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星剣遣いと鍵の魔女

 軍用バイクが揺れる。浮く。着地と同時に衝撃が身体にずんと響く。


 顔立ちは整っているものの気難しそうな表情を見せる少年、秋人あきとは後部座席に乗って、運転手のなすがままにバイクで森を突っ切っていた。


 オレンジのマウンテンパーカーに深緑のカーゴパンツ、といった装いの彼は、黒い軍服に包まれた二人の少女に、バイクの後ろに乗せられていた。




 山にある森林を走る車両は二つ。


 秋人が乗っていないほうから大きな声で運転手の少女が叫んだ。




「アルテガルは私が攻撃する! 百道ももち少尉は被害者を連れて安全な位置まで!」


「いや、これくらい――」どうにもなる、と秋人は言おうとしたが、遮られる。こちらの運転手の少女、百道少尉と呼ばれる少女だ。


「ですがそれでは藤実ふじさね中尉が!」




 秋人は後ろを見る。


 するとそこには木々を踏み倒しながらこちらを追いかける巨人の姿があった。


 巨人の大きさはおおよそ7メートルほど。深い茶色の肌には溝があって、遠目に見れば一本の樹に見えなくもない。


 人間で言うと鼻の部分は平面で、だが空気の通り道はそこにあるようだ。


 丸太よりも太い腕は、勢いよく振るだけでも致命傷だろう。




 これが、アルテガル。正確にはその一種だ。




 西暦を謳歌し、技術の隆盛を極めた人類を絶滅寸前までに追い込んだ敵。


 その憎き敵に秋人たちは追われているのだ。




 藤実中尉は振り返り、ハンドルを離し、背負っていたアサルトライフルの引き金を引く。すると軽快な音とともに薬莢が銃から排出されていく。アルテガルが巨体ということもあって銃撃はほとんどが命中していた。振り返りながらという難題を見事にクリアした藤実に対して秋人は内心嘆息する。




 だが、やきもきもしていた。




 巨人型アルテガルの歩みは鈍ることなく、悠然と進んでいる。


 効いていないのは自明の理だった。


 彼女たちの武装はスナイパーライフルとアサルトライフルと言ったところ。攻撃力不足が否めない。




 奥の手がある可能性もなきにしもあらずだが、表情の必死さからみてあまりなさそうだと深く息をつく。


 彼女たちに任せてはおけない。どういった相手を想定していたのかは分からないが、これでは勝ち目が薄すぎる。


 秋人は森を抜けようとハンドルを握る運転手に大きな声で宣言した。




「俺、降りるから!」


「ハァ!?」




 バイクが転ばないように重心を偏らせないで一気に跳ぶ。


 次の瞬間には地面に打ち付けられているが、ごろごろと転がって衝撃を殺す。もちろんそれだけでは殺せないので、ある程度勢いが減じたところで木にぶつかった。




 顔や身体中から落ち葉の香りが漂ってくる。敵さえいなければ紅葉の見ごろで楽しめただろうが。




「秋人! 何やってるの!」




 転回してこちらを再び拾おうとする藤実中尉と百道少尉の二人がひきつった叫びを発する。


 ヘルメットをかぶっているため表情こそ分からないが、青ざめていそうだ。不謹慎だがちょっとおかしかった。




「秋人逃げてーっ!」




 切羽詰まった、けれど間延びした叫び声が耳朶を打つ。


 地響きを鳴らしながら樹木を歩くだけでなぎ倒していく巨人型アルテガル。これが道路に来てしまえばこの悪路はさらに悪化するに違いない。


 秋人は大きな声で少女たちに呼びかける。




「散開してくれ。こいつは俺がやる」




 拳をならし、距離を詰めていくと二人は驚愕の声を上げる。




「駄目! アルテガルは私たちが――っ!」




 黒髪の少女がそう叫ぶが、もう遅い。


 巨人は間合いに入り、攻撃態勢をとっている。長大な腕をしならせて振り下ろす。技巧も何もないそれだけの攻撃だが、重量数トンにも及ぶ腕を上から勢いよく叩きつけられれば、地面にはクレーターができ、そこにいる人間はミンチになるだろう。




