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とある王子の憂鬱なる日々  作者: 九透マリコ
幾重の星ノ物語
6/28

エピソード6.(彼視点)

ありがとうございます!


 人間は、常に何かを考えずにはいられない。

 それがもはや、最大の悲劇だ。




 驚いて、振り仰いだ大きな黄金色の瞳とかち合う。その、まるで猫のようにまん丸になった瞳が強く訴えかけてきたので、敢えて無視を決め込めば。

「っぷは!」

 常人ならざる力で引き離された。ああ、そういえば初めて会ったあの時も女性では開けられない扉を簡単に押し開いていましたか。

 なるほど。彼女は、ヒト科ではないのかもしれない。

 真面目にそんな事を思いながら見下ろせば、顔を赤く染め上げて距離を取られた。

「なっ!ど、どうして、お前がここに!?」

 まるで、亡者に遭遇した時のような反応をされてしまったけれども。失礼な。

「簡単です。ずっと、あなたとアメリアの後ろを付けていたので」

 そもそも、どうして二人きりだけで自由に行動出来ると思っているのか。許可は出したけれども、自由に動き回って良いとは言ってはいない。

 体をずらして、彼女と同じようにシルヴィオに後ろから口を塞がれた状態のアメリアを見せれば、特使殿は明らかに途方に暮れたようなため息を吐き出した。

「な、なんだ……シルヴィオも来ておったか」

「ふぇ、ひどいです!私が、今までどうやって堪え忍んできたのかお分かりにならないでしょおっ!?」

 相変わらず、主を目の前にするだけで従者然とした姿勢が半減するシルヴィオにはもう慣れてしまったが、実はこうしてしゃべりに興じている時間などない。

「とにかく、逃げますよ!」

 数人の慌ただしい足音が近付いてくるのが分かっていたので、彼女の手を取る。

「なっ、まっ!?」

 ここが、何も問題が起こらないような場所であるなら、偶然を装って顔を出しても良かったのかもしれないが。彼女達を追いかけていた偶然とはいえ、同様に聞き耳を立てていた話があまりにも不穏過ぎて厄介そうである事には違いない。

 それに、きっと見逃してくれるはずもありませんね。

「しっ!大人しくついてきてください」

「っ、わ、分かった!」

 大人しくステラ学園に行くのかと思えば、行き着いた先は両替商の店。しかも彼女は、はなから両替商の連中が犯罪に手を染めていると分かっている様子だった。それだけでも驚くべき事だったのに。


 ――まさか、本当に悪事を働いていたとは。


 もしかして、これも星の導きと呼べるものなのでしょうか?いや、馬鹿な。異国の星詠みがここまで他国の犯罪を見抜く事などないはずだ。

 元来た道を右へ左へ曲がりながら走って進む。前を行くアメリアはシルヴィオがきっちり誘導してくれているようなので問題はない。あるとすれば、空いた手で帽子が脱げないよう押さえながら走る異国の姫君の方だろうか。

「二手に別れます!」

「えっ!?り、了解しました!」

 先を進むアメリア達にはそのまま帰る方向へと進んでもらい、こちらは途中で左に折れる。

「待ちやがれ!」

 案の定、単純な追手は曲がった私たちの方に誘導出来て一石二鳥の運びとなった。

 これで、アメリアの無事は確保できたのでホッとする。特使殿に自国で置いて行かれたのにも関わらず、わざわざこの国まで遠征してきたシルヴィオならば、きっとアメリアの事も最後まで守ってくれるに違いない。何せ、彼は己の主人が関わらない限りは真面目で優秀なのは一目で分かっていたのだから。その真面目さ故に、異国の姫を不当に扱う事は出来ないはずだ。

「ちょっ、これから、どうするっ、つもりだ!」

 ――なんて。悠長に考え事をしている場合ではありませんね。

 手を引かれながらも、まだ余裕がありそうな特使殿はひとまず置いておいて。後ろから追いかけてくる男二人を視界に入れる。

「あそこだ!居たぞ!」

「くそっ」

 悪態をつきながらも執拗に追いかけてくるのは、指示した者への忠義か、それとも。

「余程、後ろめたい事情があるからか」

 少しだけ足を緩めて、彼らに接近を許せば顔をにやつかせて勢いを増してきた。

「お、おい」

 そうする事によって、当然、異国の大使の顔に不安が浮かぶ、が。

「……」

「っ!!」

 彼らには見えないように人差し指を口元に当てて、口を噤むようにと促す。

 申し訳ありませんが、今はあなたの相手をしている暇はないのでね。

 急に顔を赤らめ視線を逸らした特使殿に笑みを湛えて、再び追手に視線を向ければ、彼らは先程よりも一段とこちらへ近付いてきていた。

「逃がさねぇぞ!」

「へへっ、やっと力尽きてきたか!」

 単純に自分たちの好機と見ている彼らに、思わず冷たい視線を送ってしまいそうになる。

 やれやれ。これだから、下劣な者は。

 何とかため息を飲み込んで、今度は視線が混じり合うようにゆっくりと振り返ってみせた。

「余裕ぶっこきやがって!どこのお貴族様か知らねぇけど、これも運の尽きと思いな!」

「あの場所に居たのが悪いんだからよ!」


 ――なるほど。


 ここまで罵られるのは久しぶり過ぎて、つい笑ってしまいそうだ。というのも、ミュールズに留学する前までは、定期的に寝所に暗殺者が忍び込んでくるので返り討ちにしてきたのだから。彼らは一様に、私が死ぬ事は『運の尽き』だと口にしてきた。

