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51時限目 覇者



 B12倉庫。

 エスコバル、ハイネ、アルトゥーロ、その三者が入り混じった乱戦にも決着が着こうとしていた。ひときわ激しい戦闘を繰り広げていたダンテとパブロフの周囲は、もはや建物の原型がないほどに損傷していた。


 そこには巨大なすり鉢状の蟻地獄(ありじごく)があった。中心に向かって瓦礫(がれき)や倒れた男たちが飲み込まれていく。その中にはダンテの刀と腕もあった。ずるずると姿を消していくそれを見下ろしながら、パブロフは言った。


「異界レベルAプラスと言ってもこんなものか。使い手の違いだな。バカの一つ覚えで斬撃とは笑わせる」


 唾棄するようにパブロフは言った。砂に埋もれたダンテはもはや動くことができる状態ではなかった。幾重にも重なる砂の重量は、人間が動かせるものではない。


 息もできずに死んでいく窒息死(ちっそくし)。勝敗は決した。


「まぁ良い。ブラッドの臓器だけ回収すれば、あとはどうとでもなる」


 こめかみの血を(ぬぐ)って、パブロフは死んだ仲間たちを見下ろした。ハイネとアルトゥーロのメンバーの加勢が多くなってきている。この機にエスコバルを潰そうという思惑が透けて見えている。


 襲いかかってきた刺客を砂で丸呑みして、彼は倉庫の出入り口に向かって平然と歩き始めた。この状況にも関わらず、パブロフの頭に焦りの文字はなかった。


 彼がエスコバルのリーダーについたのは十九の時だった。創立以来最も若いリーダーである彼は、同時に最も恐れられる存在となった。彼は人を殺すこと、利用すること、裏切ることに対して何の呵責(かしゃく)も覚えなかった。


 部下を殺した。組に秘密で薬を着服したからだ。

 自身に忠誠を使った密偵(みってい)を殺した。有益な情報を何一つ得られなかったからだ。

 長年一緒だった仲間を家族もろとも殺した。彼を(あざむ)き、裏切ろうとしたからだ。


 パブロフが築いてきた(しかばね)は数知れない。直接的にせよ、間接的にせよ、彼は殺すことにあまりに慣れ過ぎていた。誰かを(しいた)げてこなければ、自分はここまで成り上がれなかったと確信してきた。


 自分に逆らった人間が命を落とすのは当然だった。そのためだけに、技を磨いてきた。


 だが、そのパブロフでさえ、殺したと思ったはずの人間が生き返ってきたことはなかった。直感とも言える背筋の寒さを感じ、彼は後ろを振り返った。


「……おまえ」


 信じがたい光景だった。

 一振りの刀を手に取った男は、脱出不可能なはずの砂の層から抜けだしていた。口から砂のまじった(つば)を吐くと、ダンテは無言で刀を振り下ろした。


覇黄土(はおうど)……」


 とっさに周囲の砂を防御に回す。それはパブロフの本能的な危機感と、卓越した魔導操作がなせる技だった。童子切の飛ぶ斬撃を、砂はギリギリのところで掴み取った。


 ただ同時に、これで終わりではないこともパブロフは直感していた。ダンテの技には何かがある。そうでなければ、ここに立っていられるはずがない。あの蟻地獄を抜け出せるわけがない。


 揺らめく刀の切っ先が、パブロフの視界から消えた。


魔天・観測限界(セット・リミリア)


 ダンテがその真名(マナ)を放つ。


 異界レベルAプラス、天下五剣、奇怪殺し童子切の能力は単なる飛ぶ斬撃ではない。その真価は術者の魔力を喰らい、限界まで高めることによって顕現する。


 その一振りは、絶対不可視の斬撃。


 魔天童子切(クライ・ドウジ)の斬撃は空間、方向を限定することはない。例え術者が正面から剣を振ろうとも、側面背後、あらゆる角度方向から剣撃が降りかかる。


 覇黄土の防御が間に合うはずがなかった。背後からの斬撃をまともに食らったパブロフは、血を流し床に倒れこんだ。


「……かはっ……!」


 彼のコートが血で(にじ)んでいく。脚と腹部を切り裂かれたパブロフは、立つことすらできなかった。


「……やっと、背中をあけてくれたな」


 その身体を見下ろしながら、ダンテは疲れ果てたように息を吐いた。


「恐ろしく用心深い男だよ、お前は。最後の最後まで隙を見せてくれなかった。おかげで本当に死にかけた」


「く……そ、が……」


「こいつの力は、正面から襲いかかるだけじゃないぜ」


 ダンテは童子切の先端を彼の顔に向けた。


「俺の勝ちだ、パブロフ」 


「……は」


 ……なんでこいつが俺を見下ろしている?


 口から漏れたのは笑い声だった。

 パブロフには今の状況が理解できなかった。たかが教師が、一人で乗り込んできた愚かものになぜ俺が膝を屈している。


 こんな滑稽(こっけい)なことがあってたまるか。


「はははははははははは!!」


 地面に指を突き刺し、血がにじむほど力を込めたパブロフは大声で笑った。旧市街の頂点に立ち、全てを支配する。全てを虐げる。


 最底辺として産まれた俺が、この国の頂点に立ち全てを支配する。貴族の豚ども。権力となるあぐらをかいた王族たち。パブロフにとって今回の計画は全てをひっくり返す一歩となるものだった。


「そのためのブラッドだ! そのための計画だ! それをなぜ何の関係もないお前が邪魔をする!」


「……しらねぇよ」


 ダンテは(あわ)れみを込めた目でパブロフを見ると、首を横に振った。


「俺はただ自分の生徒を取り返しに来ただけだ」


「はぁ……はぁ……死ね。誰かこいつを殺せ……!」


 鬼気迫る表情で、血を吐きながら叫んだ言葉が、パブロフの最期になった。


 入り口付近から飛んできた光弾がパブロフの頭蓋(ずがい)を貫いた。叫ぶ暇もなく絶命したパブロフの身体は、がっくりと崩れ落ち沈黙した。


 同時に自分を狙ってきた光弾を、ダンテは童子切で払い落とした。右手ジンと(しび)れるような痛みが走る。速さも威力も並みではない。


「おや」


 死闘が繰り広げられていた出入り口は死骸の山となっていた。血の海となった惨劇(さんげき)の地面を、背の高い老人が部下を引き連れて歩いてきていた。長く伸びた白いヒゲを撫でながら、彼は不思議そうに首を傾げていた。


「ブラッドはいないのか」


 ダンテにもその顔は見覚えはあった。この旧市街で、彼の顔を知らないものはいなかった。


「……アルトゥーロ・セタス」


 旧市街にはびこる麻薬組織の三大巨頭その一角。アルトゥーロ・セタスの親玉がダンテの前に姿を現した。



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