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神様と1500年修行したので最強です

 面倒な話だ。


 メアリは両手の荷物を抱えながらそう思った。


 魔王再誕とやらからこっち、王都には今まで以上に人がごった返している。




 我が〝小さな羽毛亭〟も場末の民宿ながら繁盛している。


 こうして前を伺うのも苦労するほど食材を抱えているのもその為だ。


 普段とは違う客足の慌ただしさに、この道二十年の父も見積りを誤ったらしい。




 口調も荒く愛娘をおつかいに放り出すと、ここ数年で見た事もない渾身の営業スマイルを振り撒いていた。


 とはいえ、今の王都は何処もかしこも似たような有様で、必要分の食材を手に入れるのに随分と掛かってしまった。


 結局普段は足を運ばない西区まで買い付けに行って、反対の東区にある我が家へと走り帰る羽目になった。




 何たる忙しさ、お小遣いは倍にして貰わねば割りに合わない。


 悪態を吐くにも息が上がってそれどころではないが、お小遣いアップは大事だ。


 人が増えたせいか屋台通りにも風変わりな店が増えた。




 物珍しい工芸品もだ。


 栄えある王都の住み心地は他の都市に比べるべくもないと言われても、生まれた頃より王都暮らしの我が身では実感も湧かず。


 されど王都より他の世界も知らない。宿屋の一人娘であれば、この先も王都を出ることなく終生壁の中で暮らすであろう。




 その人生をなんとなしに悟るのは、15歳を迎えたメアリにも能うこと。


 それを面白く思わず、時折出店に並ぶ工芸品から世界を想像するのも、年若いメアリには当然の権利と思えたのであった。


 されどそうした工芸品はそうそう長くは居座らず、また出所の怪しい物も多い。




 周りの大人は物騒な輩も珍しくないから気をつけろと言うけれど、そんな事は百も承知だ。


 だが、普段は好奇心を抑え、文句も言わず宿を手伝うメアリである。仕事中であると弁えたが、西から東へと王都を跨ぐ最中に見た新しい出店の数々に、心踊らずには居られなかった。


 浮かれた気分でお小遣いの皮算用をするのも当然であった。




 より一層仕事に精を出そうと、荷物を抱えた戻り道も苦にならない。


 むしろ近道に進む路地裏を軽快に小走りする程だ。


 だからこそ、曲がり角から現れた人影にメアリは気づかなかった。




「きゃあ⁉︎」




 不意の衝撃に跳ね返され後ろに倒れそうになる。


 反射的に食材の事を思い出し、気合いで踏ん張った。


 離してなるものかお小遣い! と、バランスを取り戻す。




 なんとか危うい場面を脱した事に安堵するが、危機はまだ続いていた。




「いってぇーなあー? どこ見て歩いたんだあーん?」




 濁声と共に大きな人影がメアリを覆う。


 厳めしい顔つきの傭兵だ。大凡清潔感とは縁の無い、麗しき乙女であるところのメアリからしてみれば視界に入れるのも正直勘弁願いたい部類の人種だ。


 急ぎに裏路地を使ったとはいえ、まさかこんなにも分かりやすくピンチに陥るとは。




 無頼の輩を相手取ったことがないではない。宿屋には食堂が併設されており、酒を求める客に貴賤はない。


 尻に伸ばされる手を払いのけたり、胸元を鷲掴みしようとする輩の顎を殴り倒したりと、あしらい方に心得はある。


 だが今はまずい。両手に荷物を抱え、今後の儲け引いてはお小遣いが待っている。




「あら~大変申し訳ございません~。お怪我はありませんでしたか? まあまあ、こんなにも汚れて不健康そうな顔色! これはぜひうちの宿で休んでいかれませんと! サービスいたしますわ!」




