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ヨロズヤコネクトサービス

 夜の流れに、銀の流れが揺らめく。


 少女は走る。


 息が荒く、その表情には何の色も見いだせないが、そのめちゃくちゃな足の運び方は少女の胸中の荒れ狂い加減が見て取れた。




 看板にともるネオンが煌々と輝いていてもなお、闇深い高層建築群の屋上を、軽やかな身のこなしで渡り歩く。


 風のように。あるいは、猫のように。


 少女が苦しげに開けた唇が、かすかに動く。




『……――・――……っ』




 彼女の言葉を聞く者は、宵闇に浮かぶ満月だけであった。














 鬼無嶺二(きなしれいじ)は開発区の一角で、煙草を一本取り出した。


 ガス式ライターで火をつけ、煙を肺腑へ一気に取り込む。


 なじみの味を舌に感じた嶺二は、煙を外に吐き出した。




 未だ日中とはいえ強制立ち退きが施行されて、もぬけの殻の高層建築だけが残った様子は寒々しく、また不穏だった。


 開発の方向性で揉めている間に、よからぬ者がたむろする治安の悪いエリアとなるのはどこでも変わらない。




 そう、こうして道ばたで立ち尽くす嶺二など、格好のカモだ。




「ヘイジャップ! 良いもん着てんじゃねえか。ちょいと俺らに恵んでくれよ!」




 当たり前のように差別単語を口にしてはやし立ててくるのは、一様にすさんだ雰囲気をまとった男達だった。


 多少よれてはいてもスーツに身を包んでいる嶺二とは違い、カジュアルな服装を着崩した彼らは、おそらく10代から20代と言うところか。


 先に声をかけてくるとは、ずいぶん親切なギャングもいたものだ。と嶺二は感慨もなく思った。




 日本人は海外では童顔に見えるそうだが、それでも少ししわが寄った顔に無精ひげが生えていれば、自分たちより年上ということは分かるだろう。


 4人で徒党を組んでいれば、自分よりも体格の劣る中年なぞ、ひねり潰せるとも。




 ギャングたちは悠然と嶺二を取り囲むと、嶺二の腰にベルトで固定しているものに興味を持った。




「へえ! おっさん剣持ってんじゃん、ブシなの? サムライ?」


「さすがニューシンガプーラ、ジダイサクゴなローテクもいるんだなあ!」


「なあ、見せてくれよ、あだ討ちでござるーってなあ」




 唐突にぎゃははと笑い出すギャングどもに、嶺二はため息の代わりに煙を吐いた。


 面倒だ。




「ガキども、仕事の邪魔だ。失せろ」




 嶺二の最大限の譲歩だったが、男達は全く意に介した風もない。




「ジャップのくせに英語が話せるのか」


「けどよ、おっさん。質問してんのは俺たち、無視すんのはいけねえな」




 よりいっそう暴力的な空気を醸しだす彼らだったが、その表情が悪しきざまに輝いた。


 嫌な予感がして振り返れば、角から走りこんできたのは金髪の男だった。




 30代ほどだろう、仕立ての良さそうなスーツに上質な革靴を履いた男は、眼差しの柔らかさや表情の明るさからして、色男と表すべき華やかさを持っている。


 企業が立ち並ぶダウンタウンや繁華街では女がほっとかないだろうが、このゴーストタウンではものの見事に浮き上がっており。




「最高のカモじゃねえか」




 ギャングが表したとおり、全身からにじみ出た育ちの良さと明らかに金を持っていると分かる彼は極上の獲物に見えた。


 だが彼は、嶺二の後ろのギャングたちも視界に入っていないように、必死な形相で手を振ってくる。




「レージ――ッ!! 見つかったけど、予想以上におっきかったぞ!」




 嶺二は煙の代わりにため息をついた。


 ついでに間も悪い。




 ギャング達はすでに嶺二から彼へ標的を移し、舌なめずりをしながら嶺二を押しのけて殺到しようとする。


 だがその前に、ビル群の合間から巨体が現れた。




 それは、巨大な猫科の獣の姿をした何かだった。


 しかも道路標識を超す巨体は透き通り、黒いもやが体内の至る所によどんでいるものの、向こうの通りが見通せるという異様さだ。


 輪郭だけで存在する、地球の常識ではあり得ない造形の猛虎は、その太い四肢を踏みしめアスファルトの道路を滑り止まる。


 ギャングの一人が顔を引きつらせて叫んだ。




「げ、幻想種だああああ!」




 地球の物理法則、進化理論から外れた生物は、ひたひたと光る双眼でこちらを捉えて唸り声を上げるのに、ギャング達はひるんでいた。




 このニューシンガプーラでは、野良幻想種に出会ったらとかく避難を優先すべき現象として知れ渡っている。そうでなければ命が危ないからだ。




 それでさっさと立ち去ってくれれば嶺二としては万々歳だったのだが、そろいもそろって馬鹿だったようだ。




「ただのエーテルの塊の癖にっ」


「これでも食らいやがれっ!」




 ギャングたちは口々に叫びつつ、懐から取り出した拳銃を猛虎に向けたのだ。




「え、きみたちちょっと……ふおわっ!?」




 金髪の男が慌てて道の脇へと転がるように避難すれば、軽い発砲音が響き渡る。




