おわり
今日もまた、なずなの病室を訪れた。今回はゆりも一緒だ。最近ゆりはやることがあるとか言ってきてなかったからな。久しぶりだ。もちろん俺は学校で毎日会っているわけだが。
「久しぶり!」
元気良くゆりが挨拶をする。
「久しぶり。元気にしてた?」
「うん。元気だよ!」
そう返すと、ゆりは徐に手に持っていたエコバッグの中を探った。
「これ、なずなに!」
はい、と手渡したのはおおきなうさぎの編みぐるみだ。
「もしかして、手作り?」
「うん。そうだよ。どうかなぁ。」
そうか、だから最近ゆりは来てなかったのか。やることってこれだったんだな。
「可愛い!ありがとう!」
なずなはそう言うと、うさぎをぎゅっと抱きしめた。暫く彼女はそうしていたが、突然堰を切ったように涙をこぼし始めた。
「なずな?」
ゆりが問いかける。
「嬉しいの…。私、病室でひとりぼっちの時、本当に不安で。この子がいれば頑張れる気がする…。大切にするね。」
なずなは涙を拭って無理矢理に微笑んだ。
「なずな…。」
ゆりはそっと、なずなを抱きしめた。
「我慢しなくてもいいから。泣いていいから。だからもう、溜め込んじゃダメだよ?」
「うん…。」
きっとゆりは知っていた。なずなが1人で苦しんでいたことを。だからこその、うさぎだ。会いにいくことだけがなずなを満たすことじゃない。会いにいくのはとりあえず俺に任せて、どうにかなずなを一人ぼっちにさせないようにしたんだろう。
「ねぇ、ゆり。私、あなたが友達で本当に良かった。」
「私もだよ。なずな。」
俺はただそっと、泣きながらも微笑み合う2人の姿を写真に収めた。
ーずっと。ずっと続くと思っていた。なずなが入院してからも、なんとなく助かるんじゃないかと、そんな希望を抱いていた。毎日毎日なずなと会って。話して。写真を撮って。思い出づくりを続けていた。幸せだった。でも、幸せな時間こそあっという間に過ぎ去ってしまうのだ。
季節はあっという間に巡った。
「なんかもう…ダメみたい…。」
あのうさぎを抱きしめて、なずなは言った。
「諦めるな…!」
「自分のことは自分が1番わかってるよ。」
「……っ」
言いたいことは山ほどあるのに、言葉が詰まって出てこない。
「今までありがとうね。」
あまりにも急すぎる。なずなはずっと平気そうに振る舞っていた。でも、病の進行が止まっていたわけじゃない。
「もう、帰って。お願い…。」
「でも……っ。」
「お願いだから。」
懇願される。なずなの視線が真っ直ぐにこちらを捉えている。
「わかったよ…。」
そっと背を向ける。その刹那。
「だいすきだよ。」
彼女が背中に投げかけた言葉はあまりにも切なくて。
「俺もなずなを…愛してるよ。」
涙に濡れた顔を見せたくなくて、振り返らずにそう返した。
「ああもう、どうしてなずななんだよ。」
彼女と別れ、帰宅した俺は、ベッドに倒れ込んだ。
「どうして……。」
彼女は善人だ。素直で真っ直ぐで、優しい人だ。この世にはきっと、極悪人だっている。どうしてそんな奴らがのうのうと生きていて、なずなが死ななきゃいけないんだ。八つ当たりだとはわかっていた。でも、止められなかった。
「くそ……っ。」
もし…。もし俺に力があったら。なずなを救えるくらいの力があったら。もしもなんて考えても仕方がないが、この状況を俺は受け入れることができなかった。なずなが死んでしまったら、俺はどうなるんだろうな。少し想像してみる。今まで通りに生きるのか。それとも希望を失ってしまうのか。おそらく後者だろうな。なずながいない世界なんて考えられない。依存は良くないことだとはわかっている。なずながそんなことを望んでいないことも。
その夜はなかなか眠れなかった。でも人間とは不思議なもので、大事な人が危ないと言うのに、眠気というのは襲ってくるもので、いつのまにか寝付いていた。次の日にはーー彼女の面会が謝絶された。
会えない時間が続いて、数日後。
「……。」
母親が泣き腫らした目をしてこちらを見つめた。その瞬間、わかってしまった。
「なずなちゃんが……。」
母がそう言い出すと同時に、俺は駆け出した。
「なずな……!」
叫ぶ。涙が止まらない。いかなくては。今すぐに。