 手早く荷物を降ろし、満面の笑顔で懐に入り込み、汚い手を握って明るい声で断言する。


 引いてはダメだ。暴力を生業とする手合いに引くのはかえってまずい。後先考えず暴れる隙を与えてはならない。


 気勢を削ぐにはこちらから攻めるに限る。




「ほーん? サービスぅ? そりゃ一体どういったサービスなんだぁ?」


「それはもう、色々と、ね?」


「へへへ! そうか色々かぁ!」




 色々食わせて金をむしり取りますとも、ええ。私のお小遣いの糧となれ。


 小汚い傭兵はすっかり機嫌を直し、ニタニタといやらしい目でこちらを見ている。


 営業スマイルを崩さず、後で念入りに手を洗おうと思った。




「それでは宿の方でお待ちしてます。表通りのヒッポグリフの看板が目印です。お店の名前は“小さな羽毛亭”、ぜひお越しを」




 事務的に言い切って身を引くと、荷物を拾おうとしゃがみ込む。


 その途中、傭兵が腰に手を回して抱き着いてきた。




「まあ、待てよ。ここでちょぉーっとサービスの前払いしてくれやぁ」




 姿勢を変えられ、無理矢理壁に押し付けられる。


 この野郎、と手が出かけるが我慢する。殴ればすっきりするが、逃げられない。


 傭兵はこちらの肩をがっちり掴んでいる。これでは手も出せない。そう、我慢、ここは我慢だ。




「それじゃあ、前払いのちゅー・・・・・・」


「調子に乗んな糞野郎」


「ぶべっ」




 手は出なかったが頭が出てしまった。傭兵の鼻っぱしを思いっきり頭突く。


 傭兵が鼻面を抑えて数歩下がった。すかさず金的をくれてやろうとしたときだ。


 目を殺気立たせた傭兵が、鼻面を覆っていた手を張りはらった。




 こちらの頬を捉えた振り払いは、メアリを弾き飛ばすのに十分な力が籠っていた。


 倒れ込みながら、失敗した、とメアリは頭の隅で思った。


 流石に戦いのプロである。不意打ちの復帰も早かった。追撃ではなく、逃げるべきだった。




「てっめぇ~~」




 すっきりはした。だが、相手を怒らせた。結果はマイナスだ。


 しかしちゅーは我慢できなかったので仕方ないのだ。うん。


 髪を掴み、無理矢理顔を上げさせられた。ちくしょう、看板娘の顔を傷つけたばかりか髪まで……! 絶対許さない。




「あんだその目は! ああ!?」


「きったない手で触んじゃないわよ糞野郎、肥溜めにでも沈んじまえ!」


「あんだとぉ!」


「うぅっ……!?」




 石畳に頭を押さえつけられた。頭蓋骨が軋む音が耳奥で聞こえた気がした。


 痛みで涙が出る。くそう、何故可愛い私がこんな目に。ただお小遣いアップの為に買い物に出ただけなのに!


 これだけやっても傭兵の気は治まらないらしい。




 横目に拳を振り上げるのが見えた。




「っ!」




 痛みを予期して目を瞑った。断じて怖かったわけではない。


 そして拳が振り下ろされ……ない。




「……?」




 違和感に薄目を開ける。傭兵はメアリではなく別方向を見ていた。


 頭を抑えつけられているのでそちらを確認することは出来ないが、傭兵の表情が困惑で固まっているのは解った。


 一体何なんだ、と思っていると、声がした。




「あの~ちょっとお尋ねしたいんですけども、身体を休められそうな場所を知りませんか?」




 若い男の声だ。落ち着いた声音でそんなことを聞いた声の主に若干殺意が湧く。


 そんなこと聞いてる場合じゃないでしょ! さっさと助けなさいよ! 爪先から変な臭いがするのよこいつ! と姿の見えぬ相手を罵倒した。




「な、何だオメエは……」


「あー……流れ者とだけ言わせていただきます。そんな身で差し出がましい事を言うのも恐縮ですが、そこの御嬢さんは貴方の縁者ですか?」


「そんなことがオメエに何の関係があるってんだ!?」




「いえ、縁もゆかりもありません。強いて言うなら、今、ここで、この場面に出くわしてしまったということでしょうか」




 全く聞き覚えの無い声なので解っていたことだが、遠回しに無関係だと断言されると焦る。


 ここで助けて貰わねば悲惨な目に遭うのはほぼ確定だ。


 痛みを堪えて結んでいた唇を開き、出来るだけ哀れな感じを装って叫ぶ。




「た、助けて……!」




 自分で思っていたよりも涙声だった。まあ、私も女の子なのだ。これで相手も助けやすいだろう。助けろ。




「てめえっ!」




 しかし、助けを求めたのが気に入らなかったのか、傭兵が再び拳を振り上げた。




「あっ、ちょっと、駄目ですよ」




 だが、メアリが目を閉じるより早く、間の抜けた声と共に傭兵の拳が止まった。




「女性に向かって暴力なんて、戦士の振る舞いではありません」


「は、離しやがいでででで!? つ、潰れる!」




 重さが消え、傭兵の声が遠去かる。


 展開の早さについて行けずに少し呆然とした。


 しばらくうつ伏せで地面を眺めていると、野太い悲鳴が聞こえた。


 思い出した様にそちらの方を見た。




「わかった! このまま消えるから手ぇ離して! 俺が悪かったぁ!」


「女性に優しく、戦士の振る舞いも忘れずに」


「いあぎっ!! はぁい! わがりまじだぁ!」




 傭兵は子供みたいに泣き叫び許しを請うていた。


 そんな傭兵を躾けるように捻り上げているのは、高価なマントを着た黒髪の男だった。




「よろしい、では行きなさい」


「ひ、ひぃぃぃ!」




 男が手を離すと、傭兵はもんどり打って走り去って行く。


 結局最期まで呆けたまま見届けるしかなかった。


 唐突な危機は呆気なく終わってしまったのだ。




「あーお嬢さん、立てますか?」




 いつの間にか男が迫ってきた事に気付かなかった。


 視線を慌ててそちらに向ける。


 男はこちらに合わせてしゃがみ込むと、優しく髪をかきあげて顔を覗いてきた。


 心臓が跳ね上がり、自覚する程首元が熱くなった。




「額が切れてますね。跡は残らないと思いますが、傷口を洗った方がいいでしょう」




 そして一瞬で血の気が引いた。




「あれ、どうかしました?」




 何故なら男の顔はメアリの比ではない量の血で赤く染まっていたからだ。


 見れば全身血塗れだった。




「お嬢さん?」




 王都西区の路地裏で少女の甲高い悲鳴が鳴り響いた。

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