エピソード10
大変遅くなりました。申し訳ありません。
「で、どうするのよ?」
腕を組み、苛立ちを隠そうともしない気の強そうな顔の女性が長い髪をなびかせ横を向く。すると、その目線の先で天井を見上げながら佇む少女がトンと両手を合わせた。
「……わたしの肩にジュナが乗って」
「届くわけないでしょ!?っていうか、暗殺者でも舞踏家でもないのにそんな真似出来ないわよ!」
「だろうな」
暗い洞窟内にたった二人きり。しかも、相手は敵とみなして良い存在。もうここに来て彷徨い始めて何時間になるのだろう。そんな不安もあって、ジュナは苛立ちを隠そうとも思わなかった。
「なっ、失礼ね!そこはちょっと本気だったとか言っても良い所でしょ!?」
「よし、やるか?」
「やらないわよ!」
やらないけど、あっさり受け流すとは。やっぱり、この女とは気が合わないとジュナは苛立ちを隠さずムッとする。
「おなごの感情は難しいな。しかし、ならばどうするべきか」
だというのに、ぬぅ、と柳眉を寄せるエトワールにジュナは洞窟の天井を指さした。
「っていうか、そもそもあそこに人がいるのか分からないでしょう?」
暗闇にうっすらと見える人一人分が通れる階段。その先がどうなっているのか定かではないというのに、エトワールはどうにかしてそこへ行こうとしている。例え二人が男性であっても不可能なのに。
明らかに誰の目から見ても『無理』だと分かるのに――
「だよなぁ」
――ほら、そうでしょ?
「まあ、そう言うな。だが、もしも誰かが居たとすると、どのように生活しているのか気になるだろう?」
――そういうものかしら?
「わかるー」
――分からないわ。
「それに、あんな場所にどうやって造ったんだろうか」
「あー、それはねぇ、土人形に手伝ってもらったんだよね」
――土人形?
「ほう、なるほど。して、土人形とは?」
「この洞窟にうじゃうじゃいんだけど、おたくらまだ遭遇してないの?すげぇね。いやぁ、研究したんだよねぇ」
――そんなもんにはち合ってたら今頃死んでるわよ!
「まだ相まみえてはおらぬな。研究とは……さぞや、大変だっただろうな」
――え?
「そうなんだよー!それがさ、聞いてくれる?もう、聞くも涙語るも涙でさ」
「そうか、苦労したのだな」
――ちょっと、待って。
「……あなた、普通に話してるけどその人誰!?」
「ん?」
キョトンとした顔のエトワールが、ジュナとは反対に佇む己の隣りの男に視線を向ける。
「ちは。ねぇ、オレの家に何か用?」
「えぇっ!?」
ランタンに照らされた男がニコリと微笑んだ。
「なんと、貴殿の家であったか!騒がしくしてすまぬかったな」
いや、そういう問題じゃないわよ、と馬鹿な女を睨め付けてジュナは僅かばかりに距離を取る。自分たちがどういう状況に陥っているのか分からないのだ。急に襲われでもしたらと思うと用心に越した事は無い。
「そ、オレの名前はビショップ。で、あんたたちはどこのどちらさん?」
土の空洞に高く澄んだ女の悲鳴がこだまする。初めて聞いた時は思わず耳を塞いだものだが、三度目ともなると眉根を寄せるぐらいで済んだ。
この洞窟で出会った少年からの理不尽な勝負にうんざりしながらも、攻撃されるのならば応戦するしかなかった。いくら軍事国家の王子であっても、土人形と戦う事など今までの人生で生まれて初めての出来事だった。使い慣れた剣とはいえ、固められた土が切れるのかという一抹の不安はあったが何度も交戦している間に切り込み方が分かってきた。
ただ剣を滑らせる、だけではこの土人形たちの胴は直ぐに元通りになってしまう。
ならば、と差し込んでみるも穴は塞がった。
ゆえに、ヒューバートは土人形の胴を抉るように刻み込んでいくとほろほろとそこの箇所の土が崩れていくのが分かってそこから術を見いだしていった。
――だが。
「っ、く!」
一体目をどうにか斬り倒し終えて、ホッとする間もなく二体目に突入してからが本番だった。