「駄目――ッ!」




 茶髪の少女が叫ぶ。それと同時にライフルによる銃撃を行うが、腕に当たろうが頭に当たろうが止まる気配はない。


 絶叫する黒髪の少女。


 それと同時に腕が振り下ろされる。秋人を中心として土の道路は冗談みたいに陥没していく。烈風が吹きすさび、土煙が舞う。


 土煙と轟音に紛れて、彼女たちの叫び声が聞こえてくる。




 しかし――




「――その程度か」




 秋人は巨人の一振りを受けてなお悠々とその腕を持ち上げていた。


 ちょっとした爆発程度はあるであろう攻撃を受け止めた感想は、驚きと失望だった。


 この巨人は彼を追い込むまでの力がないという失望。


 自分がこの程度の攻撃ならば避けるまでもなく受け止められるという驚嘆。


 重さを十分に生かした威力に耐えきれずに爆心地のごとく窪んだ道路。常人ならばはじけ飛ぶであろうが、彼は無事だった。




「オ、オオオオォオ――」




 巨人が叫ぶ。




 ビリビリと身体を震わせる音の衝撃に、秋人は耳を塞ぎたくなる。




 巨人は樹を抜いて大きく横に振るう。野球選手も真っ青になる速度のスイングが秋人に迫り――樹が爆散する。


 少年が高速で腕を振りぬいたのだ。




 しかし、巨人は何が起こったのか分からないと言った様子で、そのまま彼の接近を許してしまう。




 土煙が晴れる中、秋人は悠然と巨人へと近づいていき、その足や肩を踏み台に上空へと跳躍。




「グ、ォオオオオ――」




 うめきながら腕を振るうアルテガル。しかし上空を取られることは少ないのか攻撃はずさんなものだった。手は当たらずに風圧すらも体幹のバランスを崩すことはない。




 空中を落下しながらくるりと身体を縦に一回転させ――その勢いを利用してかかとで思い切り蹴る!




 対巨人用のかかと落としである。


 こういった戦いの知識だけは無駄にあるのだから自分は一体どんな人生を送ったのだろうかという中に含まれる期待も抱くことはあまりない。


 どうせ戦いを生業にしていたに違いない。




 そのことについて悲しく思ったり、あるいは喜ばしかったりというものはない。


 ただ思うのは――。




 巨人が倒れると小さな地響きが起こって、木の葉がはらりと舞い落ちていく。


 着地とともに辺りを見回す。少女たちやバイクが巻き込まれていないかが心配だったのだ。


 彼女たちを助けるために無理やりバイクから降りたというのに、本人が怪我でもしてしまうのは本末転倒が過ぎるからだ。


 土煙や落ち葉が舞い上がり、落ちていくなか、二人分の声が耳朶を打つ。




「秋人っ!」


「二人とも……悪かった。ただ、あのままじゃ道路にも被害が出るだろうと思ってさ」




 ヘルメットを脱いだ二人がそれぞれ対照的な表情を浮かべてこちらにやってきた。


 やれやれと首を横に振って穏やかな瞳をこちらに向ける藤実中尉。


 彼女は切れ長で吊り上がった両眼が特徴的だ。


 若干の怯えと、驚きが身体全体に表れている百道少尉。


 彼女はやや垂れた目とサファイアの瞳が特徴的だ。


 しかし、自分としては出来ることをサクッとやったつもりだが、こうして怯えられるのは傷つくものがある。もちろん、彼女に悪気がないのは分かっている。




「いや、そうしてくれて助かるよ。……こら、百道少尉。恩人に対してその態度は許されないぞ」




 藤実中尉がそう言うとハッと気づいたかのように目を見開いて頭を下げる。


 そういったことには慣れているし、ある程度自分は折り合いをつけている。だからこの場合は相手も気にしないように言うのが一番だと経験している。それでもちょっぴり傷ついたが。




「いいんだよ。こういうことをするとびっくりされるってのは知ってるから。俺が嫌いになったわけでもないんだから、俺は気にしない。だから、百道さんも気にしなくていい」


「はい、ありがとうございます。……しかし、今の私たちが小隊を組んでようやく倒せる相手を、しかも武装もなしにやってのけたことが、信じられなくて」




 百道少尉はそう語る。


 起こりえないことが起こってしまった時の衝撃というのはすさまじい物があるのだろう。


 こちらは目覚めてからすべての出来事に衝撃を受けていたような気もするが、質が違うのか。




 眉間に皺を寄せて、考え事をする藤実中尉。




「先ほどの技、見事だ。余程の練磨がなければその武はあるまい。


 それはもしかしたら世界最強の一角にすら届くかもしれん」




 それは、言い過ぎではないだろうか。驚きのあまりそう伝えることもできずに、押し黙ってしまった。


 いや、違う。そうしてしまったのは彼女がこちらの身を斬らんばかりの気迫を伴ってじっと間合いを測っているからだ。




 ――俺がいったい何をした。


 ――そもそも俺は。




 そんな胸を掻きむしりたくなる衝動を伴った煩悶も知らず、藤実中尉は腰の刀に手をかけ、訊ねる。


 静謐な空気、しかしそれは一皮むけば一触即発のそれだ。




 このことで分かっていることがある。


 それは下手な回答をしてしまえば即座に戦闘になること。その勝ち目は五分五分と言ったところ。そうなってしまえばこちらの目的は達成できなくなる。


 そして、彼女が求める答えを、秋人は用意することができないということ。




「秋人。――君はいったい何者なんだ」




 ――そんなもの、俺が知りたいのだから。

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