第15話 忍者の真似をさせてもらいました
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「ゴメン静香さん。これ換金する時間の余裕があるかな。」
遠足に出かける気分で途中買い物を済ませたあと、静香さんにお願いをしてみる。嬉しそうな顔をするところをみると、静香さんも頼られるのは嬉しいらしい。確かに静香さんって思春期で止まっている感じだもんな。
「どうしたの。このスクラッチくじ。」
俺が小片を渡すとマジマジと見ている。
「途中でコンビニ寄ったときに隣に売っていたから買ってみたんだ。ほら俺って住所不定無職じゃない。だから静香さんの名義で換金して欲しいんだけど。」
『超幸運』スキルを試してみたのだ。まさか一発で当たるとは思わなかった。この分ならば、一緒に買ったジャンボ宝くじも期待できるかもしれない。
借りているスマートフォンで換金方法を調べてみたのだが、宝くじを換金するには身分証明書が必要になるらしい。元々一番簡単に金が入手できるかもと思っていた方法だから、誘拐事件に巻き込まれてなかったら、換金しに行ったその場で警察に通報されて一発アウトだったかも。危なかった。
「ええっ。これ100万円当たってるじゃない。望月さん。駅前の第二勧銀に寄ってみて支店長に話をしてみる。」
運転手役兼ボディーガードの『甲賀忍者衆』の頭に静香さんが指図する。さすがは主家のお嬢様だ。指図しなれているらしい。ちなみに紫子さんは疲れているからと生家であるあの屋敷に残っている。どうも遠慮されたらしい。
宝くじを扱う第二勧業銀行は『渋沢グループ』の一員なんだそうで、ここの支店長さんは正月の挨拶も欠かさない人なのだそうである。
「これはこれは、静香様。お戻りとお聞きし、従業員一同安堵しております。」
静香さんと一緒に銀行に入っていくと当然のように支店長室に案内された。宝くじを換金したかっただけなのに段々と大袈裟になっていき、お尻がむず痒くなる気分だ。
「そんなことはどうでもいいわ。それよりも私を助けてくださった大葉様が困ってらっしゃるの。助けてくださる。大葉様が宝くじに当たったのですが、彼こちらに来たばかりで身分証明書を作ってらっしゃらないのよ。」
こんなお嬢様っぽい喋りもできるんだな。今までが今までだっただけに少し安心する。
支店長さんは優秀らしく随分と若い男性でなかなかのイケメンだった。
「ほう幸運な男性ですな。少々お待ちください。直ぐにお出しできると思います。」
支店長さんが俺をねめつけるように視線を動かすが、すぐに持参した宝くじの裏に静香さんに住所と名前を書かせるとすぐに現金を持ってきた。本当ならば身分証明書を要求されるところだが顔パスで済んだらしい。
「ありがとうございます。」
現金を渡されて頭を下げる。何かしら視線が痛い。
「渋沢の奥様はご元気ですか?」
「母は疲れたと言って生家に籠っているわ。ではありがとうね。」
支店長さんは店舗の前まで見送りに来た。宝くじを買うたびにこれを繰り返すのか。できれば次回、ジャンボ宝くじの1等を当てて最後にしたいものだ。
「嫌ね。あの男、私の婿候補だったこともあるんだけど視線が嫌らしいのよね。少し調べたら愛人を囲っていることが解って、すぐに婿候補から外れたわ。」
車の中で静香さんに囁かれた。なるほど新しい婿候補と思われたんだな。
「ここが『世界料理博物館』か。敷地が広いんだな。」
しばらく山道を登っていくと建物が見えてきた。小さい丘の頂上を切り開いた作りになっているようだ。事前にアキエちゃんに聞いていた限り、地元では遠足場所として使っているらしい。そして御多分に漏れず、生徒たちは建物と民族衣装の試着だけで先生たちはお酒や屋台料理を頼むので遠足場所としては不評なのだそうだ。