土で出来ている癖に動きが軽やかで、実は飛んでいるんじゃないかと思うぐらいに相手は素早く動き回った。一体目が女性体だっただけに、今度の男性体の動きが際立つ。
すでに二体目を倒して三体目に突入しているワーズワースと同様に機敏な動きで攻撃を躱されてヒューバートが目を細める。ワーズワースはここにいる土人形たちの事を知っているようだったから、もしや、面倒なものは全てこちらに差し向けているのではないかと思えてならない。
「――っし!」
そこにまた少し離れた位置から土人形の雄叫びが響き渡り、跳躍したワーズワースが残りの一体を素通りしていく。
「……何処に」
まさか、残りの土人形を押しつけるつもりなのかと思わず呟いて、己の相対している土人形の体越しにワーズワースを視界に入れる。
彼が向かった先、そこには――――――
「あんたのそれ、いただくぜ!」
磔にされた女性がいた。
一瞬、洞窟内に静寂が下りたと思ったのは気のせいか。ヒューバートは直ぐに土人形へと意識を向け直して剣を構える。
「何だか、面白いことになりましたね」
と、全く面白くない状況下であるのにロセがクスッと笑った。
「堂々と欺かれると、むしろ清々しいものです」
ヒューバートたちと洞窟内で出会ったのは本当に偶然かもしれないが、ワーズワース自身が二人と行動を共にすると決めた段階ですでにこうする事は決まっていたのだろう。飽きたら終わりだと言っておきながら、利用するつもりで付いてきていたのだ。
見た目からしてまだまだ少年と呼べる年齢の子供に、ここまで騙されるとは思いもしていなかった。いや、決して油断しているつもりはなかったが、この特異な状況はヒューバート自身も気が付かない程度の緊張感があったのだろう。
「ふふっ、僕も今回は同様です」
「……そうですか」
だから、どうするという訳でもない。
対峙する土人形に一撃を食らわせながらワーズワースの動きに目を向ける。少年の真の目的の行く末を――
その時だった。
“――させない”
今まで微動だにしなかった女の瞼がゆっくりと開かれていき黄金色の瞳が現れた。
「うそ、生きてるの?」
驚いたのはこの場にいる全員で、ロセの呟きが全てを物語っている。
そもそも、彼女はいつからここに磔にされているのか。
彼女が身に纏っているドレスは生地全体が傷んでおり、いたるところが劣化していてボロボロである。しかも、洞窟内のほこりやかび臭い空気や磔台の古さから考えると、相当な年月が経過していると予想される。その年数はヒューバートでは想像し得ないほどの。
では、何故、生きているのか?
人間は水分を取らなければ三日で死ぬといわれている。食料がなければ三週間。ならば、彼女は本当に『人間』なのか――?
ヒューバートとロセが立っている位置からは何処からどう見ても姿形は人間にしか見えない。
「……あるいは女神ですか」
この空間に到着し次第現れたのは、土で生成された八体の羽根のはえた土人形。どの人形も顔や体つき全てが精巧に出来ており、御使いを知っていなければそこまで精密に仕上がっている事など不可能ではないかと思えるほどの出来映えだった。
だからこそ、彼女こそ女神なのではないか、と思わず呟いたのだが。
ワーズワースとの攻防戦を繰り広げる女性がヒューバートに視線を投げる。まるで、風に吹き消されるほど小さな彼の呟きが聞こえたはずはないのに。
その、僅かな瞬間だった。
「―――――――もーらいっ!」
ワーズワースが、隙が出来た彼女との距離を一瞬で詰めて、その胸元に輝く真っ赤な宝石をつかみ取った。
“――――ウ、ァァァアアアアア――ッ――――アアアアアア”
彼女が油断したのは明らかにヒューバートの呟きによるもの。けれど、それは彼女自身の失態でヒューバートには何の罪もないが小さな舌打ちが飛び出していた。
本来ならば、どちらの味方でもないはずなのに――
「あっ、人形の動きが止まりましたね」
