第10話 誘拐されに行きました
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連絡手段であるお婆さんのスマートフォンはロックを解除された状態で持たされ、それとは別のスマートフォンを自分の連絡手段として持たされた。こちらはZiphoneという携帯電話会社の衛星回線電話で、民家が無い場所では繋がりにくい普通のスマートフォンとは違い世界中どこからでも繋がるということだった。
取り敢えず誘拐犯に取り上げられないように『無限収納』スキルにしまい込む。個数制限のある固定スキルの『収納』スキルとは違い、『無限収納』スキルは無制限でモノがしまい込めるが内部では時間が進み、空間は僅かに次元がズレており、電波や空気が届く仕様になっている。
誘拐犯に同行できなくても自力で帰ってこれるように10枚以上の札や小銭が入った財布を持たされ、SPの一人が運転する渋沢家の乗用車の後部座席に座っている。3千万円の入ったアタッシュケースは『くの一』と共にトランクルームだ。
俺がトランクルームからアタッシュケースを取り出すときに俺と運転手の間に入り込み、外に出る手はずになっている。もちろんサービスエリアにも複数の人員が配置されている。準備は万端だ。
ジリジリジリ・ジン。ジリジリジリ・ジン。誘拐犯が持つ携帯電話の番号だ。
「はいもしもし。えっ。はい」
相手は要件を伝えると直ぐに切ってしまった。
「伴さん。すみません。次のパーキングエリアに入れと指示がありました。」
運転手のSPに行き先変更を告げる。誘拐犯はなかなかの知能犯のようだ。サービスエリアで待ち伏せしていることはお見通しだったらしい。
サービスエリアとの距離は20キロメートル以上あり、直ぐに再配置することは不可能だ。ある意味、『くの一』をトランクルームに配置したのは正解だったのだろう。
パーキングエリアの駐車場に停車する。ここは自動販売機とトイレしか無いらしく休憩中のドライバーさえ居ない寂しい場所だった。だからこそ相手にとっては都合が良い場所なのだろう。
打ち合わせ通りに車を降りて、トランクルームに向かうと運転手も降りてくる。『甲賀忍者衆』に連絡する時間も無い。トランクルームを開くと丁度『くの一』がスマートフォンで連絡を取っていた。機転が利いたらしい。これで少しは挽回可能だと良い。
でも話し掛けるわけにもいかずアイコンタクトするだけに留まった。態々運転手がアタッシュケースを取り出し、俺に渡す。車と俺たち2人の間の隙間に音も立てずに降り立つ。流石は『くの一』だ。
そして2人とも運転手側から歩いていくとその影を縫うように『くノ一』が移動して大きな木の影に隠れた。
「では大葉様。お気をつけください。」
「ありがとう。」
ジリジリジリ・ジン。ジリジリジリ・ジン。
車が発進するとまたしてもスマートフォンが鳴り響く。
「はい。解りました。自動販売機の裏手ですね。」
自動販売機の裏手に大きな木の扉がありそこから出られるらしい。俺は『くノ一』に聞こえるように移動する場所を言葉にする。出来ればまだ動いてくれるなよ。
俺は誘拐犯の言う通り移動するとパーキングエリアの外に出る。そこには1台の乗用車が止めてありナンバーには泥が塗り付けてあった。中々用意周到だ。だかそれくらいのことは想定済だ。俺は乗用車の外に居る1人の男に近付いていくと『超結界』スキルを発動させた。
「金を渡せ!」
男は目出し帽を被っており顔は解らなかったが『超鑑定』スキルで相手の名前から所属している団体や能力といった情報が目の前のウインドウが出てきた。
ヤクザだ。柔道の有段者であり、大学時代に国体で優勝も果たしているらしい。家族構成も出てくるが独身で90歳を超えた両親が健在だった。とりあえず捻り殺しても悲しむ人間は居なさそうでホッとする。
「先に静香の声を聞かせてくれ。」
「何を・・・殺されてぇか。・・・って痛ってぇ。この石頭が。」
目の前のヤクザが殴りかかってくるが無条件で殴らせる。『金剛力』スキルで硬くなっている肉体は鋼鉄のようなもので殴ったほうが痛いに決まっている。
「何をやっているんだオマエ。それが奴の手だ。時間稼ぎをするつもりなんだろ。・・・っ・・嘘だろ、そんなナリで格闘技でもやっているのかよ。痛ってぇ!」
運転席の男が降りてきて蹴りつけてくるが蹴られるままにする。こちらももちろん相手が痛いに決まっている。
「だから静香の声を聞かせろ。それが金を渡す条件だ。」
俺が殴られ蹴られる姿を見て、血気盛んな『くノ一』が我慢できるかが勝負の分れ目だ。やっぱり、足手まといだよ奴は。俺の追跡はスマートフォンのGPSで十分だって思ったんだ。
「いいのかよ。痛ってぇな。俺たちが連絡すれば直ぐ殺すことも可能なんだぞ。」
「そんな脅しには乗らない。明後日までそれが出来ないことは解っているんだ。」
一見、唯一こちらが切れるカードがこれだ。奴らの本当の目的が株主総会ならば、株主総会が終わるまでは渋沢静香さんを殺せないのだ。
「ちっ。これだからインテリは困る。それならば、これでどうだ!」
運転手の男はナイフを出してきた。
「俺はこっちにしておくよ。」
もう一人の男は拳銃を出してきた。これで2人を捻り潰しても正当防衛が成立する。まあ警察に捕まる気は無いが。
「解った素直に渡す。」
ナイフで刺されても拳銃で打たれても平気な俺はどういった展開にするか少し悩んだが、寄り時間が稼げる方法に切り替えた。それに本当に連絡しようにも結界内だ電波も届いていないはずだ。
「初めから素直に渡しておけば怪我なんぞ・・・。」
キメの捨て台詞を吐く男たちも途中で意味が無いことに気付いたらしい。悔しそうな顔をしてアタッシュケースを奪い取っていく。
運転手の男が運転席に戻り、もう一人の男がアタッシュケースを持ち、センターライン側に向かったので、道の端に避ける。
そのまま、1分経っても2分経っても車は発車しない。それはそうである。車は『超結界』スキルの範囲内なのだ動くはずは無い。
「クソっ。どうなってやがるんだ。こんなときに故障か。」
運転手の男が悪態を吐くところに合わせて、道側から後部座席に乗り込むと不意に車が動き出した。
「何で乗って来やがる。」
もちろん『超結界』スキルを車が動く高さまで移動したのだ。
「えっ。静香に会わせてくれる気になったんだろ。ほらスマートフォンも渡してやる。」
俺はシラっと告げると後部座席にあったアタッシュケースを再び掴む。こいつら本当に頭が足らない奴らだ。まだアタッシュケースの中身も確認して無いし、お婆さんのスマートフォンを取り上げる気配も無かったのだ。心に余裕が無いんだな。
静香さんの監禁場所を移動されても問題なので、こちらからスマートフォンを渡すと電源を切り、窓から放り捨てた。妙なところで知恵が回る奴らだ。電源が入っていてもGPSが動作する場合があると聞かされているようだ。
このまま進めば楽なんだが、チラっとサイドミラーを確認するとタタッ、タタッと黒い影が揺れている。『くノ一』も追ってきているようだ。
「ちっ、仕方が無えな。全く怖いもの知らずな野郎だ。」




