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とある王子の憂鬱なる日々  作者: 九透マリコ
スターダスト・プログラマー
27/28

エピソード9

 何かに躓いたと思えば、どこからともなく矢が飛んでくる。

 何気に壁に手をつけば、いきなり地面が割れて穴が空く。

 括り罠なんて数えたらキリがない。


 カチン、と大きな音を暗闇に響かせて、上下についたのこぎりのような鋭利な歯が勢いよく噛み合わさったのをヒューバートはため息をはき出しながら見届けた。

「今のはすげぇ対応が早かったな、兄ちゃん」

 感心するワーズワースに横目にヒューバートが姿勢を正す。と、同時に頬を真っ赤にしながら目をうるうるさせるロセがその腕から解放された。

「ああっ、これぞ僕が求めていた理想のデート!」

 両頬に手を当てるサマは恋する乙女そのもので、美しさに可憐さが相まって見る者を惹きつける。ただし、この場所において効果はないが。

「……違います。彼女の左足の先を見て下さい」

「なーんだ、括り罠か」

 そう言われ、ワーズワースが視線を向けたロセのつま先から一歩先にあったのは、さきほど勢いよく閉じられた括り罠だった。もしも踏んでしまおうものなら、今頃ロセはその小さな足を骨ごと砕かれていたかもしれない。

「まるで危険から守る騎士のよう。なんて素敵な環境でしょうか、ここは」

 ほう、と喜ぶロセにヒューバートがため息を吐き出した。

「いい加減、離れてください」

「つれない所がまた素敵」

 しかし、ロセは打たれ強い人間だった。

 動きそうにないロセから自ら離れたヒューバートは呆れながらもそうでしょうね、と内心で思う。彼女が統べるエンデ商会とは世界各地に支店がある老舗の貿易商だ。その名を知らぬ者はいないというほどエンデ商会は様々な分野の品物を扱っており、クルサードでは禁止となった奴隷なども取り扱っている。

 ――そして、武器や違法薬物も。

 ヒューバートが密かに恋い焦がれている彼の人物にまで手を出されたのも大きな留意点だが、自国への脅威になり得るかどうかを見極める為に裏表すべてを調べ尽くした。いや、いまだ不明な点はあるが概ね組織の実態は掴めたと言って良いだろう。