すると、ずっと攻撃態勢だった土人形たちがまるで時が止まったかのように一斉にピタリと止まる。――途端、ボロボロと壊れていきだしヒューバートは小さく息を飲んだ。
「……そういう事ですか」
目の前の光景を見て、ようやくワーズワースの行動の意味を理解する。事前に説明するような人間性がないのは分かっていたので現状を受け入れるしかないが、もう土人形たちと戦わなくて良いようだ。
どういう仕組みとなっているかは不明だが彼女の宝石が土人形たちの動力源だったらしい。
不明な点はまだ多く残されているが、ひとまず収束したといえるだろう。
――さて、これからどうしましょうか。
少年の手には宝石が握られており、奪われた女性は悲痛な表情を浮かべていまだ小さな悲鳴をこぼしている。
出来ればあの宝石を一度、見せてもらいたい所だが――――
「おうおう、やっと成功したか」
そこへ、揚々と見知らぬ男の声が洞窟内に響き渡りヒューバートはゆっくりと振り返った。
「ビショップ!」
その横をワーズワースが駆け抜けていく。
「偉いぞ、よくやった」
「へへっ」
その姿は今まで見た事がないほど喜びに満ちており、獲物を捕まえて主人に褒められようとする猟犬のように素早かった。
だから、思う。少年が宝石を奪ったのは男の差し金の可能性が高い。
「どういう事でしょうか」
ここまで利用されて面白い訳がない。しかも、黒幕がいたのだ。ヒューバート・コールフィールドという男は、常に巧妙な罠を作り相手の裏をかいて自分優位に事を進めるのを得意としているのだから、当然、この有様に不服しかない。
「ヒューバート殿!」
さて、どうしてやろうかと腕を組んで壁にもたれようとした所で、聞き慣れた声がしてため息をはき出した。煩わしいこと、この上ない。
「彼はあなたのお知り合いですか?」
ご無事でしたか、の一言も省き、己が訊ねたいことだけを求める。だが、エトワールはヒューバートのそんな無愛想さなど全く気にもせず、首を振った。
「いや、ここで出会ったんだ。彼はこの洞窟内で生活しているようでな、かなり分かりづらい場所に部屋があった」
「……なるほど」
とすると、ワーズワースも新たに現れた男と共に洞窟内に住み着いていると考えていい。だから、この空間の事も把握していたのだ。
彼女が何者であるのか。
ここに土人形が何体でいて、どうすれば止まるのか。
あの宝石が一体、何なのか――――――
「で。まさかー、ほんっとに迎えに来るとはねぇ」
少しでも考えをまとめたいヒューバートだったが、少し離れた位置にいる男の一言で風向きが更に一転した事に気付いて微かに息を飲んだ。
「貴方にもそろそろ働いてもらおうと思って。こっちこそ、まさか子供がいるとは思いもしていなかったけど」
「こいつはここで拾ったんだよ」
ロセがここへ来た理由。
それは、まだ得体の知れないこの謎の男の出迎えだった。そもそも彼女は目的があってここへ来たとちゃんとヒューバートには告げていた。だから、何も問題はない。――問題はないが、問題がある。いや、問題が出来たと言うべきか。
「ロセ様、この方々は」
エトワールと現れたジュナが不安げな表情でロセに歩み寄る。ヒューバートたちには明らかな敵意をむき出しにする彼女がそんな素の顔を見せるのは己の主と合流出来て安心したからか。
「貴女を連れてきて正解だったよ、ジュナ」
「いえ、そ、そんな」
何もお役に立てず申し訳ありません、と謝るジュナに微笑んでロセは髪をふわりと揺らしながらゆっくりと振り返った。
「ついでに、ヒューバートさんにも紹介しますね。そちらの肌の黒い男がビショップ。シシーの前の僕の男です。で、隣りのワーズワースくんはどうやら僕の仲間だったようです」
その表情は余裕とも見てとれて、エトワールが眉を潜めて憤りを口にしようとしたのをヒューバートが手で制する。
「そうですか。ご紹介、ありがとうございます」
