エピソード4
短いですが区切りが良いのでここまで。
少年の身に何が起きたのか、この時点では把握しづらい。
彼の後ろに転がっている二つの死体を一瞥してから、ヒューバートは少年に視線を戻した。
「落ち着いてください」
あくまでも自分たちは関係ないという事を示すように両手を軽くあげる。
「僕たち、デート中なので邪魔しないでもらえますか?」
そこへロセがひょっこりと横に並んで、あろう事かヒューバートの腕に絡みついてきた。
「は?」
「えっ」
一瞬、少女の言葉が理解出来ず柳眉を寄せて身を逸らせる。気でも狂ったのかと本気で思った。
「……こんなとこでデートかよ、趣味わりぃ」
はっ、と鼻で笑う少年に憤りを感じずにはいられなかったが、まずは誤解を解くべく少女の腕をほどく。
「誤解が二つあります。一つ目は、彼女と私はそういう関係ではありません。二つ目は、私ならデートコースは自国の名所を選びます」
どちらとも不名誉極まりない誤解だ。
すると、少年は少しだけムッとした顔をしてからようやく短剣を下ろした。
「いけよ。うっぜぇーの」
敵意はいまだあれど、先程までの明確な殺意はない。だが、明らかにヒューバートに対して興味は失せたようだ。
「貴方、名前は?」
常人なら、これ以上深く関わらない方が良さそうだと分かるはず。けれど、そうならないのがヒューバートの隣りに立つ少女だ。
何せ、彼女は『死の商人』と呼ばれる裏の世界では有名な商人なのだ。しかも、この若さで経営者なのだからかなりの変わり者である事に間違いはない。
「普通はてめぇから名乗るもんだろ」
「ああ、そうですね。ごめんなさい。僕の名前はロセ。隣りにいるのは僕の未来の夫となるヒューバート・コールフィールドさんです」
「違います」
「ですね。ちょっと調子に乗りすぎましたね、すみません」
てへっ、と全く反省する様子のない少女に呆れながらわざと大袈裟にため息をはき出す。未来の夫、という言葉にも苛ついたが、確認もなく本名を晒されたのが許せない。クルサード国の王太子だからこそ慎重にしなければならない時があるのだ。それなのに、彼女はわざとヒューバートの名前を告げた。
「ふーん。あのさ、イチャイチャすんならよそでやってくんねぇ?」
「あれ?名前は?」
「ワーズワース」
面倒くさそうに対応する少年におかしな点はない。しかし、彼がその名前に何も反応しなかった事が気になった。コールフィールドというファミリーネームはクルサード国の王族のみ使っている為、海を渡った先のこのクラールク国でも充分に認知されていたと思っていたが違うらしい。
――いえ、それとも。
「あなたは何者ですか?」
直ぐに貧民街出身を疑った。だが、それなら今は血しぶきを浴びて真っ赤に染まっているが元は真っ白だっただろう皺のない衣服を少年が身に纏っているのが不自然過ぎた。それに、ロセは倒れている二人の内の一人が少年の肉親ではないかと言っていたがそれもおかしい。
「……」
「まさか、あなたがた二人で私を謀っているのではないでしょうね?」
ロセのそれは明らかにご認識させる為の嘘だ。ならば、そもそも洞窟の入り口で二人だけこんな辺鄙な場所に飛ばされたのは、ロセがこの少年と何か企んでいるとしか思えない。
「共謀してるって言うんですか!?ひどいっ!僕、この子とは初対面ですよ!?」
ロセは簡単に人を殺せる側の人間だ。
それはヒューバートの想い人を自分の演出のためだけに殺そうとしていたから間違っていない。ヒューバートも国に邪魔な人間は何十人も排除してきた。けれども、それは決して無欲とは言い難いが私意ではない。次期国王となるヒューバートはクルサード国をこれまで以上に安泰へと導かなければならないのだから。
ロセはまるで、その日の晩餐に何を食べるかという気分で人を殺せる。
そこが違う。
そうなると、彼女はヒューバートを自分の物にすべく最終的には死体になっても気にならないのではないか、という事も考えられるのだ。
ワーズワースと鉢合わせするようセッティングをしといて、ヒューバートが少し気を抜いた所で殺しにかかる。ここにいるのはヒューバートとロセとワーズワースしかいないのだから、二人がかりならヒューバートを殺すなど容易いはずだ。しかも、彼は現に大人二人を殺しているのだから、その腕は相当なものだと思って良いだろう。
「勘のいいヤツ。せっかく、そっちのお姉さんが守ってくれたっていうのに」
「そういう関係ではないと言っているでしょう?」
先程の嘘がヒューバートを守る為であっても、それは大きなお世話というものだ。
暗闇に溶けこむ色の前髪を鬱陶しそうにかきあげた少年と見つめ合う。相手はヒューバートを睨み付けているが、そのような視線は己の従者と同腹の妹以外は全て敵であるヒューバートは見慣れている。
