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とある王子の憂鬱なる日々  作者: 九透マリコ
スターダスト・プログラマー
26/28

エピソード8

 仄かな灯りが揺らめいて何者かが歩いてくるのが分かって、トーマスとシシーは立ち止まった。緊張が二人の身体に纏いつく。もしかして、第二の『首なしマリー』が現れたのではないかと思わずにはいられない。

 二人が息を飲んだ、その時――

「もしかして、そこにいるのはシシーか?」

 低い男の声が洞窟内に響いて、やがて穏やかさを取り戻したかのように静まった。

「……テオか」

 シシーが肩の力を抜いたのがトーマスにも分かった。

「ロプンス殿!」

「うおっ!シルヴィオさんも居たんですね」

 大柄のホルストの横からひょっこり現れた事に驚いたトーマスにシルヴィオが微笑んだ。

「良かった、ご無事で」

 裏表のない性格だからこそ、再会を果たしたシルヴィオが心底ホッとしているのが分かる。お人好しで優しさと慈愛に満ちている彼自身の主と行動が全くそっくりでトーマスは笑いそうになったのを笑顔に留めた。

 ――主従って似るのかな。

 何気に思い浮かぶのはペットと飼い主。ずっと長く共に暮らしているとどんどん似てくるらしい。もしかしたら、主従もその本質は似ているのかも知れない。自分も誰かにそう思われたりして、と思いながら、いやいやそれはないなと軽く首を振る。

「シルヴィオさんこそ。って事は、うちの殿下はお二人以外の人と行動を共にしているって事っスね」

 辺りを見てもホルストとシルヴィオ以外の気配を感じられない。

どうやら、合流出来たのは自分たち四人だけであるようだ。

「えっ!?それはつまり、姫殿下もその可能性が高いという事でしょうか?」

 洞窟内に飛ばされた時点で全員がバラバラになっているというのはトーマスとシシーには共通認識だった為、驚いたシルヴィオを見て数秒時間を要してしまった。

「だと思いますよー」

 根拠はないが、その可能性はますます高い。ただ、全員が二人組になっているのかは定かではないがそれは言わないでおくことにした。

 ――だって。……ねぇ?

 と、シシーに視線を投げつける。

「……」

 同時に顔を見合わせたシシーは何も言わなかったが、きっと同じ事を思ったのだろう。

「そうですか、良かった」


 もしも一人きりである可能性を話せば、この男なら一人で突っ走っていくに違いない。


 そうなったら、後々が面倒だ。この先にも変な罠が仕掛けられていたとしてシルヴィオが引っかかってしまえば全員に降りかかる。詰まるところ、面倒事を増やしたくはなかった。

「怪我はないな?」

 安堵するシルヴィオを横目にホルストがざっと全身を見渡して服のほつれや怪我がないか確認する。その様子はさながら親子のようであり兄弟のようであり主従のようでもある。

「ない」

 だが、シシーは目を細めてつれない返事をして顔を逸らした。

「……」

「なんだ?」

「いや、お前が無事で良かった」

 そう言うやいなや、ホルストがシシーの頭を撫でてきたのでシシーが慌てて距離を取る。

「や、やめろ」

 よほど恥ずかしかったのか、シシーに睨まれたトーマスとシルヴィオは背を向けて見てなかった風を装った。とんだ理不尽、と内心で思いながら。

「我々もします?」

「え、……いえ」

 ですよねぇ、と思いながらも断ってくれた事に大きく安堵してしまう。聞いたものの、シルヴィオは確実に『される側』ではなく『する側』だし、そもそもトーマスはどちらも想像出来ないぐらいあり得ない。ヒューバートと再会してもお互いの無事を喜ぶ事などしないだろう。

「ホルストさん、とても心配されていましたからね」

 ここへ至るまでずっとシシーの話をしていたホルストを見守るシルヴィオも二人の再会は我が事のようで喜びもひとしおだ。

「相手さんはそうでもなかったみたいですよ」

 逆に、トーマスの方は特にそういった話題もなく適当な雑談ばかりをしてきたので大変だなぁとしか感想がなかった。

「うちの姫殿下もあの方と同じような気がします」

 泣いたり喚いたりせず、シルヴィオの好きなとびきりの笑顔を向けてくれるはず。そして、『良かった』と言ってくれるに違いない。想像しただけで泣きそうになったのをシルヴィオは苦笑いで誤魔化した。