 彼らの雇い主たちが、どれだけ傲慢で勝手なのだとしても、そう言われる所以はない。

国の安寧を顧みもしていないのに。

 

 何が、運の尽きですか。

 運など、こちらから引き寄せれば良いだけの事。



 この国を動かしていくのは、私しかいないのだから。



「おら、観念しやがれ!」

 少しだけ過去を思い返していた所に粗野な声で我に返る。異国の姫には、相も変わらず不安と不満を露わにされるが放っておこう。

「さて、」

 ……この辺りで充分ですか。

 目論見通り逃げる際、思いきり曲がり曲がって進んでいたのでコンテナに積まれた品が違うぐらいで先程の場所からはそれほど離れてはいないだろう。けれども、声は聞こえないぐらいの距離は保っているはず。

 ――なら、もう逃げ回る必要もないでしょう。

 そう判断して相手との距離を保ちながら、少しずつ歩を緩めて息を整えていく。傍らの特使殿も呼吸は荒いようだが、まだ余裕はありそうだ。

 これが、姫君だとはにわかに信じがたいですね。

 きっと、アメリアならば既に息も絶え絶えになっている事だろう。だとすれば、やはり彼女を連れてきて正解だった。前向きに考えれば、と付け加えておかなければならないが。

 これが、結婚相手となれば自分と同じぐらいの体力を持っているなんてゾッとする。そもそも、自分は相手にそういった運動能力は望んでない。

 それこそ、あの方のように、繊細で穏やかに微笑んでくれるだけで。

 それだけで、充分なのに――

「……おい、どうする気なんだ?」

 急に逃げる事を止めて、大きく抗議でもしそうなものだったが、意外と辛抱強いのか小声で話しかけてくる彼女の頭の上に帽子越しだがポンと手を置く。

「どうしますかね」

「は、ぁあ!?」

 どうにでも出来るから、悩ましい所です――というのは、敢えて言ってやるつもりはない。

「まあ、所詮は雑魚ですし」

 彼らがどういう用件であの場所を訪れたのか、聞き出したくとも分かっていなさそうだというのが本心だ。なので、ここでいたぶっても成果はないと思われる。

 せっかく、遠回りしてまでわざわざおびき寄せたというのに。

「な、なんであいつらが小者だって分かったんだ!?」

「何だと、てめぇ!?」

「お前ら、絶対に生きてかえさねぇからな!」

「しまっ!」

 ……全く。少し褒めてみたら、この有様ですか。彼女は普段から声が大きいので、非常に迷惑しているといった実に分かりやすい顔で接しているというのに。呆れた顔で見下ろせば、どうやら落ち込んでいるらしく目に見えてうなだれていた。

