エピソード6
その国で、彼の家は昔から有名な一族だった。
何故ならば、その家に生まれた男子は必ず王族の側近になるほどの力が備わっているからだ。その力とは、時に武力であったり知力であったりと実に幅広く、どの才能を持って男子が生まれるかはその時世の情勢によるとさえ言われる程だった。
彼が生まれたのは、本家と比べると末端に位置する分家の跡継ぎ。
本家とは違って彼の家は貴族でありながら貧しく、家族は領民たちと共に小さな領地をどうにか耕し、日々の生活を凌いでいた。
そんな彼に転機が訪れたのは十四の時。
ちょうど本家にも同じ年齢の子息がいるという事で、学友と言う名の体の良い玩具に選ばれたのである。
王都は彼の生まれ故郷よりも賑やかで、慣れないマナーや厳しい上下関係に困惑しながらも彼は本家の子息に取り入ってそれなりに上手く馴染んでいた。このまま本家の子息と共に王家に召し抱えられたら家族が喜ぶのはもちろんのこと、きっと故郷の民の生活もマシになる。どれだけ小さな領地であっても彼は次期領主となるのだから、その頃から彼はずっと未来を思い描いていたのだ。
何もかもが順風満帆にいくと思っていた。
彼の前に、白金色の長い髪に青い瞳のそれはとても儚く美しい少女が現れるまでは――――
日常の崩壊は早かった。
己の命よりも護らなければならない本家の子息が消息を絶ったのだ。
国の将来を担う国の宝と言って過言ではない存在が行方不明ともあって、国立騎士団が捜索にあたる事になったが彼個人も一人で本家の子息を探し回った。
“役立たず”
“責任を取れ”
“絶縁だ”
“二度と戻ってくるな”
親族から罵声を浴びせられ、両親からは縁を切られ、彼はいつしか生涯孤独の身となった。
それでも彼は本家の子息を探し続け、そして――――ようやく、再会出来た。
「やあ、ホルストじゃないか」
どれだけ国内を騒がせたのか、知らないはずはないのに再会した本家の子息から出た言葉はあまりにも軽く。
だからこそ、ホルストは恐怖を感じた。
「……シシー」
何故ならば、ホルストが知っている彼は寡黙で人を寄せ付けず、ホルストに対してそのような軽口を叩くような人間ではなかったのだから。
しかも、今の彼は明らかに寝不足だと分かる深い隅が目の下を覆い、いつ視力を失くしたのか眼鏡を付けており、身に纏うスーツは一級品だとて首元のボタンを外していてだらしない。以前の彼とは全くの別人で。
――何より。
ホルストの一番気に触ったのが、そんなシシーを支えるように抱きついている少女の存在だった。
「あなたがホルストさんですね。シシーからお話は聞いていました」
まるで女神の御使いのような美しい少女が鈴を転がしたように笑う。シシーが失踪する前に会った事がある、と訂正しても良かったがホルストは敢えて沈黙を選んだ。
それは一種の牽制に近かったのかもしれない。
この人間ではない妖しい生き物に飲み込まれまいとして。
ホルストの“悪夢”との戦いは、そこから始まった。
「まあ、お前がニセモノだってのは直ぐに分かってたんだがな!」
このクソ野郎、という言葉と共に、太刀が空を切って振り下ろされる。
「ホ、ホルストさん、お気持ちは分かりますが砂埃を立てるのは止めていただけないでしょうか」
地面に食い込んだ刃から砂埃が舞って、少し離れた位置にいたシルヴィオ・ラフーレが目を細めて手を鼻に当てた。
「それにしても、嫌な仕掛けがあるものですね」
――遡ること、七分前。
見渡す限り土で出来た洞窟はいまだ終わりを見せず、シルヴィオとホルストは互いの苦労話を披露しながら互いを労っていた。否、特に何も問題が起きなかったため、合流するまでの道のりを雑談に費やしていたのである。
一体、この洞窟はどこまで続くのか。
それとも、実は同じ道をぐるぐると回らされていたりするのか。
二人は心の奥底でそんな不安を抱えながらも、相手には見せまいとして努めて雑談に興じていた。
そこに、人影が二つ現れた。
咄嗟に武器に手をかけ、二人に緊張が走ったがランタンを照らせば見知った姿で。
「……シシー?」
「ひ、姫殿下!?」
生気の抜けたような青白い顔の二人に驚いて、シルヴィオたちは直ぐに大切な者へと駆け寄った。
「姫殿下は彼の者とご一緒だったんですね?良かった、貴女がお一人ではなくて」
「……」
だが、俯いたままのエトワールからの返事はない。それを不審に思いながら、彼女の特有の髪が何故かべっとり濡れている事に気が付いた。
「姫殿下、一体なにが?」
何処か、おかしい。
何かが、おかしい。
心に宿る違和感に内心で首を傾げるシルヴィオの耳にホルストの声が入る。
「俺の名前を言ってみろ」
「……」
エトワールと共に現れた亜麻色の髪の青年を見下ろしていたホルストが腕を組んで訝しげな表情を浮かべている。どうやら、あちらも反応が薄いらしい。
チラリと視線を向けた所でホルストと目がかち合って、お互いの真意を探る。
二人の様子がおかしい理由。
その謎を――
「ほら、言ってみろ」
俯く青年が僅かに震える。彼もまたエトワール同様に濡れており、まるで寒さに震えているのかのようにも見えた。
「……スト」
「あ?」
「……ホル、スト」
か細い声だった。だが、静かな洞窟ではシルヴィオにもはっきりと聞こえた。