 四人がかりとはいえ、なぜ刀を持った嶺二に強気だったかは理解できたが、嶺二は、彼らが未だにこの街に着て日が浅い連中だとも悟った。


 素人丸出しのめちゃくちゃな狙いだったが、半分の弾丸が猛虎に命中するのにギャング達は勝ち誇った顔をする。




 だが、人の命を容易く奪う鉄の塊も、体をすり抜けて地面をうがつだけだった。


 武器が猛虎に対し何ら影響を及ぼしてないと知ると、ギャングたちは一気に青ざめる。




 さらに、敵意を向けられた猛虎が、吠えた。




『GAAAAAAAaaaaa !!!!』




 とたん、道路を強風が吹きすさび、放置されていたゴミ箱や紙くずや空き缶などを、暴力的に蹴散らした。


 かろうじて吹き飛ばされなかったものの、完全に怖じ気づいたギャング達へ向けて、猛虎は大きく跳躍する。


 狙いを定められたギャングの一人は逃げようとした瞬間、その場に転がったことで、猛虎の牙から奇跡的に逃れた。




 だがその向こうに放置されていた廃車が、すさまじい音をさせながら猛虎の牙によって粉々にされるのを目の当たりにして、引きつった声を上げた。




「向こうはいくらでもやれるって反則だろ!?」




 廃車をスクラップにした猛虎は、絶望をあおるようにゆっくりと方向転換をして、へたり込むギャングへ襲いかかる。




 その寸前、腰の刀を抜き放った嶺二が割って入った。


 ステンレス合金の刀身にエーテル術式を施した刀は、問題なく振りかぶられた爪を受けながす。




「ちっ」




 嶺二が銜えたままだった煙草を地面へ落とせば、再び飛びかかろうとしていた輪郭の猛虎が、そちらに気を取られた。




 その間に、ギャングの襟首をひっつかんで後退した嶺二は、金髪の男に怒鳴る。




「おい、スティーブ!」


風精(エアリアル)に連なる妖獣のようだけど、こっちで活動している間に色んな悪いものを食べて太っちゃったみたいだ!」


「好物は汚れた空気ってところか」




 嶺二が油断せずに刀を構えながら見る先では、猛虎が心なしかうっとりした様子で吸い殻から立ち上る煙草の煙を取り込んでいた。




 見る間に輪郭内のよどみが強くなる。




「まるでジャンク食べ過ぎた肥満児みてえだな」


「まさにまさに! ニューヨークほどではないけどニューシンガプーラにも排ガスはあるからね!」


「ご託は良い、指示は」


「プランAのままだ。ダイエット代わりに思いっきり運動させてあげてくれっ」




 軽く言ってくれる、と嶺二は忌々しく思いつつ、消えた煙草に興味を失った猛虎にむけて刃を構える。


 と、きいいんと、高い音叉の音があたりに響き渡った。




 スティーブが、懐から取り出した音叉と水晶を打ち合わせたのだ。


 嶺二には少々耳に痛いだけの高音だが、猛虎の反応は劇的で、ひるんだように全身を震わせる。


 しかし体内に見えるよどみが少しだけ薄れたものの、それだけだった。




水晶音叉(クリスタルチューナー)の音だけじゃだめか。となると……」




 残念そうなスティーブがショルダーバックをあさり始めるのを横目にとらえながら、嶺二は足の止まる猛虎へ肉薄した。




 エーテルのみで構成された幻想種は、一定の容積を保つ限り、消滅することはない。


 ゆえに、嶺二は的確によどんだ部分を狙ってそぎ落としていった。




 痛覚はないと言うが、己が削られることを嫌がった猛虎は逃げようする。


 しかしそのたびにスティーブに音叉を鳴らされてひるみ、嶺二に足止めされた。




 やがて現れたときよりも一回り輪郭を小さくした猛虎へ、ふと煙が届く。


 興味が惹かれたらしい猛虎が煙の発生源を探して振り向いた先には、火のついた草の束を持つスティーブがいた。




「ほら、たーんと食べろー!」




 スティーブが草の束を放り投げたとたん、猛虎は大きく跳躍して草の束を取り込んだ。


 エネルギー補充をと思ったのだろう、体内が草から発せられる煙で満たされる。


 地に降り立った猛虎は、だが苦しげに身をよじり始めた。




 とうとう立っていられなくなった猛虎がうずくまるのに、スティーブは穏やかに声をかけた。




「北米で浄化に使われるホワイトセージを燃やした煙だ。大丈夫、君は元に戻るだけだよ」




 猛虎は抗議をするように唸り声を上げてなおも動き回ろうとしたが、淀んだ色が煙で打ち消されていくたびに四肢から力を失ってゆく。


 スティーブは柔らかくその様を見つめながら、つぶやいた。




「ゆっくりお休み」




 猛虎はあっという間に縮んでいく。


 ホワイトセージの束が燃え尽きる頃には猫ほどの大きさとなってぐったりと地面に横たわった。


無造作に納刀した嶺二は、面倒さを隠しもせずに地面にへたり込むギャングたちへと視線を向けた。




「で、なんか用か青二才ども」




 悲鳴を上げて逃げていくギャングたちを見送りもせず、嶺二は再び煙草を取り出したのだった。

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