「ここは『渋沢グループ』の前身の『渋沢財閥』の初代当主の遺言で作られたのよ。生誕の地であるこの地域に何かを残しておきたかったらしいの。」
ここも静香さんの顔パスで入れた。まあ入場料といっても公共の博物館並みで大した金額では無いみたいだったが。
「そうするとここは『渋沢グループ』が運営しているんだね。」
しかし、いくらオーナー一族だからって従業員に顔を知られるくらい頻繁に訪れているというのはどうなんだろう。
「今は経営不振で子会社とイベント企画会社が共同で運営しているわ。」
「『甲賀忍者衆』も冬場の客の少ない時期に忍者ショーを開催したり、日本の屋台村で芋煮会を開いたりしているぞ。」
突然、望月さんが会話に参加してきた。忍者ショーでアルバイト稼ぎしているらしい。だが本物の忍者をショーで披露してしまっても良いものなんだろうか。
そう言って日本の屋台村に連れ込まれる。たこ焼き、たい焼き、焼きそば、お好み焼きの屋台が並んでいて、常設の建物に忍者屋敷があった。
「あの建物って本物?」
「そんな訳は無いだろうが。甲賀の村々に屋根裏があるような大きな建物を建てないし、どんでん返しのあるところなんて危なくて使えない。それに忍者は潜入が主な仕事なんだ。潜入される側じゃない。座敷牢も必要無ければ何かを隠す必要も無い。戦国武将に雇われていたころでも敵を攫うこともあったと聞くが手柄の敵は主に引き渡すのが普通だ。」
夢の無い説明をされてしまった。
屋敷の中には忍者グッズを売っていたり、手裏剣で的を当てるゲームが置いてあって、外国人観光客が忍者の恰好をした人の指導を受け楽しそうに遊んでいた。
「あの手裏剣は本物だよね。あそこで教えている人は『甲賀忍者衆』の人?」
「違う。地元の忍者研究家の方だ。偶に真が駆り出されることもあるが単なるアルバイトだと思われているぞ。やってみるか? 的に5回連続で当てるとレプリカの忍者装束が貰えるぞ。」
グッズ売り場で忍者装束は良いお値段な割りに結構売れるようで沢山積んであった。日本人はほとんどいないが外国人には受けがいいようだ。
「お兄ちゃん頑張って。」
「大葉くん。それ難しいのよ。私は1回も当てたことが無いの。頑張ってね。」
アキエちゃんと静香さんが応援してくれる。確かに36センチの円形の的の中心に直径12センチほどの大きさで赤く塗りつぶしてあって、そこに5回連続で当たると忍者装束が貰えるらしい。ほかにも周囲の白い部分を含めて当たった回数で商品が貰える仕組みになっているようだ。
「じゃあ望月さん。手本をお願いします。」
「うっ。余り得意じゃないんだが・・・やっぱりな。」
ここでは望月さんが顔パスなのか忍者研究家から手裏剣を受け取ると5回連続で投げてみた。的の周囲に4回と真ん中の赤い部分に1回という散々な結果だった。プロの忍者でもこの結果なんだから忍者装束プレゼントは絵に描いた餅だな。
だけどどうせやるならば良い結果を残したいと思うもので忍者研究家の方の指導を受けて練習してみる。手裏剣って横に投げるイメージだったが野球の投球に似ているようだ。
なんとか真っ直ぐに投げられるようになったところで本当の的に挑戦すると5回連続で真ん中の赤い部分に突き刺さった。
「お兄ちゃん。やったね!」
「大葉くん。すごい!」
『必中』というスキルが効果を現したようだ。
「あっ。景品は結構ですよ。タダで遊ばせて貰ったんだしね。」
望月さんが半ば自棄気味で忍者装束を渡そうとしてくるが断った。『甲賀忍者衆』に勧誘されても困るからな。後で静香さんに聞いた話だが、ここでの収益の一部は『甲賀忍者衆』の懐に入ってくるそうだ。