「あなたも王族の一人だという自覚があるならば、その短慮をどうにかすべきです」

「うっ。わ、分かっておるわ……ぐぬぬ。これが、思い人ならそんな言い方はせぬのだろう?」

「……」

 どうして、ここでそういった話の流れになるのかが分からない――が。

「いえ。改善点なら指摘しますよ、どなたでも」

 まあ、唯一出来ないのが陛下である父上だけで。もし、あの方がこの国に来ていたとしても、直して欲しい部分があれば躊躇う事なく言うだろう。

 そうする事によって、環境をより自分の動かしやすいように作り替えていかなければならない。それが、まだ王太子という身分に課せられた己の仕事の一つなのだ。

「ああ、それと。彼らが下っ端だと言ったのは、こちらの正体に気が付いていないからです」

 さきほど、逃げ回りながら何度も顔を見せたのはその為だ。

 彼らが、自国の王族の顔を知っているのなら、別の方法を考えていたけれど、全く気付いていないようなのでストレートにここまでご招待したまで。

 堂々と向き直った私に対して、二人の男は警戒して姿勢を正す。直ぐに飛びかかってくるものと思っていたのに、肩透かしされた気分だ。

 さすが、商人に雇われているというだけの事はあるようですね。――だったら。

「冥土の土産に一つ、お聞きしても良いですか?」

「はははっ!もう死ぬ事を考えているとはめでたい奴だな」

「せめて、苦しまずに逝かしてやるよ!」

 はいはい。楽しんで頂けているようで何よりです。

「あそこで、何が行われる予定なのですか?」

「それをオレ達が教えるとでも?」

「知った所で死ぬんだから、意味がねぇだろ!」

 やっぱり、彼らに聞いても無駄でしたか。

 はあ、と重い息を吐いてここまで彼らに時間を潰した自分を労う。とりあえず、用件は終えたので、後はご退場頂くのみだ。

「それでは、名残惜しいのですがこの辺でお別れとしましょうか」

「……お、おい」

 身に付けた道具を片手に近付いてくる二人組に、彼女はようやく一国の姫君らしく不安げな顔で見上げてきたが。

「恐いのならば、しばらく目を閉じていて下さい」

 その心痛した面持ちの表情を和らげるように、笑みを浮かべて彼女に告げた。これでも、クルサード国の次期国王として武術は人並み以上に嗜んでいるつもりなのですが。




「つ、強いなら、さっさと言えよ!」

 変に心配しただろうが!と続けて呻く彼女には悪いが、初めから殺される前提で考えていなかったので何も言えない。まあ、強いて言えば。

「取り越し苦労でしたね、ご苦労様です」

 姫君の視線の先で意識を失っているのは、私ではなく二人の男。手加減をしたので、気絶程度で済んでいるはず。

「お前という奴は……まあいい。それで、これからどうする気なんだ?」

「貴女はこれでも国賓なのですから、これ以上の深入りは止めて大人しく帰って下さい。私は、先程の場所に戻るつもりです」

「なっ!勝手に決めるな。お前が行くというなら、わたしもついて行くに決まっているだろうが!」

 やっぱり、そう来ましたか。そうなるだろうな、とは思っていたのだ。……これだから、女というものは厄介ですね。

「この先は危険ですよ」

「それは、お前とて同じではないか!?」

 このまま話し合っていても、平行線を辿るのみ。それはよく分かっているけれど、相手が相手なだけにこちらから一歩引こうとは思わない。いや、思いたくない。

「これは、こちらの国の問題ですよね?それなのに、口を挟まれるとは不愉快です」

「お前は星の導きで示されたわたしの運命の相手なのだから、共にいるのは当然だ!」

「他国民であるあなたに、これ以上過干渉されては困ると言っているのです」

「いずれは、わたしもこの国の者となる!」

 ……偉そうに。

 仕方ない。そう言うのであれば、こちらもきちんと言わせてもらおう。

「お断りします。そもそも、自国のために家出同然でその身を押し売りにきた女などに用はない。献上品?生け贄?それとも人身御供?それで、自国が救われると思っているのでしたら、それは甘ったれた考えですよ。あなた一人が足掻いたところで、世界は何一つ揺るがない」

 逆に、憐れみすら覚えてしまう。このちっぽけな存在に。

「……気付いて、たのか」

 今まで黙っていただけに、私たちが上手く騙されているとでも思っていたのか、他国の姫は険しい表情を貼り付けて俯いた。

 単身で王宮に乗り込んできた時点で、その可能性は真っ先に考えた。だからこそ、それとなくトリエンジェ国にいる密偵に、クルサードでの姫君の目撃談などをわざと流してもらっていたのだ。

 そうして、釣れたのがシルヴイオという姫君に仕える一流の騎士。

 しかし、あちらの国王から特別大使にするからしばらく預けるという手紙(おまけ)までついてきてしまったけれど。

「……トリエンジェを守りたいという思いは本物だ。だが、星の定めによってお前がわたしの未来の夫だというのも一つの真実なのだ。当然、それならば今、わたしが動かねばならぬと思うのは道理であろう?」

 先程の勢いは削がれ、逡巡した態度を見せるがその意志の強さに変わりはなかった。

「……」

 こちらを真っ直ぐ射貫くように見上げる黄金色の瞳に、偽りの色すら見当たらない。

 ただ、何度見ても、この色合いばかりは克服出来そうにないという事だけは、はっきりと分かってしまった。

「とくし、っ!」

 さて、ではどう説得しようかと思案しながら呼びかけた――その時。


 聞いた事のない破裂音が響いたかと思うと、一瞬にして左腕が熱を帯びた。と、同時に今まで味わった事がない激痛が腕を襲う。


「なっ!?」

「っく、」

 痛みの元を抑えるために、自然と右手で押さえ込めば穴が空いた服とそこからジワリと血が滲み、指の隙間を濡らして溢れる。

「ど、どういう事だ!?おい!一体、今のは?」

 ああ、どうしてこうも五月蠅いのか。

「それより、あなたは自分の身を守る事だけ考えて下さい」

 どこから攻撃されたのかは分からないにせよ、彼女は国賓なので守らなければならない。万が一、クルサードで怪我を負うような事があれば、それこそトリエンジェにいいようにでっちあげられるだけだろう。

「っ!!!!」

 とにかく、身を隠さなくてはならない。けれども、敵がどこに潜んでいるか分かりもしないのでコンテナを盾にしても後ろ見られているのだとしたら意味を成さない。

 ただ、次は確実に心臓に当たれば終わりだろう事は予測出来る。


 ――だったら、


 いっそ自分が盾になれば良い、と彼女を守るため抱き締めるように身を抱き込んだ。



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