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頻尿令嬢は水分がお嫌い

作者: あいしぃ

尿意で目を覚ましたことから思いついた話。

皆さんは漏らしそうになった事、ありませんか?

自分はあります……

 綺羅びやかなシャンデリア、精細に織りなされた絨毯、そして華やかな服を来た人々。ここは所謂貴族と呼ばれる人々が集う場所、パーティーの会場である。


 パーティー会場の中には一人の少女がいた。艷やかな金の髪に、薄青のドレスを身にまとう少女。その外見は会場にいる者がつい目を引かれるようなもの。しかし、まだ幼さ残るその外見とは似つかわしくない強い理性がその目には宿っている。


「あの方は今日もお綺麗ね。あのドレスはどこで仕立てたのかしら、今度お聞きしてみましょう」

「私はあの髪の手入れの仕方をお聞きしたいですわ。まるで絹糸のよう」


 少女の肩書は侯爵家令嬢。国の中枢で活躍するセレントン侯爵の第一子だ。身長は同年代の令嬢達よりも小さいが、その中身は同年代以上。倍以上歳をとった貴族達と自領の施策の話をできるほどである。


「ごきげんよう、ネルスト様」


 もはやルーティーンのように挨拶をしてくる家々の人々に対して、淑女として見本のような挨拶を返していく少女。その姿は堂々としており、幼いながらも彼女が場馴れしていることを表しているだろう。


 両親が不在の場ではあるが、それは彼女が既に侯爵家の代表として認められているという証。周囲の評価も高いことながら、その評価は決して過大評価などではないだろう。


 そんな少女を見て人々、特に若い男達は考えるのだ。あの令嬢は何を求めているのだろう、それさえわかればお近づきになれるかもしれないのに、と。


 政治の話か、それとも美しい服や音楽か、美味な食べ物か、と男たちは次から次へと彼女へ話を振っていく。少しでも彼女の気を引き、彼女の記憶に留まるために。


 しかしながら、夜会を彩る麗しき令嬢の心情は、彼女に群がる男達をよそに、


(……ああ、もう、鬱陶しい! 漏れる、漏れちゃうって!!)


 尿意一色であった。











 彼女の名はシトラ。彼女には一つの悩み事があるのだ。それは彼女が……


(は、はやく、トイレ行かないと……!)


 頻尿(・・)であるということ。


「シトラ様、どうかされましたか?」

「……いえ、何でもありません」

「そうですか? ……それでですね、我が領地でできたワインをぜひ、ぜひともシトラ様に飲んでいただきたいと思いまして」


 幼い頃から両親に連れられ、社交界を生きてきた彼女。両親は厳しく彼女を躾し、その立ち振舞は既に完成形と言っていいほど。年に似つかわしくない立ち振舞が身についている。


 しかし幼い彼女に完璧を求めるのは無理な話だったのだろう。ある、癖とでも言うべきものがついてしまったのだ。


 それが頻尿(・・)である。もはや異常とも言えるほど尿が溜まりやすい体質になってしまったのだ。


「それならば、ぜひ私のところで作った物も!」

「シトラ様はワイン、赤がお好きですか? 白がお好きですか?」

「私のところでは珍しい炭酸泉がありまして……」


(またワイン…… 口を開けばワインワインワインワインワイン! こいつらは酒と女にしか興味が無いの!? せめて固形物にしなさいよ……!)


 もともとはまだ幼い彼女が夜会という大人たちに囲まれる場から、トイレという高度なパーソナルスペースへと逃げ出すために、体が無意識のうち尿を溜めさせていたのだろう。


 しかし、幼少期ならまだしも、もう既に彼女は年頃である。それにも関わらず、その癖(頻尿)が治ることはなかった。


 茶会や夜会その他パーティー、多くの貴族や偉い人達が集まる場では必ずと言っていいほど尿意を催してしまう。それ以外の場や日常ではまったくもって普通であるのにだ。


 もちろんシトラもこの悪癖を治そうと努力はしている。毎度のパーティーへ行く六時間前から水分という水分を取らず、もはや干からびる寸前になってから会場へと赴く。これをシトラは徹底しているのだ。


 しかし……


(うう…… なんで? なんでよ! なんでトイレに行きたくなるのよ!)


 溜まるのだ、尿。もはや口に入った物がそのまま下から出てくるレベルである。どんなに体が水分を欲していても、一口飲めばチョロ…… 二口飲めばチョロロ…… 三口飲んでチョロロロ…… 膀胱に尿が溜まっていく音がする。


 じゃあ何も飲まなければいいじゃないか、となるがそうもうまくはいかない。


 この国の貴族は自領で採れた物を自慢するかの如く、相手に振る舞う文化があるのだ。そしてそれを受け取って口にするのは信頼の証でもある。


 シトラは侯爵令嬢。それ故に断れない勧めも多くはないが、自分の属する派閥の勧めは断りにくい。

固形物でさえ少しの時間で尿に変えてしまうシトラの体にとって、この文化は地獄であった。


 更には、


「やぁ、ご機嫌いかがですか、シトラ嬢」


(で、でたな、ワイン馬鹿……!)


