エピソード8.(彼視点)【完】
最終話です。最後までお付き合い、ありがとうございました!
『運命』 は自分の手で切り開く。
そうやって、何もかものすべてを運命という名で拾い上げて。
――それで?お次は?
「違腹の子!?」
あれから、直ぐにアメリアが引き連れてやってきた私の騎士団にジョアン達を任せて、王宮で治療を受けた。血まみれのまま公に帰るわけにはいかず、異国の客人達を引き連れて抜け道を通ったのはやむを得ないとはいえ失態といえる。
彼らが帰った後は、あの道を塞いでまた別のルートを作るほかない。
医者には、火器でのかすり傷とはいえ、大量に出血をしたので安静にしているのが良いと言われたので、現在、私室のベッドへ横たわっているのだけれども。
どうして、私室に招き入れてしまったんですがねぇ……うちの従者は。ああ、頭が痛い。
「しーっ!声がでかい」
「ごっ、ごめんなさい」
すっかり緊張感を無くしてしまったレディたちの会話にも。
まともに話が出来そうな人物が見当たらないのが、負傷した腕よりも痛いのだからここは早く話を終わらせて帰って頂くほかない。
そもそも、こうしてペースを乱されるのは嫌いだから、誰も私室へ入れたくはなかったのに。
「つまり、シルヴィオさんと特使殿は血の繋がった兄妹だったという事ですね」
「ええ。はい、その通りです。あの時は、つい取り乱してしまいまして」
申し訳ございません、とシルヴィオが頭を垂れる。私としては、特に弊害もなくそういった事実を知っただけの話ですが。……ふむ。
「母君はどういった方なのですか?」
「既に鬼籍に入っておりますが、母はその昔有名な踊り子だったようで、たまたま王宮で踊りを披露した際に殿下に見初められたと聞いております」
「そうですか」
どうりで、顔立ちが整っていると思いました。
そう。シルヴィオは、数時間前の争いの時に被っていたヴェールを剥がされた時から、ずっと素顔を晒し続けたままだった。その顔立ちは、きりりとしており清潔感のある好青年といった具合で、短い髪があの方と同じ白金色をしていた。
――ですが。
あの方と同じ、蒼い瞳に白金色の髪だとしても、やはり私の心には響かないものですね。
あの方じゃないと駄目なんだと、心の根底に住む私が首を振る。あれだけ拒絶されて、説得されて、あの時点で諦めたはずなのに。
どれだけ、望もうとも決して手が届かない。
いや、届いてはいけない存在であるというのに、私はいまだに渇望している。
「ヒューバート殿下?」
「ああ、すいません」
あの方を思い出すといつもこうだ。
ぼんやりしてしまった事を詫びて、トーマスが淹れてくれた体が安らぐといわれるハーブティを一口飲み込む。
少し癖のある風味は、飲めば飲むほど味わいがある。なるほど。先程まで、慌ただしかっただけに少しは気分も安らぐような気もする。肩の力も抜けそうだと、もう一度口にふくもうとしたら、異国の姫君が愕然とした顔付きでこちらを凝視している事に気が付いてしまった。このまま、無視するわけにはいけないか考えてしまったのは仕方のないこと。
「どうしました?」
しかしながら、いずれ誰かが気付くだろうし、ここはもう早く聞いておいた方が良さそうだと判断して声を掛けた。
「や、やはり、お前は……シルヴィオが欲しいのか」
何か、微妙にニュアンスがおかしい気もするけれども。
「欲しいか欲しくないかでいえば、欲しいです、けれど?」
性格も良く理解力も備わっている、それに容姿もアメリアに負けず劣らず整っているし、身分もそれなりに把握出来た。となれば、シルヴィオをアメリアの婿として引き取らせてくれるのなら、地位もそれなりのものを付ければ良いだけのことだろう。
それは、実に話が早くて助かりますが。
「……」
どうして、そこまで顔を引き攣らせているのかが分からない。
「あの、エトワールさん?どうされましたの?」
もはや、私だけではなくアメリアでさえも気付くレベルなのだから、彼女はまた、相当周りが見えていない状態になってしまっているに違いない。もう何度目になるか。彼女の頭の中で、一体何が起こっているのか想像すら出来ない。
「こういう時って、どうされているんすか?」
皿の上に綺麗に並べたスコーンを机に置いたトーマスは、面白がっているようでニヤニヤとしている。