そもそも、聞き耳を立てずともロセはわざと二人にも聞こえるように会話をしていたのだ。ビショップが現れた時点で、すでにこの場は彼女の舞台と化していた。
「で?今、おひぃさんが狙ってんのはあの男かな?」
「ご明察、よく分かったね。ヒューバート・コールフィールドさん。なんと、あのクルサードの王子様なんだよ」
格好いいでしょう、と悪びれもなく自慢するロセにビショップが肩をすくめて唇をへの字にさせた。
「うへぇ、かわいそ。おひぃさんに目を付けられるなんて最悪だなァ、あんたも」
けれども、心の底から同情しているようには全く見えない。むしろ、面白がっていると思うのはヒューバートだけではないだろう。
「同情するなら彼女を諦めさせてください」
「むりむり!オレは金さえくれたら何でも言うこと聞いちゃうけど、シシーはかなりごねた所為で酷かったもんなぁ。もう死ぬ寸前だったんだぜ」
想像に難くない。
この女はそこまでする。
それほど、己の本能に忠実なのだ。
初対面の時からヒューバートにはずっとしおらしい態度を取っているが、ヒューバートの想い人をあっさり殺そうとしたぐらいだ。それも、ただ単に己をヒューバートの記憶に深く刻み込みたいが為に。
「シシーは頑固だったからね。けど、今では僕を愛してくれているよ」
それの何が問題?とでも言うかのようにロセが小首を傾げて艶やかに微笑む。罪悪感の欠片など全く見せず。それとは裏腹にヒューバートの心はどんどん冷めていった。
彼女とは一生わかり合う事はないだろう。
「そんな方法で愛されて虚しくはないのか?わたしは愛されるなら心から愛してほしい」
そこに、負けじとヒエトワールがヒューバートの隣りに並び立った。
「えっ!なになに?もしかして、三角関係ってヤツ?」
「ふふっ」
「何度も申し上げていますが、私には心に決めた人がいますので」
「ひょー!おもしれぇ!」
「……」
何も全く面白くはない。
この男と感性は合わないとさっさと見切りをつけながら、同様にノリで生きている従者を思い出してヒューバートは小さく首を振る。こういうタイプの男は直ぐに調子に乗るからなるべく相手にしない方がいい。
「で?あの宝石はなんなの?」
ロセはもう飽きたのか、ワーズワースの持っている宝石を指さす。その蒼い瞳は輝いていて、さながら新しい玩具を手にした子供のようだった。
「あれは“消えた時代”の遺物だ。ま、言うなればあれも“聖遺物”みたいなもんだな」
「……聖遺物」
ジュナの呟きとエトワールの声が重なる。ヒューバートも心中で同じことを思ったが口には出さなかった。
“聖遺物”といえば女神の遺品とされているものだ。その多くは女神ヴィルティーナを信仰するヴィルフレオ教が支配する聖ヴィルフ国が所有している。クルサードにもヴィルフレオ教徒が多いため、侵攻出来ない国の一つである。
そんな女神の“聖遺物”が何故、このような場所にあるのか。
それも、古代遺跡の最奥でとらわれの身となっている女がどうして所持していたのか。
「さっき、うちのガキとそこの王子様が相手してた土人形な。あれは女神の御使いなのさ。正確には御使いをモチーフにした土人形だ」
なるほど、とヒューバートは内心で納得した。だが、直ぐに次の疑問が湧き起こる。
「え?御使いは七人だったよね?」
そう。ロセの言う通り、女神の御使いは七人だ。これは至極当たり前で、この世界の常識でもある。女神はこの七人の御使いを使って世界を救ったというのがヴィルフレオ教の教えなのだから。
「あー、そこらの事はオレにもちっともわかんねぇんだよね」
そっか、とあまり関心が無いロセとは真逆に、ヒューバートは疑いの目でビショップを見る。ワーズワースが宝石の事を知っていた事といい、古代遺跡に住んでいるという時点で怪しい。だが、質問した所で素直に応じるような人間ではないのは一目瞭然だ。
「……」
帰国し次第、これも調査リストに加えなければと思っていると遠くから複数の足音が洞窟内に響いた。




