前に到着した。山田社長は待ち合わせ時間キッカリに到着するという。
「紫子さんは山田社長のことを信頼しているの?」
管理人さんが席を外したので紫子さんに最終確認を行う。
「もちろんよ。何が不安なの?」
「乗っ取りとか不安じゃないの?」
「そんなこと。あの人は既に世界経済の10パーセントを動かせる実力を持っているの。『渋沢グループ』の全てを騙し取ったとしても1時間分の時給にもならない。だから有り得ないの。それに貴方のこともあるし、絶対に繋げておきたい人脈なの。」
「俺のことって?」
「これ以上は言えないわ。山田社長が話して下さると思うから全てを聞いてから判断して欲しいの。でも貴方の判断を尊重するから自分を曲げる必要も無いわ。」
なるほど、これは腹を括るしか無いらしい。
「久し振りですね。渋沢さんと大葉くん。まあお掛けください。」
現れた山田社長に対して立ち上がって挨拶を交わすと着席を即される。個室のやや大きめなテーブル席の対面に山田社長とほぼ同時に座る。
「ええ。お久しぶりね。お変わりが無いようでよかったわ。」
「ではまずこれを。」
山田社長が懐から手帳サイズのものを取り出すと机の中央に置いた。
「大葉くん。確かめてくれる?」
紫子さんに即され、封筒に入ったそれを手元に引き寄せて取り出した。
「こ、これは・・・。どういうことなんですか紫子さん。」
袋の中には俺のアメリカ国籍のパスポートが入っていたのだ。つまり紫子さんは俺が無戸籍だと知っていたことになる。
「説明は私からさせてくれないか。」
そのとき割り込むように山田社長から申し出があった。
「ゴメン紫子さん。思わず冷静さを失ってしまったようだ。山田社長、話をお伺いしましょう。」
「初めに君がスキル持ちだと気付いたのは私だ。私は君の『超鑑定』スキルで確認して貰えば解る通り、空間魔術師という職業でいわゆる剣と魔法の異世界と呼ばれる世界の人間だ。」
慌てて相手の言う通り、『超鑑定』スキルで確認すると相手の詳細な情報が表示される。
「はい。」
前回、パーティーでお会いしたときは名前と所属する会社名だけで何も不審ばところはなかったはず。何か誤魔化す手段があるのだろう。
「渚佑子も君と同じスキル持ちで『知識』スキルという古今東西ありとあらゆるこの世界の文章化されたものを読み取るスキルを持っており調査させたんだ。そうしたら、この世界には大葉夏音という人物は存在しないことが解った。」
「なるほど。」
「初めは異世界転生した人間が帰還したのかと思ったんだが過去にも存在していないのはおかしい。」
「そうですね。」
「それに渚佑子が『鑑定』スキルで君のスキルを読み取ったところ、この世界の神が必ずくれるという固定スキルの名前が若干違っていたんだ。だから、異世界へ召喚された人間でも無いことになる。」
「ええ。俺の場合、並行世界転移ですので間違いないですね。それで俺に何をさせたいのですか?」
何かをさせたいからこそ、俺にとって一番必要なパスポートを用意したのだろう。
「有事の際に君の大切な人のためにスキルという力を使ってほしい。」
意外にも緩い答えが返ってくる。何か重大な役目を強制されると思ったんだが。
「それは言われるまでもない。他にもありますよね。」
「あえて言うならば、こちらと敵対しないで欲しいぐらいかな。」
「本当にそれだけですか?」
それはあまりにも破格過ぎる条件だ。逆に怪しいとも言える。
「誓ってそれだけだが、不安かね。」
「ええまあ。有事というのは、どういうことなんですか?」
「やはりそれを聞くのかね。聞けば後戻り出来ないぞ。」
「貴方が各国首脳と進めている地球連邦と関係しているのでしょう。」
それだけでも全人類が一丸となって戦わなくてはならない外敵がやってくると容易に想像できるのだ。
「なかなか鋭いところを突くね。困ったな。若い君たちに重い荷物を背負わせたく無かったんだが、どうしても聞きたいかね。こんなことは言いたく無かったんだが紫子さんや『渋沢グループ』も巻き込むことになりかねないんだぞ。」
この人は重荷を背負い、どれだけ人に恨まれようとも突き進んできたのだろう。各国首脳が信頼するのも頷ける。
「私たち家族のことは気にしないで、大葉くんが決めていいのよ。ただ私たち家族から離れようとすることだけは止めて欲しいの。」
「心配しないで紫子さん。解りました山田社長。今は何も聞きません。ですが何か手伝えることは無いですか?」
「何も聞かずに手伝ってくれるというのか。」
「ええ重荷を分けて欲しいとも言いません。せっかくスキルを貰ってこの世界に転移してきたのですから活躍してみたいんです。」
今のままではヒモか良くて遊び人だ。だけどそんな人生はすぐに飽きるに違いない。戸籍が手に入ったことだし何か仕事を始めたい。どうせならスキルを生かした仕事があればなおいい。
「活躍か。それは、俺TUEEE的なことをしたいという意味かな。」
「仰る通りです。何の後ろ盾もなく俺TUEEE的なことをすれば犯罪ですから、非常事態でも発生しなければ、何処にも活躍の場が無くて困っていたんです。山田社長が津波を防ぎ、人々を救ったように活躍したいんです。」
「あれか。そんなにいいものでは無いぞ。確かに救った人々からは賞賛されるが、救えなかった人々からは批判を浴びる。」
「批判ですか。」
「そうだ。そして救ってくれるのが当たり前になる。少しでも水害で被害が出れば、全て私が悪いことにされてしまった。恐らくどんなふうに人々を救っても同じだと思う。それでも君は活躍したいと。」
「そうですね。紫子さんたち家族が誉めてくれる限り続けられると思っています。」
「解った。そこまで言うのであればお願いしよう。渚佑子に指示を出しておく。スキルを使うに当たっての注意事項も彼女に聞くように。彼女は厳しいからそのつもりでいてくれ。」
すみませんストックが切れました。今後は出来次第上げていくつもりです