「うちは……無視か小言か、これ――っスかね」

 胸がじんわりと熱くなったシルヴィオの隣りでトーマスの拳が空を切る。

「え、い、いや、ヒューバート様に限って暴力は」

 ないでしょう、とシルヴィオが言い終える前にトーマスが首を振った。

「あの人、意外と暴力的なんっスよね」

 はあ、とため息をつくトーマスに今度は後ろから声がかった。

「それが本当なら俺も苦労はせんのだがな」

 どうやら話は終えていたらしい。いつの間にか背後に立っていたシシーにトーマスがニコリと笑みを浮かべた。

「ははっ。だったら、本当の事は言わないでおきますね」

「まあいい。それより、これからどうするか、だ」

 ランタンの灯りが暗闇の中でぽっかりと淡い光を放っている。その光に照らし出された四人の表情にはそれぞれ思惑が孕んでいた。

「シシーに飯を食わせたい」

 四人の中では一番体が大きくて仁王立ちしているだけで威圧感のあるにも関わらず、実は家事全般が好きというホルストが真っ先に口を開いた。

「なるほどなるほど。いや、しかし、残念な事にこの辺りに調理室みたいな部屋は無さそうっスね」

「ではなくて、ですね。また二手に分かれるか、共に進むかの問題ですよね、えーっと……シシーさん、で合ってますよね?」

 腕を組んでホルストの話に乗るトーマスに苦笑いを浮かべたシルヴィオが会話を戻す。この方、この状況を楽しんでいらっしゃるな、と思いながら。

「無論だ。ここで争っていても無益だからな、今は」

 ちなみに当の本人であるシシーは完全無視だった。何となく二人の日常が見えて、敵だというのについほっこりしてしまう。

「テオから聞いたが、俺とトリエンジェの姫君に化けた砂人形が現れたそうだな。こちらは『首なしマリー』が現れた」

「わっ、『首なしマリー』ですかっ!?すごいですね!あ、あの、どのようなお姿だったかお聞きしても!?」

 これがただの状況確認である事はシルヴィオも重々承知している。だが、内容があまりにも衝撃的過ぎた。

「おおっと!まさかの食いつきっスね!シルヴィオさん、もしやクラールク公国の伝記がお好きだったり?」

 思わずはしゃいでしまった自分を戒めながら、お恥ずかしながら、と前置きをする。

「ええ、実は私も姫殿下もクラールク公国の伝記が好きでして。本日、ここに来たのも姫殿下が『首なしマリー』が現れるという噂をクラールク公国の姫君から噂を聞いて、どうしても会ってみたいとお城からまた抜け出されてしまったからなのです」

 三人に説明しながら改めて考え直してみても、やはりエトワールのお転婆は常軌を逸しているのだろうかと考えずにはいられない。彼女の事は幼い頃からずっと見守り続けていたが故に、その破天荒さに慣れてしまっている自分がいてシルヴィオは自分自身にもため息をつかずにはいられなかった。

「で、追いかけてきたって話だったな」

 先にホルストに話していたおかげで話がスムーズに終わる。

「はい」

 この場にいる者たちは見知っているだけの他人同士だが、エトワールがどういう人物であるのかを理解しているからすんなり話が出来たのだ。なかなか毒されているな、とぼんやり思っていると、向かいに立つシシーが額に手を当てた。

「……あいつも似たようなものだ」

「……」

「……」

「……」

「ああ!……あ、はぁ、ま、まあ、なるほど」

 呻くように呟いたシシーの言葉に、一瞬、場が静まるも視線を逸らせたシルヴィオが慌てて何とか返事する。だが、あまりにもキレが悪くてまたもや洞窟内に静けさが宿る。

「……」

「……」

「……」

「……」

 ここにまともな女性はいない。

 無言ながらも彼らの思考が一致した瞬間だった。

 その中でトーマスが、そんな女性陣に好かれてるうちの殿下も相当な変わり者だしね、と思ったとか思わなかったとか。

「女心だけは全く分からん」

 主のロセ曰く、どんな夢でも叶えてくれる頭脳――と称賛されるシシーだが、女性の心理だけは唯一と言っていいぐらい苦手な部類である。何せ、彼が悪堕ちした原因が他でもないロセなのだから。

「俺にはお前の方が分からん」

 ホルストにとっては、どれだけ優れていてもたった一人の美しい少女の手に落ちた身内こそ謎である。

「ここが今、何処なのかだいたいの予想はついている」

「わー、見事無視」

 シシーのスルー能力にトーマスが思わず突っ込む。あまりにも自然過ぎて、トーマス自身の主と重なったぐらいだった。幻覚も何度か見るといつか本物になるだろうか、と思いながら。