「ま、いいや。今回の依頼にあんたらの名前はなかったしな」
そう言って、短剣を仕舞うと少年は道の端に落ちていたローブを着込んだ。そして、フードで闇色の髪を覆って振り返る。
「あんたらのご想像道りだよ。オレの仕事は人殺しだ」
恐らく、ロセはヒューバートよりも少し早くその答えに行き着いていた。だから、あのような嘘を言った――今はそう納得するしかない。
「一つ良いですか?」
内心でため息をつくヒューバートに代わり、今度はロセが問いかけた。
「ああ?なに?」
「貴方の腕前なら血を浴びずに殺せるのでは?」
何もかもが突然過ぎる。
それだけで脳の処理が高速を極めているのに、だというのに、そこへ新たな情報が増やされた。隣りに立つ美少女によって。
危ない、と言うよりも先に手が伸びる。
華奢な身体を守るように腕の中へと閉じ込めたと同時に、腕に一筋の熱が走った。
「――っ」
「え?う、嘘っ!ああっ!ごめんなさい!」
着ている服の肘から袖にかけて布が綺麗に破れる。地面に向けてぱらりと落ちていく布を追いかけるように、ヒューバートの腕から血が溢れだした。
「……大した事はありません」
――『随分、軽率ですね』
――『仲間にかなり甘やかされているのでは?』
――『私はあなたのお守り役ではありませんよ』
彼女に対して言いたい事は山ほどある。だが、全てが面倒になってヒューバートは放棄した。
「でも!」
「お兄さんの言ってることは合ってるよ。あんたもそこらの人間じゃないな。オレの動きに合わせられるヤツなんてなかなかいねぇ」
何故か少年に呆れた顔をされたのが腑に落ちない。手を出してこなければ良かったのでは、と思ったが元はロセの一言が発端なのでこれも口にするのを諦めた。
「私の従者もそれなりの腕前でして、いつも彼の剣捌きを見ているからかもしれませんね」
トーマスはあれでも公爵家の跡取りだ。つまり、軍事国家であるクルサード国の公爵という立ち位置は並大抵の者に務まるはずはない。
逆を言うならば、トーマスはロプンス公爵家の跡取りだからこそ、その実力をもってヒューバートの側近と成し得たのだと。
「へぇ、そいつと一度会ってみてぇなぁ」
今までヒューバートとロセには全く興味を示さなかったワーズワースの薄茶色の瞳がきらりと輝く。初めて子供らしい反応を見せた少年に、ヒューバートは小さく頷いた。
「私たちと共に行けば、いずれ会えますよ」
疚しさがない訳ではない。
それに、この少年が気になっている事も確かだった。
「殺して良いのか!?」
そんなまさかの食いつき方に一瞬瞠目したが、笑いがこみ上げてきた。
「ふふっ、……え、ええ、……ふふ、良いですよ。あっさり死ぬような人間なら私には不要ですから」
あまりにも愉快過ぎて身体を震わせてまで笑ってしまう。トーマスが本当に簡単に死ぬのなら、是非ともその状況を見せてもらいたいものだと興味が湧いた。
これは久しぶりに心の底から笑えましたね、と目元を拭ってヒューバートは息を吐いた。
「所で、あなたは何故黙って……な、なんです?」
急に黙り込んだロセを気に掛けていると思われるのも嫌で無視していたが、視線を感じて嫌々ながらも目を向ければ。
「貴方を堪能しているんです。偶然に感謝しなくちゃ」
ワーズワースよりも恍惚の表情を浮かべた美しい少女がヒューバートを仰いでいた。
「……」
何か言ってもろくな返答が来ないのは明白だろう。
ロセのおかげで急激に心が冷めてヒューバートは少年へと向き直った。
「さて、どうしますか?」
隙を作らないようにだけ気をつければ、ヒューバートにとってワーズワースの同行はプラスでしかない。
ロセとの二人きりの状況を防げる。
この洞窟に詳しそうな存在が手に入る。
何か起きた時の対処に使えるかもしれない。
けれど、ワーズワースに拒否されてもそれでも全く構わなかった。
「……うーん」
ヒューバートはただ単に現状の改善に努めただけの事なのだから。
腕を組んで悩むワーズワースを今度はロセが興味深げに見ている。ヒューバートと似た思考回路を持っている少女にとって、今のワーズワースはとても面白い存在なのだろう。
「よし、決めた!あんたたちについていく」
決意が込められた薄茶色の瞳がヒューバートの深い森の色の瞳を射貫く。
「でも、飽きたら終わりな」
「分かりました」
恐らく、少年の言う『終わり』とはヒューバートとロセを殺害するという意味が込められている。それを理解した上でヒューバートは軽く笑んだ。
「ううっ、せっかく二人きりだったのに残念です!けど、面白い事は大好きなので歓迎しますよ、ワーズワース君」
当然、ロセもそれに気付いている上での微笑を浮かべる。
三者三様の変わり者が集まったグループは互いに笑い合って、仲間たちと合流すべく再び土で固められた暗闇の中を歩き始めた。




