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魔王の娘の婿探し

「ふはははは! よく来たな勇者よ! 俺は貴様が来るのを待っていたぞ!」




 暗闇に支配された城内の一室。


 そこに男の声が響き、幾度かの反響をしながら部屋に音を満たしていた。


 明かりは窓から入る月明かりだけで、数歩先を見る事すらおぼつかない。


 そんな中でボクは仁王立ちをしながら、声が聞こえる辺りにうっすらと見える玉座を睨み付けていた。




「古き盟約に従い、俺は貴様と戦わねばならぬ。だが果たして貴様に俺と戦うだけの実力があるかな?」




 室内に消えゆくバリトンボイスに耳を傾けながら、ボクは慣れないヒールの靴で転ばないように、それでも声を目指すように暗闇の中に一歩を出す。




「ほう? どうやら臆する事はないようだな。では小手調べだ。いでよ、炎魔・ガロード!」




 その声に次いで目の前に突如炎が湧き上がり、熱風が辺りに吹き荒れる。


 その風にスカートをめくりあげられたボクは、慌ててスカートを押さえた。




「ぐわっはっはっは! 魔王様の呼びかけにはせ参じるは、炎魔人の中でも最高の温度を誇る炎の中の炎、吾輩こそが炎魔の将、ガロード様よ!」




 やがて炎はライオンのような形を作り、豪快な笑い声を生み出す。


 その身体は大型のトラック程も大きく、動く度に吹き荒れる炎が舞いジリジリとボクの肌を刺した。


 ガロードはその獰猛な顔を愉悦に歪め、ボクを見据える。


 でも――。




「さあ勇者よ! 魔王様と戦う前に吾輩が相手をしてやろう。ではいざ尋常に……!」




「……ねえガロード、暑い」




「あ、すんません、お嬢。今温度を下げますんで」




 ボクが苦言を言うと、ガロードはすぐさま身体を縮こませて頭を下げる。


 次いで身体の炎を小さくすると、なるべくボクから離れるように下がってくれた。


 ガロードはボクと一緒に育ってきたから、基本的にボクに頭が上がらない。


 おかげでボクは随分過ごしやすくなったけど、それが気に食わない人がいたようだった。




「……おいガロード。お前暑いって言われただけで引き下がる魔物がどこにいる。それでも炎魔人の頂点に立つ者か。フィオナはあれで耐炎の魔法を使えるから、ちょっとやそっとの炎ではビクともせんぞ」




「いえ、ですが魔王様。そんな事言ってもお嬢は人間ですし、火傷でもさせたら大変じゃないっすか。何かあってからじゃ遅いっすよ」




「ふぅむ、確かに」




 声の主はどこか不満げにしていたけど、納得したのかやがて勢いよく立ち上がると、黒いマントを翻した。




「勇者よ! よくぞガロードを倒した。ならば次の試練を与えよう! リーンハルト!」




 ガロードが現れた事で室内は照らされ、部屋の端までよく見えるようになっている。


 そんな部屋の壁際には強面の魔物が立ち並びボクを見据えていた。


 その中には人間と変わらない容貌の者もおり、やがてその内の一人、赤い髪をひとつにまとめて肩に垂らした男がゆっくりと前に出る。




「くっくっく。リーンハルトは俺の息子であり、俺に次ぐ実力を持っている。こやつを倒してこそ俺に挑戦する資格が得られると言えよう!」




「……ねえ、父さん」




「さあどうした勇者よ、早くかかってくるがいい。だが覚えておけ! 貴様が倒れれば我らを阻むものは何もなくなる。そうなった時にこの世界がどうなるか!」




「父さんってば」




「それとも、我らが軍門に下るか? もし俺の手下になるのなら、世界の半分を……、何だリーンハルト。今いい所なんだから口を挟むな」




「ごめん父さん。でも、フィオナちゃんが何だか怒ってるみたいだからさ」




「何?」




 魔王は怪訝な顔でボクを見る。




「どうしたフィオナ。十歳にしてすでに反抗期か? 父さんは反抗期なんて許さんぞ」




「……ッ、こンの、おばか!」




 さすがに我慢の限界にきた。


 ボクは魔王――、ボクの父さんを強く睨み付けると、本気の怒声をあげる。




「父さん、一体何を考えているんですか!」




「何だフィオナ。何を怒ってるんだ?」




 そんなボクを、父さんは飄々と見据える。


 ボクの視線の先では、ガロードの炎で黒い髪を揺らめかせる二十代前半程の男の姿が露わになっている。


 それがボクの父さんではあるのだけど、そんな父さんは無表情ながらも首を傾げながらボクを見ていた。


 どうやら本当にボクが怒っている理由が分からないようだった。




「もしかして急に勇者が来た時の口上を始めた事が気に入らなかったのか? だがこうしてちょくちょく練習をしなければ本番の時に台詞を忘れるのだから仕方ないではないか。それに父さんもたまにはお前と遊びたい」




