第17話 良い場面を精霊の王に取られました
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「お婆ちゃん。ただいま!あれっ居ないなぁ。」
あれから屋台料理を堪能し、お酒も飲み倒し酔っ払って寝てしまった静香さんを連れて、帰宅の途に着いた。夏休みの間中、アキエちゃんの滞在先である渋沢家である。
「ちょっと待って!アキエちゃんはこっちに。望月さん。紫子さんのボディーガードは?」
異変を察した俺は奥に向かおうとするアキエちゃんを止める。畳の間なのに土足の跡がついていたからだ。
「それが・・・真のことで手が足りなくなっていまして。奥様が不要だとおっしゃるので。」
臨時株式総会は今日の午後に行われ、無事賛成多数で資本提携が行われたはずだ。俺はもう一度、静香さんやアキエちゃんを狙う輩が居ないとも限らないので、それとなく警護していたつもりだった。誘拐なんて非常手段に訴えた敵が諦めるには簡単過ぎると思っていたのだ。
肝心要の決定権を持つ紫子さんを攫うなんて。俺としたことがなんてミスだ。
「解った。向こうの方向に車で走り去ったようだ。望月さん。兎に角、追いかけよう。」
『超探索』スキルを駆使すると簡単に見つかった。前の道路を東に向かって移動中だった。幸いにも攫われた直後のようだ。どれだけ怪しかろうが今回ばかりは躊躇できない。後のことは後で考えれば良いはずだ。
それとなく足跡を追うフリをして、家の前の道路まで出てきた俺は望月さんに指示を出す。アキエちゃんも静香さんを同行させるのも危険だが人員が居ないのでは仕方が無い。
「あの車だ。」
言ってから失敗したと後悔した。あの誘拐の救出劇で爆弾を多用した望月さんは躊躇なく、車を追い抜かすとUターンをして見せたのだ。
あわや衝突する寸前で相手の車は止まってくれた。
俺は車を降りて『超剛腕』スキルで、車の前後部ドアを同時に引き千切ると座席に乗っていた男と運転手を引き摺り下ろした。
「なんだ。お前。化けモノか!」
さらに奥に居た紫子さんを救出しようとするがもう一人の男が紫子さんに拳銃を押し付けていたのだ。男は拳銃を押し付けたまま、ゆっくりと反対側のドアから降りてくる。何処かで見た男だ。そうか第二勧銀の支店長の男だ。
道理で紫子さんが簡単に家に入れたはずだ。敵に通じていたらしい。玄関を無理矢理こじ開けたような形跡が無かったので部屋に入るまで異変に気付けなかったのである。
「お前もこの男たちのようになりたくは無いだろう。」
俺が引きずり下ろした2人の男たちは肩の関節が壊れたのか道路上で呻いている。手加減などする余裕が無かったからな。
「うるさい!近寄るな。この女さえ連れていけば全ては俺の物になるんだ邪魔をするな。」
さすがに望月さんも近付いてこれない。しまったな。膠着状態だ。もう一人、男が後ろに注意を向けてくれる存在が居れば。『飛躍』スキルを使って拳銃と紫子さんの間に割り込むことも可能なんだがな。
『呼んだか主様。』
ご都合主義もほどがあると思いたいが『ビャク』がホワイトタイガーの姿で男の後方に現れたのだ。その唸り声を聞いた男の視線が逸れた一瞬の隙を突いて『飛躍』スキルを使って男の拳銃に向かって殴り付けたところ、拳銃ごと男の掌がひしゃげた。
「よく来てくれた『ビャク』その男、死なない程度に遊んでやってくれるか。」
拳銃は既に使い物にならなくなっていたが、さすがの望月さんも『ビャク』の前に行く勇気は無かったようで紫子さんを庇うように車に連れていくのが精一杯だったようだ。
「さて、全てを説明して貰おうか。」
『ビャク』は夜間の檻から抜け出しただけなので、今度こそ名前を呼ばない限り抜け出してこないよう言い付けて、そのまま戻って貰った。
「説明って何。俺の馬鹿力は前に見せたよな。」
紫子さんを誘拐した男たちは既に警察に望月さんが引き渡している。どんな説明をしたのかは全く知らない。
「それでは説明がつかないだろうが。両腕でドアを引き千切るなんてどんな怪力だ。しかもホワイトタイガーは手懐けるだけでなく呼び出すし、会話しているし。お前が男に走り寄った速度もオリンピックに出れば金メダル確実だ。どうせ奥様を探し出したのも何らかの方法を使ったに違いないんだろ。」
よくもそこまであの短時間見ただけの状況で推理できるな。忍者だけでなくハードボイルド探偵にもなれそうだ。
「もうそこまでにしておきなさいな。私を含め家族の命を救ってくれたことには代わりはありません。この件、いや怪力の男の存在自体も忘れなさい。いいわね。」
「はあ奥様がそこまで仰るのであれば・・・。」
鶴の一声で引き下がってくれた。主従関係というのは凄いな。
某日某所。
「奴ら『甲賀忍者』だったとは。」
『隠密』の頭領が憎々しげに言葉を吐き出す。
「頭領。忍者って徳川家康が召し抱えた服部正成こと服部半蔵じゃないんですか?」
優顔の男が考え考えに頭から絞り出すように相槌を打つ。
「あれは『伊賀』の極一部の人間だ。『伊賀』の武士になれなかった連中は江戸時代に帰農、農民に戻っていった。だが残りの『甲賀』が幕府からすると厄介な存在になっていったんだ。何度も武士に召し抱えろと陳情してきたり、明治維新では敵にも味方にもなる厄介な存在だったそうだ。『隠密』の天敵と言って過言じゃない。」
「へえ全く別の存在だったのですね。」
「ああ大抵の奴は『隠密』と『忍者』を同一視するが成り立ちが全く違うんだ。どちらかと言えば武士が訓練を重ね主君のために働いたのが『隠密』で、豪農といった農民が成り上がるための足がかりとしたのが『忍者』だ。まあ大抵の『忍者』は傘貼り浪人をやっていた怠け者だったというがな。」
「それが今や豪商お抱えですか?」
「ああ忌々しい奴らだ。だが今回のようにゲリラ戦を得意としている所為でこちらの被害が甚大になりやすい。だから関わらないようにしていたんだ。しかし『影』を2人も失ったのは痛かったが・・・やっぱり今回は手を引くぞ。直接ぶつからない限り相手をしないのがこれまでの経験上順当だと言われているからな。」




