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名無しの剣劇伝

 キィン、と澄んだ音を奏でて。


 大太刀は、その使い手ごと戦斧を切り裂いた。




「――ふむ」




 一息ついて、半歩身を引く。左右から振り下ろされた山刀が地面に叩きつけられるのを見届けながら大太刀を真一文に振り抜く。


 抵抗すら感じない、惚れ惚れするほどの切れ味で山刀を持った二人を斬り捨てた。




「オメェラ、もういい! 退け!!」




 悲痛な声で静止を呼びかけるのは、確か(カシラ)と呼ばれていた人間だ。頭に血が上り、闇雲に向かい来る牛や豚の(ツラ)をした獣人達の中にあって、その声は一際目立つ。


 力に勝る牛面が大上段に大斧を構え、その隙を埋めるように豚面が山刀を振るう。




「グルアアアアアア――!」


「隙が大きい」


「ブルゥアアアアアア――!」


「稚拙の極み」




 あえて前へ進み大斧をかわして一太刀浴びせ、返す刀で二つの豚面をまとめて飛ばす。


 悲鳴はなく、ただどうっと巨体が倒れる音に続き、二つの首が落ちる音、最後に力の抜けた骸が倒れる音が戦場を彩る。


 ――不思議なことに、周りを取り囲む賊は戦意を失っていなかった。むしろ、力の差を見せつけたというのに殺気立っている。




(よもや、その面通りの知能しかない、というわけではあるまいな)




 実際、奴らは必殺の戦法が通じぬと見るや、陣形を変えて応戦する。


 山刀持ちの豚面が前に、そして牛面は後方へ下がり――




「ぬぅッ――!」




 とっさに飛び退き、振り向きざま背後の豚面を斬り捨てる。


 直後、今しがた立っていた場所めがけて巨岩が落着、派手に砕け散る。




「……なんとも出鱈目よな」




 牛面は、純然たる力の化身なのだろう。おまけに、これで打ち止めではないらしい。




(あれはやっかいだ)




 相変わらず斬りかかってくる豚面を斬り捨てつつ。はて、どうしたものか。


 人ひとり潰すに足る大岩を投げる牛面を放っておくわけにはいくまい。


 かといって、大きく下がった牛面に刀を届かせるには近づかなければならない。


 当然、それは相手も承知。豚面が骸をさらすのもかまわず、こちらの進路を阻む。




(――時間がない)




 牛面を垣間見ればすでに大岩を担いでいた。


 その姿を見た瞬間、身体は咄嗟に動いていた。豚面の山刀を受け流し、たたらを踏んだその肩を足場に跳躍、大太刀を逆手に持ち替える。


 大太刀を持つ右手(めて)を目一杯引き、左手(ゆんで)を添えてねらいを定める。


 それはすなわち、弓術に近い構え。


 役割もまた然り。




「――、しゃあッ!」




 そのまま、気合いとともに大太刀を投げつけた。ねらいは牛面、その額。




「――――――」




 ねらい違わず、大太刀は額を打ち抜き、牛面は担いだ大岩ごとぐらりと傾ぐ。


 それと同時に、無茶を押し通した体が地に落ちていく。空中で体をひねり、受け身をとって着地。




「今だ、殺せ!」




 豚面の一人が山刀を構えて切りかかろうとする。刀を持たぬ身で出来ることを――――思考を置き去りに、身体が動く。




「――ガ、フ」




 平手で山刀を打ち払い、心臓めがけて拳を打つ。


 当然、筋肉に(よろ)われ肋骨に護られた臓腑を貫くことは出来ない。だが腰を使って渾身の力で打ち据えた当て身は、その衝撃を確かに心臓へと伝えた。


 くずおれる豚面に、ようやく周囲が怯む。




(これで撤退を選ぶようなら、こちらも楽なのだが)


「…………お、押しつぶせ!」


(……どうしてこうなるのか)




 攻撃の圧はあがったものの、こちらに消耗を強いるほどのものでもなく。


 急所をつき、すべての獣人達を絶命させるのにさほどの時間はかからなかった。






「――結局、貴様は逃げなかったのだな」




 拙者の問いにびくりと肩を震わせる少女(・・)。気丈にも、視線に恐怖の色を見せながら、それでも逃げようとはしない。




「……頭が逃げちゃ、アイツらに示しがつかねぇだろ」


「遠目には腰が抜けて、へたり込んだように見えたがな」


「っ、テメッ!」




 灰色の双眸は、あくまでこちらを射殺さんとばかりに鋭く、その赤髪も彼女の心を表すかのように逆立っている。




(視線で拙者ひとを殺せれば、こやつにとってどれだけよかったであろうな……)