「兄ちゃん、あのさ、さっきカップルなんて言ったけど前言撤回してやるよ」

「それはどうも」

 二人のやりとりにワーズワースもようやく理解したらしい。ただ、同情の眼差しに変化した事だけは度し難い。

「ま、この辺は他より罠が特に多いんだけどさ」

「そういえば、何となく地形も変わってきている気がしますね」

 ロセの言葉にヒューバートも同じ事を考えていたため同意する。地形もそうだが、踏み込んだ時の砂の硬さにも変化があるような気がしている。

 ――更に、固くなっているような。

 何かあると思えてならない。ワーズワースに聞けば分かるだろうが、果たして素直に答えてくれるでしょうか、と考え込んでしまう。

「そう思うのなら、もっと慎重に歩いてください」

 だからこそ、気を抜くべきではないのにロセは悪気もなくにっこりと微笑んだ。

「よく言われます」

「……」

 この少女には何を言っても無駄なのかもしれない。慎重に慎重を重ねるヒューバートがようやく悟ったのはこの時だった。

「あっ」

 暗闇の中、ランタンの灯りだけを頼りにしばらく歩いていると目の前に初めて道が二手に分かれていたので立ち止まる。

 ロセが戸惑いの声をあげたものの、さすが死の商人の長を務めているだけあってか興味津々といった蒼い瞳でワーズワースを振り返った。

「貴方は分かりますか?」

「こっちは王家の墓に向かう道。で、こっちは大量の土人形たちが飽きるまで遊んでくれる道」

「うわぁ……まさしく死のコースって事ですね。でも、土人形って?」

「ん?あー,古代遺跡の謎の一つなんだよ。生きもんじゃねぇけど、砂からにょきにょき生えてくんの」

「へぇ。どうします?」

 まさか、ワーズワースがいとも簡単に答えてくれるとは思わなかったし、何の疑いもなく訊ねるロセに少し驚いてしまったなどと口が裂けても言えない。

 しかも、己が情報を引き出したというのに最終判断をこちらに委ねるとは――

「決まっているでしょうに」

 嫌味な程に完璧で腹立たしい。ヒューバートが目を細めると、ロセがふふっと花が綻ぶように笑みを浮かべた。

「こうして相談するのもデートの醍醐味じゃないですか」

 そう言いながらも彼女の思うように操作されているのは分かっている。彼女の頭脳である『シシー』という男が、以前ロセのことを“毒婦”と呼んでいたのを思い出す。

 ――あの者の発言は正しかったという事ですね。

 確か、彼はロセ自身によって依存症にされたという話だ。

 彼女が本気を出せば、もしかするとヒューバートも容易に手中に収める事が出来るかもしれない。可能性はないとは言いきれない。

「……」

 改めて、恐ろしい女だと思う。

「やだ、睨まないでくださいよ。ちょっと可愛い子ぶっただけじゃないですか」

 喉の奥から細く切り立てた吐息を吐き出し、ヒューバートは王家の墓へ続く道に足を向けた。

「ああっ、置いていかないでくださいよ!貴方とずっとこんなやり取りがしたかっだけなんです。ごめんなさい、ちょっと調子に乗っちゃいましたね」

 しおらしさの中に反省は見えず、許されて当然という可愛さにヒューバートは気色ばむ。

「呆れてものが言えません。それと、私があなたに好意を抱くことはないと何度もお伝えしています」

 暗に次はないと含めて視線を逸らした。

「それでも、貴方は会話をしてくれますよね。そんなんじゃ駄目ですよ。女の子なら私でなくとも図に乗ります」

「ここであなたを放置すれば、次期国王となる者として彼の方に幻滅されるのだけは避けたいので。あなたの理想を押しつけないでください」

 ヒューバートの想い人は色んな災難に遭いやすい。だからこそ、油断は禁物なのだ。いつか、彼の災難が今回の件に繋がる時が訪れでもしたらヒューバートの行いが白日の下にさらされてしまう。そうなった時、さすがヒューバート様ですね、と言われるように己の行動は律しておきたい。

「そういう一途な所がすごく好きです」

「聞いていましたか?」

 思わず、額に手をあてる。軽く首を振るヒューバートにロセが大きく頷いた。

「はい。いつか、貴方のその愛の睦言を語る相手が僕になるよう頑張りますね」

「……」

 もはや、狂っているとしか言い様がない。

「すっげぇな。だから、人間は気持ちわりぃんだよ。俺はまだこっちの状況の方が大スキだな」

 その時、今まで感じた事などなかった風を正面から浴びる。その冷たさに隣りに立つロセが己の体をぎゅっと抱き締めた。

「磔?……あれは誰ですか?まさか、お墓の防人ですか?」

 “墓の防人”という言葉が出てくるのは分からなくもなかった。

 今までずっと細くて狭いだけのまるで通路のような風景だったのに、目の前にひらかれた景色はまるで王城のような造りになっていたのだから。

 黒色に輝く細やかな装飾を施された二本の大きな柱。そこに至るまでの階段も模様がついており、最上階の舞台の奥は荘厳な扉がヒューバートたちを出迎えていた。

 ――だが、何よりも。

 異様なのは、その扉の前に立つ大きな石に磔にされている女性だろう。

 この古代の遺跡には多くの人間が探索しにやってくるとはいえ、ここまで奥深くまで来た者の話は聞いた事が無い。ましてや、こうして今もなお生きているように見える生身の女性が磔にされているなど――――

「いや、その前に周り見えてんの?」

 ワーズワースが姿勢を低くして短剣に手を掛ける。

「――っ」

 それと同時に、地面から土がどろどろと湧き出して人型へと形状が変化していく。

「あれが土人形というものですか。五、六、七、八……八体ですね。羽根があるようですが、まさか飛びませんよね?」

 ロセが指折り数え終えるとワーズワースは「こいつらが厄介なんだよ」と口にした。

「で?兄ちゃんはビビっちまったのか?」

 考えなければならないことは山ほどある。

 ロセのこと。ワーズワースのこと。彼らが何を隠しているのか。彼らが何を求めているのか。トーマスや他の人間は何処にいるのか。彼らも土人形と遭遇しているのか。

 ――だというのに。

 目を奪われて意識が逸らせられない。

 三人と相対するように立ちはだかる八体の土人形たちはそれぞれ性別も体格も顔付きも違っていた。問題は――

「……」


 その中の一体に見覚えがあり過ぎたのだ。


「ヒューバートさん?」

「どうして……あの方と顔が似ているんですか」

 このような危険な場所に来た事などないはずなのに。

 ここに居て良い人物ではないのに。

「あん?」

「いえ、こちらの話です。知り合いと似ていたもので」

 ヒューバートはあまりの驚きに動揺が隠せなかった。だから、無理矢理にでも取り繕う。

「ああ、貴方の想い人のイエリオス・エーヴェリーですか。確かに、あそこに立っている人形の顔はあの人にそっくりですね」

 小さな声で呟いたはずだったのにロセにはきっちり聞こえていたらしい。愛らしい顔に冷めた目をした少女がつまらなそうな表情を浮かべた。

「いえ。多分、気のせいです」

 そう、きっと己の勘違いだと首を振る。この世の中に似ている顔はいくらでもいる。現に、彼は妹とそっくりの顔付きをしているのだ。だからこそ、あの双子は今も入れ替わりをしていられる。誰にも気付かれない程にそっくりなのだから。

 ――ですが。

 妹にも似ているかと問われたらそうでもない。それならむしろ、その隣りに佇む女性体の方が無邪気な彼女に似ている気がする。

 ますます謎が深まり、ヒューバートの眉間に皺が寄る。

「んじゃ、どっちが多く倒せるかの勝負な!」

「しませんよ」

 瞳をギラつかせてワーズワースが獣のような笑みを浮かべた。彼が戦闘好きなのは出会った瞬間から分かっていたが、ここまで楽しそうなのが理解出来ない。

 そもそも、戦闘は護衛のトーマスの仕事なのだ。

「せーのっ!」

「ですから、しないと言っているじゃないですか」

 駆けだしたワーズワースに向かって告げるも聞く耳を持っておらず。はあ、とため息をはき出してヒューバートは剣に手を添えながらゆっくりと歩き始めた。


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