「いつもは成り行きを見守っているのですが。あ、あのぅ、ひっ、姫殿下?わ、わわわわわたしの譲渡の相談とか嘘ですよねぇえ!?」
「ははっ、取り乱しすぎ」
それに拍車をかけたのは、どこのどいつでしょうね?と、まあ、言いたい事は山ほどありますが。
「シルヴィオさんは落ち着い」
「ええいっ!!女のわたしが男に負けたのは悔しいが、これがお前にとって一番の幸せであるのならば受け入れてやる!お前に、シルヴィオをやろう!」
「……」
勢いのまま席を立って、しかも涙目で暴言を吐かれてしまった気がする。それに、人に指を差すのは失礼なので止めてもらいたい。
彼女の言葉に、室内の空気が固まったのは言うまでもなく。
「……」
彼女の言葉の意味を考えなければ――と。外野はさておき、とにかくそれだけは理解した。
「えぇっ、ええええええええっっ!?」
「くっ!シルヴィオ……幸せにしてもらうんだぞ」
「なっ、ななななななっ!」
「あーもう、シルヴィオうるさい」
「え?ちょっとお待ちになって、え?」
「ぷっはははははっ!お姫さん、さいこーっ!!あはははっ!」
「トーマス」
「へーい。っぷぷ、すいませーん」
全く反省が見えない従者にため息をはき出して、いくつかの疑問を口にする。
「聞き間違いかと思ったのですが、シルヴィオさんを私に譲る事が『お前にとって一番の幸せ』だとおっしゃいましたか?それに、何か壮大な誤解をされていらっしゃる気がするのですが?」
どうして、そうなったかが分からない。けれど、彼女が大きな誤解をしているのは違いない。
すると、特使殿は満天の夜空のような髪を揺らしながら、不思議そうに首を傾げた。
「だって、お前の好きな相手とはシルヴィオの事なんだろう?」
「……」
ここで絶句して、誰に責められようか。
今度こそ笑い死ねば良いのに、と思うほど腹を抱えて笑い出したトーマスを放っておいて、両手で口を押さえたアメリアと目が合う。
「嘘ですよね!?嘘ですよね!?ひっ、ひぃひひひひめでんかぁ、う、うそだって言ってくださいおねがいしますぅ!!」
「ああもう、シルヴィオうるさい」
彼女は、どれだけ自分が爆弾発言をかましたのか分かってないのか。幾分か、多大な勘違いをされているシルヴィオにも同情を寄せてしまう。
彼女が私に好意を持っているという事は分かっていたが、己に忠誠心を捧げる従者を、しかも血の繋がった兄を、恋敵としてみていたのかと思うと憐憫の情すら湧いてくる。
まあ、私も勝手に思い人を邪推されていましたが。
「全くもって遺憾です」
そこは、断固否定しておくべき部分か。
「えっ!?ち、違うのか!?」
「あ、あのね……エトワールさん、お兄様は」
「確かに、私には想い焦がれている人がいるのは事実。ですが、それはシルヴィオさんではありませんし、この国の人間でもない」
妹に気を遣われて下手なことを言われても拙いので、そこだけははっきりと断言しておく。私室なので、誰も聞き耳を立ててはいないだろうが、万が一でもあの方に何かあれば、私の計画を阻止したそれこそあの悪魔のような王弟の子息から必ず何かしらの報復がくると考えて間違いない。
厄介な事に、あの方――彼は隣国の宰相のご子息で。しかも、王弟の子がずっと執着している相手であるのだから。
けれど、今の私にはまだ力が足りないだけだ。
怪我を負って、力の入らない左手で拳を作る。
――もっと、もっと力を手に入れる事を誓って。
「何だ、そうだったのか……思い違いをしていて申し訳ない。でも、やはりお前には想い人がいたのだな」
そこで、明らかに肩を落とされた所で慰めなど言うつもりなどない。
「そこは否定しません」
そう言ってやると彼女は、はぁと大きくため息をはき出した。
「そっか。両替商の不正を暴いて、お前に認めてもらおうと躍起になって……最初から、わたしの無駄な努力だったのかもな」
「そんな事はありませんわよ。現に、エトワールさんがおっしゃったように、両替商の方が何かとんでもない悪事を働いていた事は事実ですし」
ねぇ、お兄様?とアメリアに言われれば、頷くしかない。こういった優しい面はアメリアの美点だが、私にまでそれを求められても困る。
「っていうか、そもそもどうやってお姫さんはその事を知ったっスか?」