 天敵の存在がある。


 彼の名はノルン。ハイネスト侯爵家の跡取り息子で、ワイン馬鹿である。いや馬鹿は言いすぎかもしれないが、彼が大のワイン好きであることには代わりはない。


 紫の服飾を好んで身につけ、シトラがいる夜会やパーティー全てにあらわれてはシトラにワインを勧めてくることから、シトラがつけたあだ名がワイン馬鹿。


 しかしながら、ハイネスト侯爵家の領地は国の東部の海岸部。年中を通して温暖な気候と豊富な日照量で、この国で最も良い葡萄の産地だと名高い。そんな土地を治める侯爵家の跡取り息子であるノルンがワイン嫌いなはずがないのだ。誇りと自信をもってシトラにワインを勧めてくる。


「今日はシトラ嬢のために、とっておきのワインを用意したのです。我が領地で作った最高のワイン、ぜひシトラ嬢にと思いまして、飲んではもらませんか?」


 シトラに向かい、シトラ以外の令嬢達が見れば心ときめくような笑顔で自領のワインを勧めるノルン。


(くっ…… このワイン馬鹿、また私にワインを飲ませようとしてるのね……)


 そんなノルンを前にしてシトラの心情はよろしくない。


(ワインなんて飲んじゃだめ、固形物ならまだしも液体は駄目よ……)


 ノルンが持ってきたのは小さなボトルに入った赤ワイン。通常のワインボトルと比べて遥かに小さいそれには"シャイン・ハイネスト"というラベルが見える。


 このシャイン・ハイネストというワイン、ハイネストの名を冠しているのにふさわしい素晴らしいワインであるということは彼女自身も知っている。素晴らしいワインは膀胱への攻撃力が高いことも。


「まぁそうですの、嬉しいですわ。ですが、今日はもう既に皆さんからたくさん頂いたのです。ノルン様には申し訳ないのですが、またの機会に……」

「シトラ嬢、私は今日という日のためにこのワインを用意したのです。葡萄の選定はもちろん、熟成環境や樽、ラベルデザインに至るまで全て私が関わっています」

「そ、そうなのですか…… それは素晴らしいですわね」


 ワイン馬鹿は引かない。毎度のことながらレディに無理に酒を飲ませようとするんじゃねぇとシトラは心の中で舌打ちする。表情には出さないが、頭の中はどうやって断ろうかと考えを巡らすのが二割、尿意が八割。


「で、では、家に持ち帰って飲ませていただくというのは……」

「持ち帰っていただくためのものは別に用意してあります。しかしこの小瓶だけは私が瓶詰めしたもの。ぜひとも今ここであなたが飲むのを見たい」


 飲んだら漏らす。それがわかっていてワインを飲む女がどこに居るというのか。


 もはやシトラの目には目の前にいる美丈夫が尿の悪魔にしか見えない。手に"尿の素"と書かれた瓶を持って、『漏らせ…… 漏らせ……』と言いながら瓶を差し出す悪魔。


(あ、悪魔よ…… 尿の悪魔……)


 そういうプレイが好きなのか、そんなのは婚約者にしてもらえ、と叫びたいシトラ。シトラの尿意とそれを抑える理性の間で揺れる膀胱。いやただ単に、もう漏らしそうで震えているだけなのか。


「シトラ嬢のためにこのグラスも用意したのですよ。このシャイン・ハイネストの色と香りを最大限に引き出してくる、当代一のガラス細工師の作品です。これも差し上げましょう」


 このままではワインを飲んで盛大に漏らすだろう。どうする、どうやって断ればいい…… 既に限界が近いシトラと膀胱は目の前の悪魔から逃れる術を必死に探す。


「……あ!」


 そしてシトラは思い出せた。この眼の前に居るノルンが他の令嬢たちにはワインではなく、葡萄のゼリーを振る舞っていた事を。


「ノ、ノルン様? 私、ノルン様が他の方々には葡萄のゼリーを振る舞っていたのを見てましたの。もし良かったら、私にもお一つくださいませんか?」

「ゼリー? あ、ああ、あれか、あんなもので良ければいくらでも…… しかし、それよりもこのワインをですね……」


 やはりワインを勧めるノルンを押しのけゼリーの乗った皿を手に取るシトラ。急に動かされたゼリーはその深紫の体をぷるんと震わせる。


(う、やっぱり水分多そう…… でも純粋な液体じゃないなら下に来る(尿になる)のも遅いはず……!)


