最悪の任務
ゾンビが溢れる終末の世界を旅するのは寝る前の妄想の定番ですが、それを小説にしてみました。
人類は20万年前に誕生して以来、長い年月をかけてテクノロジーや思想、政治を進歩させてその数を増やし地球上で最も繁栄した種となった。しかしその繁栄は2027年に終わりをつげた。
2026年、人類で始めて火星に降り立った宇宙飛行士が地球に帰還した。彼らは火星の氷や地層のサンプルを持ち帰ったが気づかぬ内にもう一つ地球に持ち込んだものがあった。火星に生息していた細菌だ。
それが初めに宇宙飛行士に感染したとき、細菌は人に害を及ぼすものでは無かった。そのため地球に帰還した後、しばらく彼らに異常は見られなかったが、あるとき突如人を襲い始めた。
火星の細菌は地球の環境によって変異し、人間の身体を支配し他人に噛みつかせて自己の増殖をする性質を獲得した。
感染者が人を襲い感染者を増やす。増えた感染者も更に人を襲い、世界中で爆発的に感染が拡大しパンデミックが起きた。日本もその例外では無かった。
パンデミックの発生から2年が経過した2029年。世界中の国家は崩壊し人類のほとんどのは感染者となったが一部感染を免れた者たちもいた。
日本の愛知県新城市の山間部に位置する作手村は周囲にを険しい山と河に囲まれ、感染者の侵入を防ぎやすい地形だった。そこで生き残った人々はその周囲を柵で囲み道路を封鎖し安全地帯を作りコミュニティを形成した。安全地帯は主に自衛隊員の生き残りによって主導され、コミュニティを指揮しているのも自衛隊だった。
新枝恭司は作手村のコミュニティに住む生存者の1人だ。コミュニティに住む人々には一人ひとりに役割が与えられている。農業や狩猟、建設、警備など様々な役割があるが彼の役割は偵察だった。安全地帯の外に出て周囲に感染者が迫っていることや生存者などを見つけ報告することが彼の仕事だ。
偵察をする際に使用される乗り物は自転車だった。それにはいくつかの理由がある。
1つはガソリンを消費しないこと。一切の石油の供給が絶たれた世界でガソリンは希少な資源であり、コミュニティに残されたガソリンも僅かだった。
1つは音が出ないこと。ガソリンエンジンを用いる自動車やオートバイの出す音は感染者に見つかる危険が大きい。
1つは入手や修理が用意であること。自動車やオートバイを修理できる人員は限られている。
偵察は必ず隊で遂行される。人を襲う感染者が溢れる外の世界中での単独行動は危険過ぎるからだ。隊員は新枝を含めて4人いる。
1人目は自衛隊員の炭田武30歳。銃火器の扱いに長けているため、感染者から隊員を守る役目を担っている。隊の指揮をとっているのも彼だ。
2人目は元自転車店員の稲垣義徳25歳。メカニックを担当しており自転車にトラブルがあったときに修理するのが役目だ。
3人目はブルーノ・セナ、27歳。ブラジル出身で体力に優れている為偵察隊に任命された。
4人目が新枝恭司、29歳。以前までは警備を担当していたが、1人の隊員が感染者に襲われて死んだので代わりに選ばれた。大学時代にサイクルロードレースの選手であった経験を買われたのだ。
偵察隊員の自転車はスポーツタイプのものが使われた。長距離の移動に適していることや、感染者から逃げる際に速い方が捕まり難いからだ。また、道が荒れているので太いタイヤを履けて、荷物を積む為の荷台が取り付けられるものが選ばれた。
新枝が乗るのはSURLYのクロスチェックというアメリカ製の白いシクロクロスバイクだった。頑丈でしなやかなクロームブリテン鋼フレームにカンチブレーキ、35cのブロックタイヤを装備したものだ。
炭田が乗るのはGIANTのタロンという台湾製のアルミマウンテンバイク。稲垣はCANNONDALEのトップストーン。アルミ製のグラベルロードだ。セナはGIANTのエスケープというクロスバイクを使う。
