第12話 静香さんに翻弄されました
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5分おきにスマートフォンでメールを確認しているところだが状況は芳しくない。
廃墟の周囲を調査した結果、全てコンクリートに覆われていて侵入可能な窓は全く無いらしい。屋上にある重い鋼鉄の扉と正面の扉以外は入口は無さそうということで、監禁場所は1階奥なので『甲賀忍者衆』は正面突破を検討しているところである。
俺は突入時刻を明け方過ぎで提案したのだが、闇夜に紛れて潜入するため、丑三つ時つまり午前2時に決定した。午前2時なんて夜の住人であるヤクザに取っては昼間同然と思うのだが最終決定権は向こうにあるのだから仕方がない。
「ほらメシだ。」
扉の覗き窓から菓子パンを投げ入れようとしてきたので、怪しまれないように一時的に『超結界』スキルを解除し、覗き窓を閉められた後、再び『超結界』スキルを発動する。
『超鑑定』スキルで投げ入れられた菓子パン2個を確認すると睡眠薬が仕込まれていたので、袋から取り出して『収納』スキルでしまい込む。『超鑑定』スキルが無くても菓子パン1個につき3錠もねじ込んであったら普通に気付くんじゃないかな。
「静香さん。これを食べて。」
俺は時間が停止しているはずの『収納』スキルの中からサンドイッチとスープを取り出すと静香さんが薄目を開けた。これは老舗ホテルの厨房で作って貰ったものだ。
「美味しい。」
お嬢様らしく上品な仕草でお手拭きで掌を拭うと、優雅にサンドイッチを掴みあげて口元に持っていく。手指も細長く手入れがされていて、そこだけは別世界のようだ。
「綺麗だ。」
視線で解ったのかコレっていうふうに指先を上げている。俺は素直に頷いた。
「うふ。嬉しい。食べさせてあげようか。」
俺の両腕は静香さんを抱きしめたままだ。
「お願いします。」
一口サイズのサンドイッチが口の中に押し込まれる。人差し指が第2関節まで口の中に入ってくる。
「いやぁね。私の指は食べ物じゃありませんわよ。」
ついつい離れていく指に吸い付いてしまった。
「失礼。後は全部どうぞ。」
お腹が減っていたのか。凄い勢いでサンドイッチが無くなっていく。それでいて決して下品にならないところは凄いとしか言いようがない。
「お裾分け。」
最後にサクランボを加えると顔を寄せてくる。唇を合わせてお互いにサクランボをやり取りしていると不意に舌を吸われてしまう。
「美味しかった。ご馳走さま。」
年季が違うのか翻弄されてしまった。
「お粗末さまでした。」
「優しそうなのに頼りがいがあって理想なんだけどなあ。何で年下なの。」
静香さんは年下は恋愛対象じゃないってタイプらしい。
「年下はダメですか?」
それなのにどうしてキスをするんだか。ビッチってタイプでも無いよな。
「ダメだと思っていたんだけど・・・でも年上は嫌でしょう?」
俺の顔を見ながら考え込んでいる。まあいいんだけどな。
「別に年齢なんて関係ないよ。俺は好きになった人が理想ってタイプだから。」
「私のこと好き?」
「好きだよ。好きじゃなければキスは拒絶するかな。」
前世では鍛えてなくて悔しい思いもしたけど、今世では肉体強化系スキルも持っているから力強く拒絶できるはずだ。
「私のこと愛してる?」
愛しているって言ってあげれば安心するのかもしれないが、会ったばかりの女性を直ぐに愛せるほど俺は器用じゃない。
「愛ってはぐぐむことだよね。俺にはこの状況で愛しているなんて言えないね。薄っぺらい愛で良かったらあげられるけど。」
「そんなのもう要らないわ。・・・そう薄っぺらい愛。ふふ、騙されやすいはずだわ。」
「騙されるんだ。幸せだね。」
「どうして?」
「幸せに酔えるでしょ・・・俺なんかは見なくていい裏まで見えてしまうから騙されないけど幸せに酔えないんだ。」
「そうなんだ。貴方も私のこと騙す?」
「騙すかもね。でも決して見破らせない。墓場まで持っていく。」
もう既に騙している。スキルのことなんて誰にも言えないよな。
「騙すんだ。ふーん。そんなこと言った人初めて。」
どういう風に受け取ったか解らないけど、正直に答えておいた。嘘を重ねれば重ねるほど辻褄が合わなくなってしまうのだ。
「もう直ぐ救助がやってくる。そのときになったら起こすから、寝ていればいい。」
「ん、そうするわ。」
既に眠そうな顔をしていたので、頭を撫でてあげると静香さんはゆっくりと目を閉じた。
そして『体内時計』スキルを午前2時にセットする。このスキルはセットした時間に、状態異常も含めHPやMPも万全な状態で目覚められる。
俺も目を閉じると『超感覚』スキルが扉の窓が開けられる音を拾い一瞬意識が戻ったが、『体内時計』スキルが再び入眠動作に入る。
異世界なら使えそうなこの2つのスキルも現代世界では相性が最悪かもしれないな。




