多重事故
《警視庁から各局。多重事故発生》
スピーカーからアナウンスが聞こえて来た。
「あ」
「多重事故」
藍花はスピーカーを見上げる。
「今回は、行かなくてもいいんじゃないかな」
課長の真狩砂雪が呟くが。
「よし。行こう!」
藍花は目を輝かせて、席を立つ。
「何でぇ!」
課長は頭を抱える。
「お待ち下さい」
声が聞こえた。
「ん?」
「あ」
藍花は指を指す。
「槻?」
「どうされたのですか?」
真狩砂雪は丁寧に尋ねる。
「メールです」
槻真冬は一言、そう言う。
「へ?」
藍花はきょとんとする。
「では」
槻真冬は立体映像を収納して、消えていった。
――何だろう。
藍花はメールを開く。
「あ! もしかして、これ?」
羽紀は藍花の見ている画面を覗き込む。
「さっきの多重事故の件か」
「そうみたいだね」
「まさか、捜査に!?」
「よく見ろ。交通整理って書いてあるぞ」
「あ」
藍花は肩を落とした。
現場。
「交通整理かぁ」
藍花が呟く。
「仕方ないだろう」
羽紀がなだめる。
「まさか、事故の原因がトラックの横転だなんて」
「うんうん」
「しかも、液体窒素が漏れ出すだなんて」
「うんうん」
羽紀は大きく頷いてみせる。彼女に納得感を出してもらう為だ。
「これが終わったら、ラーメンでも食べに行こう」
羽紀は元気づける。
「うん!」
その効果が出たのか、藍花は笑顔で頷いた。
――ころころ変わるなぁ。
羽紀は苦笑していた。
「失礼」
槻真冬が姿を現す。
「な、何!?」
藍花は、突然、立体映像で姿を現した彼に驚く。
「槻真冬です」
「どうしたの?」
藍花は尋ねる。
「トラックの運転手がまだ、見つかっていません」
「え!? 何で!?」
藍花はその答えに驚く。
「徒歩で逃走したようです。それで、近くの防犯カメラの映像を集めて来てほしいのです」
槻真冬はそう頼む。
「交通整理は?」
藍花は純粋に聞く。
「もすうぐ、交代の時間でしょう?」
槻真冬は淡々と答える。
「あ、ラーメン……」
藍花は今の楽しみを奪われていたことに気付いた。
「じゃ、行くか? 映像集め」
「うん」
羽紀の言葉に、藍花は微妙な面持ちで頷いた。
「あ! ここの防犯カメラ、こっち向いてる!」
藍花は指を指して、言う。
「そうみたいだな。入ろう」
「うん」
藍花は頷く。
「すみません。警察の者です。ここの防犯カメラの映像を提供してもらえませんか?」
羽紀は警察手帳を見せて、店員の男性に尋ねた。
「はい。いいですよ」
店員は気さくに言った。
「ありがとうございます」
藍花はDVDを受け取った。
「次行こう」
「うん」
「ここはどうかな? こっち向いてる?」
藍花は背伸びをする。
「道路の方向いているな。ここも貰おう」
「うん」
「こんにちは。私たちは警察の者なのですが、店先の防犯カメラの映像をいただけませんか?」
藍花は警察手帳を提示する。すると、店員は一瞬、戸惑っていたが、すぐに笑顔で協力してくれた。
「はい。どうぞ」
藍花たちはDVDを受け取った。
「随分、集まったね?」
「そうだな。一旦、警視庁へ戻ろう」
「うん」
警視庁交通課。
「ただいま、戻りました」
藍花と羽紀は紙袋に大量に詰まったDVDを机に置いた。
「ありがとうございました」
槻真冬が姿を現した。
「ここから先は捜査一課で行います。では、失礼」
槻真冬はそう言うと、姿を消して行った。
「行っちゃったね」
藍花は呟くように、話す。
「あぁ。待機するか」
「そうだね」
藍花は席に着いた。
一時間後。
「失礼します」
槻真冬が姿を現した。
「あ。見つかった?」
藍花は明るく尋ねる。
「はい。今、総合病院の建物内へ入っていったことが分かりました」槻真冬は淡々と伝える。
「ということは!」
藍花の表情が明るくなる。
「犯人は今、総合病院で怪我の手当てを受けている?」
羽紀は疑問形で話す。
「はい。その通りだと思います」
槻真冬は立体映像の瞳を開ける。
「それじゃ」
「今から、捜査一課の刑事たちと向かいます。しかし、万が一のためにガードレール係も出動して下さい」
槻真冬はガードレール係に出動命令を出した。
「はい!」
藍花は笑顔で敬礼をした。
総合病院。
「警視庁の者です」
園馬進は受付に警察手帳を見せる。
「はい」
「今、怪我の手当てを受けているはずの斑田一也さんは、どこにいらっしゃいますか?」
「はい。少々お待ち下さい」
藍花と羽紀の二人は、後ろからその様子を見ていた。
「本当にいるのかな?」
「さぁな」
藍花は捜査一課から渡された、写真を見る。
「犯人はこの人だろう?」
「あぁ」
羽紀は藍花の持つ写真の人物を見る。
「ん?」
「どうした?」
羽紀は視線を写真から藍花へ移す。
「あの人、そっくり」
藍花は指を指す。
「え!?」
羽紀はそちらを見る。
「あ」
羽紀も驚いた。
「あの! 園馬さん! 手石さん!」
藍花は叫ぶ。
「あ?」
園馬進と手石市治は振り返る。
「あの人!」
二人は藍花の指す方へ視線を移す。すると。
「あ!」
そこには、犯人の斑田一也の姿があった。
「本人のようですね」
槻真冬の声がした。彼は立体映像で姿を現していた。
「いつの間に!?」
藍花は驚き、振り返った。
すると、犯人の斑田一也は腕を押さえながら、走り出す。
「待て!」
園馬進と手石市治も走り出す。すると、斑田一也はすぐ近くに停まっていたタクシーを奪い逃走し始めた。
「大変!」
藍花と羽紀の二人は、その様子を見ていた。
「こっちも警察車両で追いかけるぞ!」
「はい!」
ゴォォォ。タイヤが回る。前方には捜査一課の警察車両。藍花はそれを追い抜いて行く。そして、逃走車両の真後ろへつく。
――よし!
藍花はハンドルのボタンを押した。すると、車両の前方から鎖が飛び出て、逃走車両の後方タイヤに絡みついた。
――完璧!
逃走車両は、急停止した。
バタンッ、バタンッ。二人は警察車両から降りて、捜査一課の逮捕の様子を見ていた。
「ご苦労様です!」
藍花は元気よく、敬礼をする。
「あぁ。そっちもな」
園馬進と手石市治も敬礼をして返す。
「ご苦労様でした」
槻真冬は立体映像で姿を現した。
「あ、槻」
「……」
羽紀は腕組みをする。
「今回もありがとうございました。おかげで捜査がはかどりました」
槻真冬は少し口角を上げる。
「こちらこそ。ちなみになんだけど」
藍花は言いかける。
「何でしょう」
槻真冬は再度、口角を少々上げる。
「どうして、犯人は逃走したの?」
藍花は首を傾げて言う。
「実は、今回の事故で一人亡くなっている方がいるのです」
「なるほど」
「だからか」
二人は納得した。