 ある確信を持ちながら、回収した大太刀を無造作に払う。




「っつ――!」




 先の豚面たちを思い出したのか、目をぎゅっと閉じ、来るであろう衝撃に備える。常人なら当然の反応だが――




「――――――お主、名は?」


「?……! なぁっ!?」




 ……名前を尋ねられたぐらいで、どうして驚かなければならない。




「剣しまって……女は殺せないってか!?」




 どうやら死を覚悟したというのに何もされなかった事に腹を立てているらしい。




「何故、と言われれば……そも、殺す理由が無いしな」


「アタシの盗賊団を皆殺しにしといてそれか!?」


「殺し殺されの覚悟以前に、殺しの経験がない(・・・・・・・・)女子(おなご)を斬ったところで、な」


「!、っ……」




 彼女は何か言おうとするも、結局口を閉じて大人しくなった。




「――てか、イの一番に名乗っただろうが、アタシは!」


「…………そうだったかの?」




 だとしたら、こちらも名乗らねばならないが、




「困ったな……」


「なにが! せっかくの口上全部忘れられることより困ることが!?」


「それはそれでどうかと思うが……」




 本当に記憶がない。彼女の名乗り口上を忘れた、というだけではなく、もっと根本的な部分が忘却の彼方なのだ。つまり、




「なにぶん拙者、自分の名前を忘れたものでな、あっはっは」


「――、は?」


「どころか、ここが何処なのかもわからぬときた! 名前のない名無しの権兵衛と来ては、名乗りようもなくてな」


「――――――――」




 未だ名も知らぬ盗賊の少女頭領は、しばらく絶句していたが、ようやく我に返ると、




「――ハアアァァァァ!?」




 驚愕の叫びが森に木霊した。




 ◇ ◇ ◇




「しかも無一文かよ!」


「いやあ、あっはっは」


「その脳天気さは何だよ! 普通もっとこう、いろいろあんだろ悩んだりとか!?」


「生憎、そんな暇はなくてな」




 なにせ気づけば盗賊に囲まれ、腰に下げた刀を振るっていたのだから。




「それにしてもお主、およそ盗賊には向かんヤツだな」


「アンタレス」


「?」




 少女は歩みを止めてこちらを見る。




「いつまでもお主、とか呼んでんじゃねぇよ、あたしはアンタレスだ。ナ、ナ……ナンナーシノ・ゴルベイ?」


「なん……何じゃそれ?」


「お前、自分の名前がないとか何とか言いながら、なんか言ってたろうが!」


「ああ、なるほど」




 つまり彼女――アンタレスは、“名無しの権兵衛”と言ったのを妙な具合に聞き間違えたのだろう。


 訂正しようかと思ったが、どのみち拙者に名前はない。そうなると、名前がわかるまでは仮の呼び名が必要になる。




「よし、それでいこう」


「ああ? なにが?」


「呼び名だよ。拙者の名前がないのだから、まあひとまずそれを使うとしようか」


「…………いや、あんたがそれで良いなら、もう何でも良いけどよぉ」


「ただこのままだと長すぎる。うまい具合に短い呼び方はなかろうか?」


「ああそれな。ええっと……なんでアタシが考えなきゃなんねぇんだよ!?」




 言い出しっぺだからだ、と茶化すのはやめておこう。




「まあ『しの』、辺りが無難かの」




 名無しの権兵衛、改めシノ。ようやく会話に困らなくなったところで、事情を聞いてみる。




「拙者の記憶は、突然お主らナンタラ盗賊団に襲われたところからしかないのだが、どういう経緯でああなった?」


「ステラ盗賊団な! そりゃお前、街道を一人きりで歩いてるヤツなんかカモだって思うだろ普通! 着てるもんも高そうだし、剣だって長いばっかりでよ!」




 それで代替わり後の初仕事にちょうどいい、そう考えたのだという。


 改めて街道を見渡すと、山あいに出来たこの道は見通しが良いとは言えず、盗賊が待ち伏せするには適している。




「ここが街道ということは、道は町に続いているのか?」


「ああ。昔、人の生活圏を広げようとして、沢山都市国家ができたんだ」


「ほうほう」




 今更だが、記憶喪失といっても、常識的な知識まで失ったわけではないらしい。例えば、会話は問題なくできるし、国という概念も理解できる。『都市国家』という単語に違和感を覚えたが……まあ読んで字のごとくだろう。




「街一つがそのまま一つの国なのか」


「防壁に囲まれてて、開拓の拠点になったから栄えたんだ。んでもっていつの間にか政治的な力も強くなって今に至る、と」




 ……盗賊にしておくには惜しい知識量だ。




「――今、やけに詳しいって思ったろ?」


「まあな。正直感心したよ」


「おっさんが何の酔狂かアタシに本やらなんやらくれたんだよ。読書をする時間と読む本だけはムダにあったわけよ」


「それは、ムダではないと思うぞ?」


「ケッ、どうだか」




 アンタレスは吐き捨てるように言った。




「どのみち盗賊団なんてやってりゃ無用の長物さ。なんでここまでしてくれるのか、結局聞くことも出来なかった。アイツらは気のいいヤツらではあったけど、バカだ」


「バカ……」


「実際バカだろ? アイツらにとっちゃ仲間は家族だったんだ。突然連れられてきたアタシがその輪に入るには何もかも違ったけど……」




 アンタレスは背後を振り返った。




「一人殺されて、仇を討とうとしてソイツも死んで……アタシゃ『退け』って言ったのに、さ」




 そんな彼女にかける言葉などなく、しばらくの間二人してその場で立ち尽くした。

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