そろそろ新しいお茶が欲しいと思っていた所へ、香りだつ湯気が揺らぐお茶を差し出してきたトーマスが首を傾げた。笑い死ぬ事はなかったか、非常に残念。
「はい、熱いので注意してくださいっス」
「おお、すまない。わたしが何故、両替商が悪人だと知っていたのかというと、あれはわたしがこの国に着いた時――」
語られた経緯は、彼女独自の見解も含んでいたが概ね理解出来た。
「そうでしたの。その、ドムクという少年を見つけない事には謎は深まるばかりですわ」
「そういった処理は、全て私の領域内です。アメリアはさっさと忘れて学業に集中しなさい。それに、異国の方も」
これ以上、関与しないよう警告の意味も含んで話を断ち切る。
「分かったのなら、お国へ戻られた方が宜しいのでは?」
そうして、目配せしておいたトーマスから一枚の手紙を差し出した。
「こ、これは母上様の」
姫君が、受け取りながらも口元を引き攣らせる。それもそのはず。なにせ、彼女にとってその封筒は見覚えのある金縁があしらわれており、蝋印も紛れもない自国のマークなのだから。
トリエンジェは、砂漠の大国であると同時に女王の国としても有名だ。なので、彼女が母上と言えば必然的に――
「……っ」
封筒を開けて、目の前で手紙を読み始めた姫君の顔が次第に青ざめていく。
アメリアやシルヴィオは、その様子にハラハラしているようだが、トーマスに至っては視線だけで物を言ってくるので軽く睨み付けて黙らせた。
まあ、お前の言う事は分かりますよ。確かに、彼女と初めて会った際にトリエンジェの女狐に出し抜かれた事はまだ根に持っていますが、それが何か?
要は、彼女を特務大使として扱う間、他国より先に天然資源の交渉権を与えるという横柄な取引を受け入れたのだ。
そのお返しと言ってはなんですが、少しばかり姫君の名を売っただけではないですか。
なにせ、単身で婿捜しに出るような姫なのだから、さぞお困りの事だろう、と。だから、私は悪くない、という気持ちを込めてもう一度睨み付けてやる。
「ふぇっ、ひ、姫殿下、な、なんと書かれて」
「即刻、帰ってこいとの仰せだ」
どういう風に書かれていたのかは不明だけれども、彼女は納得がいかないようで、険しい表情で首を振った。
「へっ?あ、……そうですか」
「明らかにホッとするな!」
そりゃあ、シルヴィオにとっては朗報でしょうね。これだけ動き回る姫君の後をついて回るなど、確かに肉親じゃないと出来ないだろう。
「行きは寄り合い馬車を乗ってこられたのでしょうが、帰りは既に用意させていますので荷物がまとまり次第、どうぞお申し付け下さい」
ああ、清々しい。感動で、思わず顔を緩めれば。
「くっ!わたしは、また直ぐに戻ってくるぞ!絶対に!お前が誰を好きでも、星は全てを知っているのだからな!」
顔を真っ赤にした姫君が、負け犬めいた言葉を吐いた。せめて、天の啓示ではなく、自分の意志だと伝えるようになれば、考えなくもないのですが。……いや、ないか。
そうして、私を振り回した異国の姫君達は最後まで慌ただしく翌日には帰って行った。
「――続いて、両替商の件ですけど」
穏やかな陽気を浴びる時間帯。
トーマスがお茶の準備をしながら、いつものように今日までの知り得た事柄を口にする。ある意味、お決まりになってはいるけれど決して推奨しているわけではない。
「何か分かりましたか?」
ただ、こいつに言ったところで、直す気はないだろう。……いい加減、主従のあり方を教えるべきなのかもしれませんね、全く。
「取引き相手の事は全く何も。ただ、調べたところ、木炭と硫黄を大量に購入していた形跡がありますね。……だーけど!」
「それがどこにも見当たらない、と」
「です」
なるほど。それ以外にも、取り調べをしていると、以前から鉛や銀製品の横流しもしていたようだし。既にあちらへ渡った後だと考えて良さそうだ。どういう用途で使うのか、調べてみるべきでしょうね。
「……あの女は何か話しましたか?」
「いーえ!こちらは、殿下じゃなきゃしゃべりたくなあーい、の一点張りっス」
やはり、こちらは近々きちんと話をしなくてはいけない、と。けれども、自ら捕まったとはいえ、捕らえられている以上はどちらが上であるのかという事を教えるべきか。それに、彼女と共にいたあのローブの人物の足取りも掴めてないので聞き出したいというのもある。