「それが俺の名前か?」
だというのに、ホルストは聞き返す。もしかして、本名ではないのだろうか。自分たちは敵同士だからそう名乗っていただけなのか。それなら聞き返すのも納得出来る。
けれど、どこか腑に落ちなくてシルヴィオは目の前のエトワールを見つめながらも二人の会話に聞き入っていた。
「ホルスト……たすけて」
亜麻色の髪の青年が再び名を呼ぶ。しかも、今度は助けを求めて。
――もしも。
もしも、同じように目の前のエトワールが自分に助けを求めたきたなら、間違いなく自分は応える努力をするだろう。違腹であっても、それがかけがえのない妹の頼みなのだから。
しかし、ホルストは土を踏みしめ明らかに一歩下がった。
何故だ、とシルヴィオが思う前にホルストがフッと鼻で笑ったのが耳に届く。
「その前に、二つ教えてやろう」
「……」
「あいつは俺をテオと呼ぶ」
「……」
「あと、今のあいつはそんな真面目な恰好はしてねぇんだよ!」
その瞬間、ホルストの太刀が風を薙いだ。
「――っ!」
一瞬にして湧きあがった殺気を感じ取り、ホルストの立ち回りに巻き込まれないよう距離を取った。
「過去の亡霊なら亡霊らしく、ちったぁ勉強してこいってんだ!」
「グ、ガァァア!」
「まあ、お前がニセモノだってのは直ぐに分かってたんだがな!」
このクソ野郎、と言いながら今度は斜め上から太刀が亜麻色の青年に振り落とすと青年は寸前で避けたが剣先が肩を擦る。
「えっ!?」
服かと思っていたものがぱらぱらと音を立てて砂に代わり、シルヴィオが目を瞠った。
「やっぱりな。ここには土しかねぇもんなぁ!」
だが、ホルストは敵の正体を予想していたらしく、更に追い打ちをかける。
「ホ、ホルストさん、お気持ちは分かりますが砂埃を立てるのは止めていただけないでしょうか」
地面に食い込んだ刃から砂埃が舞って、シルヴィオは鼻に入らないよう直ぐに手で覆う。砂漠の民だからこそ、細かな砂が体内へ入ると悪い病気に罹る事を知っているからだ。
「それにしても、嫌な仕掛けがあるものですね」
ホルストの攻撃と共にシルヴィオ自身もエトワールと距離を取り対峙していた。こちらは別れた時と全く同じだったので、僅かな違和感しかなかったのだ。
「多分、通り道の何処かで発動する道具が隠されてたんだろうよ」
なるほど、と思いながらも何か解せない。
「私たちにとっての弱点を実体化させたとして、どうしてそちらの方は過去の姿なのでしょう?」
ホルストは『過去の亡霊』と言っていた。
ならば、ここにいる“彼女”もそうあるべきではないのか――と。
「簡単だろ、そんなの。要はあんたにとってお姫さんはどの姿であっても弱点に変わりようが無いって事だろ」
「ああ!」
――そうだ。
確かに、エトワールという存在そのものがシルヴィオにとっての弱点だ。
本来ならば、シルヴィオは女王の夫の不貞で生まれた子なのだから処分されても文句は言えない立場だった。それを女王は寛大な御心で生きる事を許し、更には次期女王となる我が子を守らせる守護者に据えたのだ。
それほどまで自分を信じてくれた女王の信頼を裏切る訳にはいかなかった。
以来、シルヴィオは己の全てをエトワールに捧げる為に体を鍛えて勉学に勤しんだ。時には彼女が息抜き出来るよう甘やかし、彼女が星詠みをする年頃になると共に星詠みの勉強を始めた。
彼女がシルヴィオを血の繋がった兄だと認識したのはいつの頃だったか。
まさに、『エトワール』自身がシルヴィオの弱点なのだ。
「あれ?では、ホルストさんにとって今のあの方は」
「その辺で止めておけ。生きてる人間まで相手したかねぇや」
それはつまり、これ以上追求すると戦う事になると言っているも同然だった。ここでは一次的に休戦しているだけだと知らしめられ、シルヴィオの表情が硬くなる。
分かっていたつもりなのに、ほんの少し親近感が湧いた事で心を許していた自分に驚いた。
「そうですね、失礼致しました。今は目の前の敵に徹しましょう」
そう、今やるべきは自分たちの大切な人へと化けた敵の殲滅だ。彼らにはそれ相応の罪を償ってもらわなければならない。
何処からどう見てもエトワールにしか見えない物体を見据え、長剣の柄に手を掛ける。
「ここで時間を潰している間に姫殿下に危機が訪れていたとしたら、私は立つ瀬がありません」
何より、自分の命よりも大切なエトワールを失いたくない。
研ぎ澄まされた意思が蒼き瞳に宿り、シルヴィオの纏う空気が一瞬で変わる。
「話には聞いてたが、あまり相手にはしたくねぇタイプだな」
『砂漠の国の女王の手駒。第一王女の側近にして専属の騎士であるシルヴィオ・ラフーレの剣術には一目置く価値がある』
ロセがヒューバート・コールフィールドを攻略するにあたり、シルヴィオは厄介な人物としてあげられた一人だった。
もしも、自分が相手をするのならばきっと『トーマス・ロプンス』もしくは『シルヴィオ・ラフーレ』になる。そう思っていただけに、ホルストは否応なくではあったが間近でその剣技を見る機会を得る事が出来た事に内心でニヤリと笑う。
しかし、その前に――
「さぁて、さっさとやっちまうか」
目の前のニセモノを如何に早く捌けるか。
いくつかの壊し方を頭に浮かべて、ホルストは地を蹴った。




