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身分を隠してお忍びライフ

これは地球ではなく遠い星でのお話。人類が滅びかねないような大戦から2度も世界を救ったお姫様のエピローグ。


大英雄エマリル・イース・ヴァリアルロウ・マテリアル


この星で知らぬものなどいない一番の有名人。これはそんな彼女の暇つぶしの物語である。



「ふう、今日も結構な暑さね。・・・ドラゴンがため息でもついているのかしら?」

全身をローブで覆ったエマリルは額に流れる汗を拭った。

王都マテリアルは今日も平和だ。

世界を襲った未曽有の大戦争も過ぎてしまえば過去の話。

ドラゴンブレスが冗談で済む威力でないことを知っていながらも軽口が叩けるくらいには平和に慣れてきていた。

「おじさん、そこのアイスフルーツをバスケットごとちょうだい。」

「あいよ。フリーズ具合はどうするかね?」

「一つはすぐ食べるので、エダムの実以外は強めにかけて。はい、これお代。」

「毎度!魔法掛け直すからちょっとまってな。」

威勢のいい店主から冷気の立つバスケットを受け取ると、エダムの実を口にしながら近くにある噴水の淵に腰掛けた。

世界が平和になってから半年、最初の勢いこそないものの未だ街はお祭りムードであった。

マテリアル随一の商店街は、人間、エルフ、ドワーフ、オーク、キャット、リザード、ハーピーと様々な種族が入り乱れている。

かつては種族同士いがみ合う時代もあったが、魔族との戦いを通じて争うことの無意味さを学び互いに手を取り合うよう約定を交わした。おかげで特定の種族に対する入国制限が撤廃され、今では誰もがこの街に出入りすることが可能となっていた。

(悲しいけど魔族がいなければこんなに仲良くはなれなかったんだろうなぁ…)

旅の途中で色んな人と出会い別れ、時には争いに巻き込まれたり仲直りのために仲介をしたりと波乱万丈の毎日だったが、この光景のためだったと思えば苦労も報われる思いがした。

「みんな元気かな・・・」

エダムの実をかじりながら空を見上げた。

あまりにも忙しい毎日だったから、ここ数ヵ月はすっかり気が抜けてしまっている。

自分の役目も生まれた意味もあのとき終わっていて、あとはただ死ぬだけのような気すらしていた。

こうやってローブで身を隠していると、この身が群衆に溶け込み消えていく感覚を覚える。

たぶん、今私がいなくなってもみんな大丈夫だろう。

泣いてくれる人もいるだろうし大きなお墓くらいは立つだろうけど、多分それだけ。

目を閉じ気配を消し周りの声に耳を澄ませる。

活気に満ち溢れた街の声はまるで虹を映し出すシャボン玉のようだった。

きっとこの平和も永遠には続かない。魔族という共通の敵がいなくなった以上、争いが金や領土や権力の奪い合いに移り変わることは容易に予測できた。

今は綺麗なシャボン玉もいずれ必ず割れてしまうだろう。

でもいいのだ。

みんなこれが見たかったはずだから。

死んでいった者たちもこれをずっと待ち望んでいたはずだから。

私もこのシャボン玉と一緒に、きっと、いつかは。

「おお、姫様よ!」

ビクッ!

隣から聞こえた声に思わず体が反応してしまう。

正体がバレたのかと恐る恐る声の主を見ると、初老の男が何やら見たことのある少女の像を取り出しお祈りを始めていた。

「神より遣わされしわれらの姫よ。願わくばその御心のままにわれらを導き救いたまえ。クロエス・ウルド・エマリール。」

像の手から何かを受け取るしぐさをすると、それを鼻の上で塩でも塗すように指でこする。

そして手を合わせ像を拝むと、像から謎の光が発せられ初老の剥き出しの頭皮を照らした。


・・・


「なんじゃそりゃ!」

エマリルは思わず右手で突っ込んでしまった。

いや知っていた、知っていたけれども!