「しょっちゅう一緒に遊んでるじゃないですか! この前だってボクが教えた将棋でボクをボッコボコにしてくれやがりましたし! ていうか、そうじゃなくて!」




 ボクはダンっと床を蹴り、あえて怖い顔をして父さんを睨み付ける。




「父さん! 昨日、本物の勇者を撃退したそうですね!」




「うむ? ああ、そうだな。新しい勇者が来たから、軽く捻って追い返してやったぞ」




「何をいけしゃあしゃあと言っているんですか! 何を考えているんですか!?」




 ボクは側で困ったような顔をしているリーン兄さんへと視線を投げる。




「リーン兄さん、魔王の心得その三!」




「え? えっと、魔王たるもの、百二十歳までに勇者に倒されなければならない。さもなくば闇の力に飲み込まれ人に仇なす悪しき魔王になってしまう、だね」




「そう! そして父さん、今いくつですか!」




「百二十二歳だな。あとちょっとでまた誕生日がくるから、今年もケーキを作ってくれ」




「分かりました。じゃあ何のケーキが……、って、そうじゃないでしょう!」




 危うく乗せられそうになり、ボクは慌てて首を大きく横に振った。




「魔王は百二十歳までに討伐されないといけないんですよ!? そうしないと世界に災いを振りまく魔王になってしまうのに! なのに何で勇者に勝っちゃうんですか!」




「そんな事言われても、あいつらが俺より弱いんだから仕方ないだろう」




「相手が弱くてもわざと負けるのが魔王なんです! 今までの魔王もずっとそうやって百二十歳までに討伐されてきたじゃないですか! そうしないと、父さんが闇の力に飲み込まれてしまうんですよ!?」




「知らないぷーん」




「ッ、このっ!」




 子供みたいに顔を逸らす父さんを見て、ボクは怒りで言葉を失ってしまう。


 ボクの父さんは魔王と呼ばれる肩書きを持っていて、この世界ではその肩書きを持った者は皆、百二十歳を超えると人々を襲うようになってしまうのだ。




 だから魔王はそれまでに倒されなければならない。


 ここはそういう世界で、これは変えようのない絶対的な原則だ。


 それは父さんも十分理解しているはず。


 それなのに、何故父さんはまだ倒されていないんだろうか。


 やがて怒りに震えるボクを見かねたのか、リーン兄さんがおずおずと聞く。




「ねえ、父さん。何で父さんはそんなに倒されるのが嫌なの?」




「うん? 俺は花嫁姿が見たいからだ」




「はぁ?」




「俺はフィオナの花嫁姿が見たい。だからそれまでは討伐されるのは困る」




「はぁ……?」




 怪訝な声はボクから漏れたものだ。


 兄さんはと言えば、そんな父さんの言葉に何故か納得したように頷く。


 でも、こっちとしては全く理解出来ない。




「ちょ、ちょちょちょちょっと待ってください! ボクの花嫁姿って、まさかボクが結婚するまで討伐されない気ですか!?」




「そのつもりだが?」




 さも当然そうに言う父さんを見て、ボクは唖然としてしまった。




「な、何を考えているんですか! ボクはまだ十歳ですよ!? あと何年かけるつもりですか!」




「大丈夫だ。父さん強いから、闇の力に飲み込まれない」




 どうやら父さんはボクの言い分など全く聞く気はないようで、自信あり気にボクを見据えていた。


 でも、こちらとしては気が気ではない。


 父さんがこの先悪しき魔王にならない保障なんて、どこにもないんだから。


 そんな父さんは絶対に見たくない。




「そ、そんなの分からないじゃないですか。そうだ、ボクの花嫁衣裳が見たいなら、今からその辺にいる人と結婚しましょう! それでいいですよね!?」




 だからボクが折衷案を捻りだすも、父さんはそれを馬鹿にするかのように鼻で笑いやがった。




「ダメだ。フィオナと結婚するのは父さんより強い奴じゃないと許さん」




「そんなのいるわけないじゃないですか! あんた歴代最強と謳われる魔王なんですよ!? 諦めて討伐されてくださいよ!」




「やだ。現れるまで待つ」




「この、おばか!」




 やがてボクは溢れる怒りで震えながら、つい俯いてしまった。


 けど、身体の震えが何とか収まった頃に、ボクはゆっくりと顔を上げて絞り出すように声を出す。




「………………分かりました。父さんは決して自分を曲げる人ではありませんしね。言葉で分からせようとした事がそもそもの間違いでした」




「ほう、ついに諦めたか。では……」




「はい、父さんがわざと負けるのは諦めました。でも、このまま父さんを倒せる人が現れるのを待っていたらどれだけかかるか分かりません。だから、ボクが父さんを倒せる人を探してきます」




「何?」




 怪訝な顔をする父さんに、ボクはハッキリと伝わるように声を張って言う。




「父さん、今まで育ててくれてありがとうございました。ボクは――」




 周りにいる魔物達は、ハラハラとした様子で僕達を見ている。


 それでも声を出す者達は誰もおらず、やがてボクの声が響き渡った。




「ボクは今日から、お婿さんを探す旅に出ます!」

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