「本当ですか!早く、姫殿下と合流しないと私は生きた心地がしません。シシーさん、是非教えてください」

 エトワールと離された時点で不安が募っていたものの、さきほどシシーとトーマスから誰かしらと行動を共にしている可能性があるというので一安心はしていた。だが、この四人以外ではヒューバートか彼らのボスであるロセと奴隷の女性の三人のみだ。

 もしもロセと一緒だったら、と考えれば考えるほど想像するだけでゾッとする。

「そんな道理はない。――と言いたい所だが、俺たちは土人形と『首なしマリー』に当たっている事から、この先さらに面倒な事になる可能性は否めない。つまり、先程の件だが当面はこの状態を持続させるに越した事はない」

「回りくどい言い方っスね。要は、味方と合流するまでは共闘って事でしょ」

 味方――即ち、お互いの。


 どちらが先に自分たちの仲間を見つけるかで全てが決まる――――


「そうだ」

 シシーが同意した事でシルヴィオに緊張が走る。

 ここへ来た目的がエトワールの気まぐれだったとはいえ、どうして毎回アクシデントに遭遇するのか。

 どうかご無事でいてください、と祈るばかりだ。

「それで、話を戻すがここは何処なんだ?」

「この古代遺跡は王家の墓も兼ね備えている事から地図がない。だから、俺の推測でしかないが、『蛇のとぐろ』を想像しろ」

「ほう、なるほどな。道理でぐるぐる同じ道を歩いている感覚があった訳だ」

 ホルストが顎に手をやって天井を見上げる。

「でも、それなら私たちが合流したのはおかしくないですか?」

 ここが『蛇のとぐろ』ならば歩く速度は違えど同じ方向に歩いていくのなら、こうして合流するはずはないのだ。

「とぐろの大きさがバラバラであるなら不思議ではない。お前たちのいた層、とりあえず“層”と呼ぶが、俺たちがいた“層”よりも短めだとしたら俺たちが『首なしマリー』に足止めされている間に距離を縮めていてもおかしくはない」

 確かに、と納得出来てしまう。

 それでもやはりどこか納得出来ずシルヴィオが顎に手をやり思案していると。

「それって幾つほどあるのか予想出来ます?」

 隣りに立つトーマスが訊ねた。

「お前はどう思う?」

 シシーが目を細めてトーマスに聞き返す。すると、ホルストが僅かに目を瞬かせたのが分かった。

「俺も概ね似た形状を想像してました」

「そうなんですか!?私はそこまで考えが及ばなかったです。お二人とも素晴らしいご慧眼ですね」

 主の身を案じながらも脱出する為にこの状況を冷静に分析出来ている。シルヴィオはエトワールの事しか考えていなかった自分が恥ずかしくなった。

「お前が他人に意見を求めるのは珍しい。……なるほどな」

 二人にしか分からない意味が込められていたのだろう、ホルストをジッと見つめたシシーがフンとそっぽを向く。トーマスと顔を見合わせて、思わず首を傾げ合ってしまった。

「あと、嫌な予感しかしないっていうのは俺も同意っスね」

 共闘に異論がなかったのはそういう事。

 なるほど、とシルヴィオが心の中で感心しているとトーマスが、あっ、と小さく声を出した。

「なんだ?」

「いえ、こういう予感めいた話をするべきじゃなかったかなって」

「何故ですか?」

 全員の注目を浴びて、トーマスが言いづらそうに頬を掻く。だが、意を決して顔を上げると、何故か一瞬固まったのちに今度は手で顔を覆った。

「……あー、えーっと。うちの姫様、殿下の妹君なんですが、こうおっしゃってました」

 最悪だ、と言わんばかりの表情で。


「 “フラグ回収”おめでとうございます。そういった“前触れ”は話さない方が良いですわよ、って」


 直後、シルヴィオもようやく周囲の異変に気が付く。

 洞窟は静けさを保ちながら、地面の土がもこもこと蠢いていた。その異様さに全員の空気が変わる。

「……叩き潰していって良いか?」

 既に臨戦態勢になっていたホルストの視線の先には何処の誰とも知らぬ色んな顔をした土人形が量産され続けていた。

「任せた」

「うーわぁ!やっぱ、笑顔!あんたもちょっとは応戦してくださいよー!」

 三人が土人形に向かっていくのをシシーが笑顔で見送る。ずっと己は非戦闘員だと主張しているだけにやはり今回も戦うつもりはないらしい。

 己の主を思い浮かべるトーマスの剣が土人形の首を刎ねた。


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