最近巷でエマリル教というのが謎の宗教が流行っていて、それがわりと馬鹿にならないペースで広まっていることは。

まさか隣で、あんな意味もない祈りを自分に捧げられるとは思わず、さすがに突っ込まざるを得なかった。

気がつけば抱えていたフルーツバスケットの中身は転げ落ち、大衆の目は何だ何だと彼女に向けられていた。

突っ込んだ手を払いもせずゆっくりと彼女の方を向く初老の表情は慈愛に満ち溢れていた。

「お嬢ちゃん、フルーツを落としましたよ。」

「あの…今のなんですか?」

「今の、と申されますと?」

「なんというか、お祈りであってるのかな?その像に向かってやっていたことです。」

それを聞くや初老の男は目を輝かせ、急に立ち上がり両手を広げ声を上げた。

「よくぞ聞いてくださいました!世界を救いたもう我らが大英雄エマリル様にお祈りを捧げていたのです。ああ、この感動を世界中のみんなと分かち合いたい!おーい、諸君!この世界を、すべての人々を守ってくださった姫様に感謝の祈りを捧げようではないか!我らが姫はいつも我らを見守っておられるぞ!」

「おおおおおおおおおおおお!!」

男の叫びによって周りの人々にも火が灯る。

そしてそれはここ数ヵ月度々起こっている乾杯の音頭であり、宴の始まりであった。

人々はいつの間にか用意された酒樽から酒を酌み高らかと声を上げる。

「われらが姫のために!」

「大英雄エマリル万歳!」

「女神エマリルの加護があらんことを!」

「クロエス・ウルド・エマリール!」


「いい加減にしなさーーーーーーい!」


魔法によって直接脳内に叩き込まれたエマリルの声は、歓喜に溺れた人々を黙らせるに十分な音量であった。

中にはショックでその場に倒れこむ人もいた。

「ごごご、ごめんなさい。ちょっと強かったですか?」

自分でやったことながら素の優しさから倒れた人のもとへ向かうエマリルであったが、その頭にはフードがかかっていないことに気づいていなかった。

「大丈夫ですか?今治癒の魔法をかけますから。」

「…エマリル…様だ」

「え?」

治癒の魔法をかけつつ声のほうを振り向くと、ぶるぶると震える手で自分を指さす姿が見えた。

はっと気づき視線を肩に向けると、頭を覆っているはずのフードが折れ曲がっていた。

「…姫様が…姫様が、降臨なされたぞ!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

途端に囲んでいる人の輪が縮まりエマリルに迫り寄ってくる。

「ちょちょちょっとちょっと、待って待って!」

「エマリルさまーーーーー!」

「握手してくださいー!」

「われらに祝福を!」

「この子にどうか名前を!」

「忠誠を誓わせてください!」

「髪の毛1本でもいいのでください!」

我先にと押し込む力は人数が増えるごとにコントロール不能な津波のようにエマリルに押し寄せてきた。

エマリルは自分の認識の甘さを痛感した。確かに2度あった大戦では結果的に大きな成果をあげてしまった。だがそれは自分が率先して動いた方が犠牲が減るような場面が多かったからだ。持ちうる全ての知識と魔法を駆使し犠牲が出ないよう行動をしていたら、いつのまにか自分の功績ばかりが目立ってしまい英雄と呼ばれるまでになっていたのだ。自分としては功績を独り占めした出しゃばりと思われているのではないかと心配していたが、実際はこの有様である。

「姫様、何とぞ!この子に名前を!」

ちらっと見える子連れの母親は押し潰されながらも必死に彼女に向かって手を伸ばしている。その表情はまるで神に慈悲を乞う敬虔な信徒のようだ。なんでその矛先が私なのかなと思いつつも、このままでは母子共に押し潰されそうなので少々強引にこの場合を抜け出すことにした。

風の魔法を使い取り囲んでいた人の隙間に風を通し、その風をクッションのように膨らませて人と人がぶつからないよう互いの距離を取らせた。攻撃魔法と違い加減された風は柔らかく人々を包み込みつつ行動を制限する。

