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あなたの守りかた  作者: 葉月さん
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なずなの余命宣告から1ヶ月、桜が咲いた。そして、なずなが急に海へ行きたいと言い出した。


「思い出づくりって言うのかな、君とゆりと遊びに行きたいの。」

なずなの頼みなら断る理由はなかった。すぐにゆりを誘い、医者に相談すると、案外簡単に許可が取れた。それほど生存率が低いのかと考えると残酷だがなずなの願いが叶えられて良かった。そうして今日を迎える。


「わぁ~綺麗だね。」

近場に海があって助かった。遠出は流石にできないだろう。なずなの体は着々と病に蝕まれている。


「何で海にきたかったの?」

「んー。内緒ー。」

えへへ、と笑う彼女。少し影を含んだ笑みに不安を覚える。でも追求すべきところでもないだろう。


「泳げなくてごめんね。」

「いいから無理すんなよ。」

“崖のようになっているところ”に座り込んで3人で海を眺める。薬で症状は緩和されているらしいが、本当に連れ出して大丈夫だったのだろうか。そっとなずなの横顔を盗み見る。幸せそうな顔に少し安心しながらも、医者の言葉を反芻させる。

『絶対に目を離さずよく様子を見ていてください。』

こうやって海に来られていても、なずなが重い病気にかかっていることを忘れてはならない。深呼吸する。


「2人とも、泳いで来なよ。」

なずなが言った。ゆりが困ったように笑う。

「なずなを置いてけないから。」

「そもそも水着もって来てねぇよ。」

「そもそも海開きまだでしょ。寒すぎて風邪ひいちゃうよ。」

ゆりが苦笑する。

「そっかぁ。」

しばらくの沈黙。少ししてなずなが沈黙を破った。


「ありがとね。」

感謝の言葉。こっちが言いたいくらいなのに。ゆりも複雑そうな顔をしていた。

しばらくそうして海をみていた。なずなを歩かせるわけにはいかないので移動もせず、ただ海を眺めていた。刻々と過ぎる時間に対して、ずいぶん呑気なものだなと思うが、その時間が幸せだった。去年の夏、3人で海にきたことを思い出す。運動のできないなずなだが、水泳だけは得意で、同じく得意なゆりと競争してたな。海の家のかき氷は絶品だった。店の前で売るおじさんは優しい人だった。記憶の破片を集め、繋ぎ合わせていく。なずなは夏を迎えられるのだろうか。今年の夏を。ずっと続くと思っていた。幸せな時間こそ儚いものだと知りながら、目を背け続けてきた結果だ。ため息をつく。楽しいことを考えていたかったけど無理なようだ。


「大丈夫?」

そっとなずなに問いかけられる。


「ああ…。大丈夫だ。」

笑ってみせる。なずなの前で辛気臭い顔を見せるわけにはいかない。思い出を作りにきたのだから。

「そろそろ帰るか?」

「……。」

なずなが一瞬黙った。そして。


「ごめんね。」

その謝罪の意味が、理解できなかった。でも、次の瞬間。

「あっ……!」

ゆりが叫んだ。

「……!」

なずなが立ち上がって歩き始めた。


「おま…無理すんなって…」

近寄ろうとする。だけど。

「来ないでよ。」

ストレートなその良い様に怯む。なずなが崖のぎりぎりのところに。そうか。恐ろしい考えが頭によぎった。


ーー彼女は、身投げするつもりだーーー




「なずな…!」

取り繕った笑顔で呼びかける。いつになく無表情な彼女に。温厚で、いつも優しかった彼女の姿が霞んで見えた。


「そんな馬鹿な事やめろよ…!」

「そ…そうだよ!!行かないで。なずな…。」

なずなは何も答えなかった。


「……。」

「……。」

沈黙。すると突然、なずながふっと微笑んだ。少し淀んだ、諦め切った笑み。ぎゅっと、胸が締め付けられる。


「ねぇ。」

なずなが声をかけてきた。

「なんでそんなにとめるの?」

「そりゃ…!!」

次に続く言葉はなずなに遮られた。


「だって…もう、どっちにしても死んじゃうんだよ?今ここで死ななかったとして、どうせ私が消える運命は変わらない。なのに…どうして…。」

涙ぐんでいる彼女を、今すぐにでも抱きしめてやりたかった。俺がなんとかするって、言ってやりたかった。でも、それはできない。彼女を延命させることは、俺には不可能だ。だから、だから、俺から出た言葉は頼り甲斐なんて微塵もない、弱い言葉だけだった。


「死んでほしくないんだ!1秒でも長く、そばにいたい。未来がなくても、今この一瞬を幸せに過ごして欲しいんだよ。頼む。行かないでくれ…」

「……だめだよ。私がいなくても生きていかなきゃぁ。」

軽口を叩く彼女の姿は以前とは打って変わっていた。痛々しい。

だめだ、こんなんじゃ。一番苦しいのはなずななのに。俺は彼女のことなんて1つもわかってなんかいない。彼女の気持ちをわかってやることはできない。だから。言わなきゃ。


「俺は……」

一度、言葉を切る。もしかしたら、彼女を傷つける言葉になってしまうかもしれない。でも、きっと必要な言葉なんだ。


「死んでもいいよ。」

「……!?」

ゆりの視線を痛いほどに感じる。


「なずな、俺はお前の気持ちをわかってやれない。それなのに止めるのは自分勝手だったよな。病気と戦えなんて、残酷だよな。お前が死にたいなら、誰にも止める資格はないんだ。でも……でもな、悲しむ人がいるのは忘れないで欲しい。みんな、お前の幸せを願ってるんだ。今のお前は幸せそうには見えない。幸せになってから病気で眠るのと自殺するのは違う。なぁ、どうしたい?やっぱり、死にたいのか?」


「私は……。」

ゆっくりと。なずなが口を開いた。


「やだ…ほんとはね、死にたくなんてないよ…。でも、私は病気と戦う自信がない。ねぇ、私が幸せに見えないならさ、助けてよ。あなたが、幸せにして。1人じゃ戦えない。助けてーー。」

縋るように見つめられる。

「ああ、もちろんだ。俺がお前を救ってやる。だから、全部吐き出せよ。1人で溜め込むな。俺が一緒に戦ってやるーー」

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