「で、では、いただきますわね」


 弾力のあるゼリーの体躯を銀のスプーンがすくい取る。ふるふると揺れるその様子はまるで踊っているよう、はねた果汁は辺りに芳醇な香りを振りまいている。


「ん、んん…… おいしい……」


 新鮮な葡萄の果汁がふんだんに使われたそのゼリー。ハイネスト家が誇る葡萄を腕の立つ料理人が丁寧に仕立てたそれはシトラが食べたゼリーの中でも一番といっていいほど美味しかった。




 ……それ故、力が抜けてしまうのも仕方がないのかもしれない。


「あ……」


 ほんの一瞬、一秒にも満たない刹那、シトラは尿意の制圧に掛けていた力を抜いてしまった。


 その結果もたらされるのは違和感、股間に感じる違和感……


「あ、ああ……」


(やってしまった…… しかもこんなにも人が多い所で…… う、うぅ…… もう笑うしかないです…… ふふふふ……)


「うふ、うふふふ……」

「……シトラ嬢?」


 突如笑い出すシトラを不思議に見るノルン。しかしシトラに反応は無く、その目はこちらを見ているようで見ていない。


 しかし、その身から溢れ出る色香は増し、周囲で様子を見ていた男たちは儚げに笑うシトラから目が離せない。


「美味しかったです、葡萄ゼリー…… では、私はこれで。うふ、うふふふ……」

「あ、ま、待ってくれ、シトラ、嬢……?」


 静止の手を得も言われぬ美しい笑みでもって振り切り、シトラは出口に急ぐ。


 そのまま誰にも引き止められる事無く、会場を去るシトラを見た男たちは「なんか今日のシトラ嬢、色っぽかったな……」と脳内で反芻するのだった。
















「ノ、ノルン様…… 元気をだしてください。今日は口にしてもらえたではないですか」


 座り込むノルン。その手にはシトラが受け取らなかったワインの小瓶が燭台の放つ光を反射してその形をかたどる。


「……ああ、ワインではなくゼリーを、な。しかも一口…… たった一口……」

「進展したでしょう、今までは一口も口にしてはもらえなかったのですから」

「……そうだな、我が領地の中で最も上質な葡萄を集め、作ったワイン達がな。ハイネスト領が国、いや、この大陸の中でも最も良い葡萄の産地であり、そこに住む何十年とワインだけを作り続けてきた職人たちも絶賛する、正真正銘この大陸一番だと誇れるワインが受け取ってもらえもしなかったのにな…… 進展したよな……」

「そうです、進展したのですよ」

「そうだな! 大陸一番の、他国の貴族どもも求めてやまない、求めれば家一軒を手放さなければならないような価値の至高のワインがな!! ……シトラ以外のための単なる葡萄ゼリーに負けても進展は進展だよな。進展、だな…… う、うう……」


 ワイン馬鹿ことノルンは嘆く。


「な、泣かないでください…… 次があります。ちゃんとシトラ様が参加なさる会の情報は調べてあります。次はファウスト公爵主催のパーティーに参加されるようですよ」

「少食だって聞いたから、ちゃんと小さいボトルで用意したのに……」


 自領で取れる葡萄の最も良い使い道がワインだと信じて疑わないノルン。それだからこそシトラがワイン、というか水分を求めていないことに気づけない。


「で、ではゼリーを口にしてもらえたのならば、干し葡萄などはどうですか。あのようなものでもハイネストの葡萄で作れば良い贈り物になるはずです」


 必死にノルンを慰める付き人。彼はノルンが生まれた時から世話をしている。最近の仕事はもっぱらシトラ嬢の動向を調べてノルンに伝えること、もしくはシトラにワインを受け取ってもらえず悲しむ主を慰めること。


「あんな庶民の食べものをシトラ嬢が口にするわけなかろう…… やはりワインだ、ワインでなければ我が領地や私の良さは伝わらない……」


 彼がこだわる夜会での贈り物文化。それはもともと土地的に離れた貴族同士が婚姻を結ぶ際に、自領の文化や食べ物でアピールをしたことが始まりだったりする。贈り物を口にしたり、受け取ったりするのは"あなたに興味があります"といった気持ちの表明だったのだ。それを考えればノルンのしていることはあながち間違ってはいないのかもしれないが……


「……次は絶対に飲んでもらう!」

「その意気です、ノルン様」


 懲りずにワインを贈ろうとするノルン。彼はこれからもシトラにワインを飲ませようとし続けるだろう。


 頻尿令嬢シトラとワイン馬鹿ノルン。二人の明日はどっちだ。







「なんで我慢すると気持ちが良いのかしら……」

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