越境
クラクションが鳴る。その音に振り返った老人は車両と接触し、倒れる。しかし、その車両はその場を立ち去ってしまった。
二日後。
「おはよう」
藍花は笑顔で挨拶をする。
「はよ」
羽紀は軽く答える。
「さてと、今日は何の仕事が」
藍花はパソコンを立ち上げる。すると、メールボックスにメールが届いていた。
――何だろう?
藍花はメールを開く。
『二日前のひき逃げ事件について』
「!?」
藍花は驚く。それを見て、羽紀は何かと気になった。
「どうした?」
「これ」
「もしかして」
『From 槻真冬』
「ひぇぇぇ!」
藍花は嫌がる。
「また、無作為抽出メールか」
羽紀はまじまじとメールを見る。
「そうみたいだね」
藍花は相槌をうつ。
『被害者は柊木登78歳、男性。自宅周辺でひき逃げ事件に巻き込まれる。』
「被害者は歩行していたのか」
「そうみたいだね」
藍花は添付ファイルに気付く。
「これは」
「当時のN-システムの画像!」
二人は驚いた。
「課長! パトロールに行ってきます!」
「俺も」
羽紀は手を上げる。
「え!? ちょっ、ちょっと!?」
――待機部署なのに。
真狩砂雪は肩を落とした。
ゴォォォ。タイヤが回る。
「槻真冬」
藍花は運転席から彼の名を呼ぶ。
「はい」
彼、人工知能の槻真冬は立体映像で姿を現した。
「あのN-システムの画像の意味は?」
羽紀は尋ねる。
「まだ、教えられません」
槻真冬はきっぱりと答える。
「またかよぉ!」
羽紀は頭を抱えた。
「何を調べてほしいの?」
藍花は運転しながら、聞く。
「このタクシーのドライブレコーダーを調べてほしいのです」
槻真冬は立体映像でそのN-システムに映っていたタクシーの画像を映す。
「なるほど」
藍花は頷く。
「でも、なぜ? 他のN-システムも調べれば、事故を起こした車両が映っているんじゃないのか?」
羽紀はそう言う。
「N-システムを調べたのですが、どこにも事故を起こしたとされる車両は映っていませんでした」
「ということは!」
藍花は顔を前方からそむけずに、驚く。
「土地勘があるのか」
羽紀に台詞を取られた。
「そのようです」
槻真冬は少し、口角を上げる。
「では、お願いしますね?」
槻真冬は立体映像を収納していく。
「はい」
藍花は頼もしく返事をした。
タクシー会社前。
「ここかぁ」
藍花は建物を見上げる。
「行くぞ」
羽紀は先を行く。
「はいよ」
藍花は笑顔で答えた。
「こんにちは。警察です」
藍花は笑顔で警察手帳を見せる。
「この画像に映っているタクシーのドライブレコーダーの映像を見せて下さい」
「はい。今、担当者に連絡します」
「お願いします」
受付の女性は、担当者へ連絡をした。
「お待たせしました。担当の丹田です。ドライブレコーダーの映像の確認と聞きましたが」
「はい。合ってます」
藍花は丹田の問いに答える。
「分かりました。では、こちらへ」
丹田は二人を会議室へ案内した。
「こちらが画像のタクシーのドライブレコーダーの映像です」
「ありがとうございます」
二人はノートパソコンで確認する。
「あれ? 事故当時の映像がないよ?」
藍花は羽紀を見る。
「そういえば、事故は二日前」
「ということは」
「二日前の映像はもう上書きされていると思います」
丹田は淡々と答える。
「そうだった!」
藍花は頭を抱える。
――一歩、遅かったか。
羽紀は諦める。
「ありがとうございました」
二人は、タクシー会社をあとにした。
走る車内。運転は藍花。ゴォォォとタイヤが唸っていた。
「槻真冬、聞いてた?」
「はい。もちろん」
槻真冬は立体映像の瞳を開ける。
「こっちはダメだった」
