37時限目 監禁(2)
シオンとダンテがエスコバルに監禁されてから、5日が経った。状況は監禁された時とほとんど変わっておらず、ダンテはペンを持って紙とにらめっこをしていて、シオンはベッドの上で軍事学の教科書をめくっていた。
最初は魔導学の教科書をめくりながら、脱出に使えそうな魔導がないか探っていたシオンだったが、一朝一夕で魔導は身につかないとダンテに言われて、しぶしぶ軍事学に手を出していた。
「僕、この科目、あんまり得意じゃないんです。分かりにくいっていうか……実感がないっていうか……」
「まぁな。俺も昔は同じことを思っていたが、もっと気軽に考えてみると良い。軍隊を身近な人間で置き換えると分かりやすい」
「身近な人間……ですか?」
「そうだ。例えばだな」
よっと言って立ち上がって、ダンテはシオンが見ていた教科書を覗き込んだ。
「カムラン沖の海戦か。これなんか分かりやすい。各個撃破の効果が良く分かる。例えば、自軍の中で一番人数の多い部隊をリリアだとする。敵軍はそうだな、パラディンの連中だ。自軍の小さな部隊はシオンにしよう」
教科書の図に丸チェックを付けて、ダンテは説明し始めた。
三十年前に起きたカムラン沖の海戦は、自軍二十隻、敵軍六十隻の不利の中で劇的な勝利をおさめた海戦だった。数で劣る自軍はまず部隊を大きく二つに分けた。スピードの速い船を集めた部隊と、遅い船を集めた部隊だ。
「少ないのに、また分けちゃうんですか?」
「そこがミソなんだ。相手もまさか部隊を分けるとは思っていないから、総攻撃を仕掛けてきている。そこでまずリリアが囮となって、さらに沖の方まで逃げる。スピードが速い連中を集めているから、そう簡単には捉えきれない」
ダンテが丸印を付けた部隊が、敵から逃げ出す。当然、敵もスピードを上げて追いかけてくる。
「追いかけるパラディンたちはスピードもバラバラだ。逃げる敵を追いかけているから油断もする。やっきになって包囲を仕掛けようと、陣形を崩していく」
固まっていた部隊が散り散りになり始める。大きな塊から、少数へ。その機を狙って、もう一つの自軍が強襲をかけてくる。
「この部隊がシオンだな。隠れていた部隊が後ろから襲撃する。数は少ないが、散り散りになった敵軍よりは勝る。確実に敵船を沈めて、数を減らしていく」
「そっか……あえて敵を分散させるのが目的だったんだ……」
「最終的には、リリアが切り返して挟み撃ちを仕掛ける。あとはもう分かる通り自軍の完勝だ」
「すごい、良く分かりました」
ダンテは満足げに微笑むと、ペンを置いてシオンに質問した。
「さて、ここから学べることは何だ?」
「えぇと、敵の陣形を崩すことですか?」
「正解だ。だが、もっとも重要なそこじゃない。ここで重要なのは伏兵の存在だ」
ダンテは、強襲を仕掛けた部隊にチェックを付けた。
「彼らが機能しなければ、この作戦は成立しない。だから指揮官はこの部隊の兵力を適正に分散しなければいけない。目立たないが、実力のある部隊だ。そういう奴らが一番適正だ」
「む……難しいですね」
「ちなみに当時この伏兵部隊を指揮していたのは、エーリヒ先生だ。ほらここに書いてあるだろ」
教科書の隅に書かれた注釈を、ダンテが指差した。
「この戦争で名を挙げたエーリヒは、さらに五年後の東都防御戦で総指揮官を務めた。それ以来、不倒のエーリヒと呼ばれることになる」
「そんなにすごい人だったんだ……」
「だから王国の英雄と呼ばれているんだ。あのとき東都が陥落していたら、間違いなくこの国は滅んでいただろうからな」
「あ、そういえば、先生はどんな部隊で戦っていたんですか?」
ふと、顔をあげたシオンは興味深げにダンテを見つめた。
「先生が現役の頃の話、聞いてみたいです」
「俺? 俺か?」
うーんと、首をかしげてダンテはアゴに手を当てて、考えるような仕草を見せた。
「あまり良い話じゃないが。血なまぐさいし」
「聞いてみたいです!」
身を起こして自分のことをジッと見つめるシオンに、仕方なさそうにダンテは話し始めた。