「……分かりました」
やれやれ。せっかく、五月蠅い面倒事が減ったというのに、こうも仕事が増えるとは。トリエンジェの姫君も、厄介なものを置き土産にしていったものだ。
いつの間にか『婚約者殿』から、ちゃんと私の名前を呼ぶ夜の珠玉を持つ姫君を思い出して息を吐く。
ようやく現実を見てくれたのは助かりましたが、本気になられても困るのですけどね。
「……」
さて、数ある婚約者候補たちをどうやって捌いていくやら。彼らもトリエンジェの玉座に座るチャンスがあるのは理解しているので、容易に縁談を諦めない事でしょう。
二度とこの国へ来ないことを祈るばかりです。
はあ、ともう一度息を吐きだし、国内の小さな案件についての書類に署名をした所で、扉からノックが響いた。
「はいはい、っと……おおぅ!これはこれは!ドラクロワ様」
トーマスの珍しい来客が来た事への驚きの声を聞くと同時に時計を見れば、そろそろ休憩の時刻だった。
「トーマス、休憩にします」
「はーい!ささ、入って下さい、どうぞこちらへー」
その顔でニコニコしても、子供には恐がられますよ?と言っても、元来子供好きなトーマスには全く効かず、私の一番末の弟をソファーまで引っ張ってくる。それに合わせて、移動すれば。
「さて、と」
普段からここへ来る事のない弟は、どこか居心地が悪そうで真正面に座った私の顔を、怖々と何度も見ては俯いた。
「久しぶりですね、ドラクロワ。少し背が伸びましたか?」
「……」
おや、だんまりですか。これでも、長兄として弟妹たちの様子は、逐一報告させているのですが。
「それにしても、相変わらずあなたは私の」
「あ、兄上!本日は、どうして僕をここへ呼んだのですか?」
そう言った幼い顔は、どこか困惑を見せていて。
思わず、ふふっと笑ってしまった。
「弟妹とお茶をするのに、何か理由が必要ですか?」
「だ、だって、僕だけって。ア、アメリア姉様もいらっしゃらないのに」
「アメリアは、しばらく学園で勉強に励んでもらおうと思いまして」
何か不都合でも?と、笑って首を傾げれば、上目遣いに首を振る。
ああ、なんて。
「そういえば、先日まで異国の姫君が王宮に滞在していたのですが、会いましたか?」
なんて、醜い――――
「……いいえ」
「そうですか、それは残念。あなたに会えば、彼女はきっと驚くだろうと思ったのですが」
「っ!」
やっぱり、か。
「……」
この弟は、虫も殺せないぐらい気弱な守られるべき子供だと見せて、本当は腹の内に毒を吐き散らす蛇を飼っている。迂闊に甘やかせば、その狡猾な手口にやられてしまう。我が愚妹のアメリアのように。それを悟らせないようにしていても、同じ人種には分かるのに。
「な、なにを、おっしゃっているのか、僕には……さっぱり」
「どうしました?顔色が悪いようですね?ああ、何か勘違いをさせてしまいましたか?私はただ、あなたは私と髪色も顔立ちも似ているので、よく家族から言われているようにミニサイズの私がいたら驚くのではないかと言っているだけですよ」
「……そ、そうでしたか」
いつまで、とぼけていられるか見物ですね。
「さあ、今日はあなたの好きなお菓子を作らせました。たくさん、食べて下さいね」
今回の事の発端は、彼女が初めて会ったのは、紛れもなくこの弟で間違いない。
どこから聞きつけたのかは分からないが、彼女がクルサードへやってくる事をいち早く聞きつけた弟が、私を引きずり下ろそうと企んだものの、彼女は見事に勘違いをして、その結果が両替商の不正発覚へと繋がった。それが、今回の事のあらましという訳ですが。
まさか、それがこんな大きな問題になるとはね。
珍しくここまで焦っているのは、本人もこれは予想だにしていなかった――のでしょうが。
「悪人はどこにでもいるとの事ですし、悪戯も大概にしなければね」
けれども、まあ。こうして、お灸を据えるのも兄の役目という事ですね。
「っ、な、何のことだか……あはは」
笑いながらも明らかに汗を流す弟に、私もふふっと笑い返した。
……という事で、続きます。打ち込みながら、あれ?雲行きが怪しいぞ?と思わなくはなかったのですが。
外伝は、気長に続けていこうかと思っていますのでお付き合い頂ければ。
それでは、お次は本編です!きっとお届けできるのは来年になるはず。執筆、頑張ります。