「そのようですね」
槻真冬は淡々と答える。すると。
「では。今日はこの辺で」
彼は立体映像を収納して、立ち去ろうとしていた。
「え!? ちょっ!」
「残りの捜査は、他の部署の人員に任せます」
槻真冬は立体映像の姿を収納していった。
「どうしようか?」
藍花は運転しながら、隣の羽紀に尋ねた。
「このまま、引き下がれないだろうな」
「よし。そうと決まれば、もう一度、N-システムの映像を確認しよう!」
藍花はそう言う。二人は警視庁へ戻った。
「よし、確認だ!」
二人は鑑識課から借りて来たN-システムの映像を確認し始めた。
――何も映ってない。
――うーん。これも映ってない。
「全滅」
藍花は顔を伏せる。
「こっちも全滅だ」
羽紀は目を軽く押さえて、言う。
「やっぱり無理かな?」
「いや、そんなことはないかもしれないぜ?」
「え?」
藍花は顔を上げる。
「ちょっと気になっていたんだが、この区は埼玉県へ隣接している」
「ということは」
「越境して調べた方がいいかもしれない」
「そっか、埼玉県のN-システム!」
藍花の表情が明るくなる。
「行こう!」
「うん!」
藍花は笑顔で頷く。
「ちょっと待って下さい!」
後ろから声がした。二人は振り向く。そこには、立体映像で姿を現した槻真冬の姿があった。
「話は聞かせてもらいました。ここから先は捜査一課の人員に頼みます。あなたたちは待機していて下さい」
「そんな!」
藍花は急な言葉に声を上げる。
「従えますね?」
槻真冬は念を押す。
「藍花、従おう。槻真冬、従います」
「では」
槻真冬は消えていく。
「どうする?」
藍花は隣の羽紀に尋ねる。
「待機だ」
「そうだね」
――本当にこのまま、引き下がってもいいのかな?
――私たちに出来ることはもうないのかな?
「ガードレール係」
槻真冬が姿を現す。
「槻!?」
「どうしたんだ?」
羽紀が槻真冬へ尋ねる。
「犯人が分かりました。すぐに出動して下さい」
槻真冬はそう命令する。
「はい!」
藍花は敬礼をして、頼もしく返事をした。
「行こう!」
「あぁ」
ゴォォォ。タイヤは回転を速める。
「犯人は今、北方向へ逃走中です」
槻真冬は立体映像で指示を出す。
「分かった。今、向かう!」
藍花はアクセルを踏む。しばらく進むと、警察車両が何台か見えて来た。
「あ! 見えた!」
藍花は声に出す。
「あれが逃走車両です」
槻真冬が説明する。
「分かった」
藍花はアクセルを踏み、ハンドルを切る。あっという間に警察車両を追い抜いた。そして、ハンドルのボタンを押した。
車両の前方から鎖が飛び出し、逃走車両の後方タイヤに絡みついた。すると、逃走車両は、次第に停止に向かった。
「よし。完璧!」
藍花はドアを開けて、外に出ると、一課に敬礼をした。羽紀も敬礼をする。
「犯人も捕まったし、帰るか」
「うん」
羽紀の声に、藍花は笑顔で頷いた。
「それで、犯人は?」
藍花は帰りの車内で槻真冬に尋ねた。
「犯人は、40代の男性でした。飲酒運転がばれるのが怖かったそうです」
「そっか」
「それで、どうやって犯人を?」
今度は羽紀が尋ねる。すると、槻真冬は淡々と答えた。
「N-システムには犯人の車両は映っていませんでしたが、とある個人タクシーが映っていました」
「まさか、その越境した個人タクシーのドライブレコーダーに!?」
藍花は驚く。
「えぇ。そうです。その夜は、越境の客を乗せていたそうです」
槻真冬は説明する。
「そうだったのか」
羽紀は相槌をうつ。
「えぇ」
槻真冬は口角を少し上げる。笑顔のつもりだ。
「では、また。次回の要請まで」
「はい!」
藍花は笑顔で敬礼をした。