10月のある日、新枝はいつものように他の偵察隊員と共に格闘の訓練をしていた。偵察の任務がない日の隊員は感染者に襲われる際に備えた格闘訓練や自転車を操る訓練などをすることになっている。
左足を前に出して半身に立ち、腰を低くして両手で折り畳みスコップを構える。その状態から突き、振り下ろし、横払い、柄での殴打の素振りを繰り返す。感染者との白兵戦で用いられる武器はスコップやナタ、オノなどのある程度の重量と切れ味のあるものが適していることがわかっている。感染者の活動を停止させるには脳を破壊する必要がある為、頭蓋骨を破壊できる重さと切れ味が必要なのだ。
彼が使うのは元々自衛隊で使われていた折り畳みスコップで、ヤスリで削って刃をつけてある。炭田と稲垣はナタ、セナはバールを使う。
自衛隊員である炭田が格闘術を彼らに指導している。武器の次は徒手格闘の訓練だ。2人一組になって打ち込みをする。一人が感染者の役をしもう一人がそれに技をかける。感染者の動きは掴むことと噛みつくことだけなので人間よりも対処はしやすい。
今日の訓練はセナと組むことになった。セナが感染者役になりこちらに腕を突き出して腕を掴んでくる。右腕をセナの左脇に差し身体を回して彼の身体を腰に乗せ、腰を上げて投げる。大越と呼ばれる柔道の投げ技だ。始めはできなかった何度も練習して習得した。セナは受け身をとって転がった。
「大分うまくなったなあ」
立ち上がりながらセナが言った。
「さんざん練習したからな」
炭田は最も遅く入隊し、他の隊員よりも格闘技術が未熟だった新枝を厳しく指導した。その甲斐があって、今まで何度か感染者に襲われることがあっても生き延びることができた。炭田は厳格な性格で、隊員が危険な行動をするたびに厳しく叱っていた。だがそれは隊員の命を預かる指揮官としての責任感からくるものであり皆そのことを理解している。
隣では炭田が感染者役になり、稲垣が小内刈りをかけようとしていたが、稲垣が足を払おうとしても炭田はびくともしなかった。
「おい、最も腰を下ろせ。重心を低くするんだ」
炭田が注意する。
その後稲垣はなんとか足を払おうともがいたが結局失敗に終わった。
「すみません」
「そんなんじゃあ感染者に襲われたときにすぐに噛みつかれてお前も感染者になるぞ。もっとよく練習しろ」
やはり厳しい。そんな様子を眺めているとふと小さな影が横切った。鳥かと思って上を見ると鳥ではなかった。
風船だ。風船が風に吹かれて地上7m位を漂っている。そしてそれにはビニール袋か括り付けられていた。風船は40m位先に落ちた。
「見てみます」
稲垣がそう言って風船のもとに駆け寄り、拾い上げる。そしてビニール袋から何かを取り出した。
「これ、手紙みたいです。」
そう言って稲垣はこちらに見せた。そこにはノートを切り取った紙にこんなことが書かれていた。
この手紙を拾った方へ
私達は岐阜県美濃市牧谷村にいます。ここには十分な食料と安全な場所があります。ここでは生存者が助け合いながら暮らしています。困っていたらここへ来てください。
牧谷村より
「マジかよ」
セナが言った。
「おれは本部に報告する。お前らはここで残って練習だ」
炭田そう言うと手紙を持って本部に向かった。
「なあ、もしかして俺らあそこに行かされるんじゃね?」
セナが言う。
「ここからが美濃市まで100km以上あるんですよ。今までそんな長距離の仕事は無かったですし、それは無いと思います。」と稲垣。
確かにそんな長距離の移動はあまりに危険だ。しかし今の作手村では食料や衣料、燃料、薬などあらゆるものが不足しているのが現状だった。上の判断次第では行かされても不思議は無いと新枝はおもった。
しばらくして炭田が戻ってきてこう告げた。
「3日後に岐阜県美濃市牧谷村に向けて出発する。準備しろ」
全員の顔が引きつった。
読んで頂きありがとうございます。もし気に入ればブックマークや評価、感想等お願いします。