そうしてできた隙間をエマリルはスイスイと抜けて行き、子連れの母親の元へと向かった。

「大丈夫ですか?」

「は、はい。」

「確かこの子のお名前でしたよね?どうしましょうか・・・あれ?この子もしかして声が出ないのですか?」

エマリルが手をかざすと赤子の喉元が赤く光った。

「やっぱり、喉に異常があるのですね。この状況で静か過ぎると思いました。」

「ええ、生まれた時産声すらあげませんでした。」

そう言った母親の表情はとても悲しそうだった。

「分かりました。少し強引な手ですが声帯をお母さんの物に似せて作り替えますが、よろしいですか?」

母親は風の拘束で自由が効かなかったが、エマリルの突然の申し出に対し必死に頷く。先ほどの懇願はこういった事情もあったからかもしれない。

「分かりました。すみませんが少しの間お子さんをお借りします。」

声もなく息だけで泣いている赤ん坊を抱えると跳躍して噴水のてっぺんに飛び乗った。

「いい子だから少しだけ我慢してね。」

干渉阻止や滅菌、精霊制御など複数の魔法で膜を張りると、無数の魔法陣が赤ん坊の周りを取り囲み眩い光を次々と放つ。

「・・・おお、何という魔力。何という神々しさ。これぞ人を超えし神の御技じゃ!」

「ああエマリル様、我らに神の祝福を!」

エマリルの繰りなす治癒魔法を目にした人々は感嘆と折りの声をあげる。

(ひいぃ。)

ぶるると背筋を震わせながらも赤ん坊の治療を続ける。さっさと終わらせて消えよう。そう風のように。

トレースした母親の声帯を参考に赤ん坊サイズで作り直す。痛みが伴わないよう麻痺の魔法をかけつつ局地的な滅菌空間を作成、さらに拒絶反応が出ないよう神経1本1本に細かい電流を流し丹念に調べる。

(成長に合わせて自動調整する遅延魔法も忘れないようにしないと)

赤ん坊の周りの魔法陣が現れては消えを繰り返す。ここにいる誰もが彼女がやっていることの1割も理解できていなかった。

「…鳥肌が、涙が止まらぬ。人の限界とはこうも天上にあるのか。希望だ…まさに人類の希望…うう」

仕舞いには感動で嗚咽を漏らす者も現れ、場はどんどんおかしな雰囲気に包まれていった。

やがてその中心で赤ん坊の鳴き声が響き渡る。

「おぎゃー、おぎゃー。」

「…最終確認…OKっと。お母さん、大丈夫だと思いますがお子さんに何かあったらすぐに城まで連れて来て下さいね。」

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

「あと名前でしたね。そうね、マリアというのはどうかしら?遠い国の聖母の名前ですけど。」

「マリア…良い名前を賜わり感謝の言葉もありません。姫様。」

「母子共に健やかにね。」

赤ん坊を母親の手に返すとくるりと踵を返す。

「さてと、それでは皆さま、無理に拘束してしまい申し訳ございませんでした。引き続き陽気な午後をお過ごし下さい。ご機嫌よう。バイバイ〜」

裾を持ち会釈をしたあと小さく手を振ると、近くの屋根まで跳躍し屋根伝いに城まで向かう。大きな歓声を背にそのまま颯爽と立ち去る姿を演出しようとしたが、想像とは裏腹に観客は全力でエマリルを追いかけ始めた。

「姫様ーーーー!」

「姫様万歳!」

「お慈悲を!お慈悲を!」

「うおおおおおおお!」

(ひゃー怖い怖い怖い!)

屋根伝いに逃げるエマリルに対し、地面を駆ける者、跳躍魔法で飛び跳ねる者、花吹雪や花火で盛り上げる者と様々だった。

「みんな怪我しないように!」

それでも城まで一直線に逃げるエマリルに追いつく者はなかった。

それは単に彼女以上の使い手がいなかったからである。






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