エピソード3
一方、その頃。
誰よりも一番気苦労を背負い、誰よりも一番気難しいと思われる残りの二人は――――他のどの二人組よりも和やかだった。否、洞窟の入り口で空間移動させられた時エトワールの騎士、シルヴィオ・ラフーレは警戒していた。
相手はエトワールを誘拐した一味の一人で、体格や厳つい見た目からして他のメンバーよりも強敵に見えたのだ。いや、実際、強いだろう事は二人だけが仲間たちから切り離されて途方に暮れていた際もその隙のなさで分かっている。
少しでもシルヴィオが変な動きをしようものなら、抱えている大剣を使わずとも素手で攻撃してきただろう。
油断ならない事態に緊張が走る。
「まあ、兄ちゃん。そんなに警戒するなって」
所が、相手は見た目を裏切ってのんびりした様子で振り返った。
「我が国の姫を攫った前科がある貴方がたを警戒するなという方が無理なのでは?」
いったい、どういうつもりなのか。キッと睨んだシルヴィオに相手の男が苦笑いを浮かべる。
「その件についてはうちのボスの意向だったからよ。ほら、上には逆らえねぇだろ?」
「……まあ、そうですが。という事は、貴方にはその意思はなかったと?」
やった事への謝罪もないが、どうも何か違うらしい。男の態度からそんな空気が見て取れて、シルヴィオは訝しみながら首を傾げた。
「俺は別にボスに忠誠を誓っているワケじゃねぇからさ」
なるほど、という言葉は内心のみで口には出さない。下手に合意したと思われてはならないからだ。
「というと?」
なので、続きを促せば。
「幼馴染みが悪い女に引っかかっちまったからなし崩しよ。あいつの面倒を見るのが俺の本当の仕事なんだよ」
「幼馴染み、ですか」
何だか意外な返答がかえってきた。それはどういう意味だろうか、と考えあぐねいてしまう。
「うーん。あんた……シルヴィオさんだったか、確かあのお姫さんの面倒をみるのが仕事だったよな?」
「そうですとも!……ただ、少々元気過ぎる所に頭を悩ませておりますが」
前回クルサードで人攫いにあった事は極秘扱いとなっている。代々星詠みをする家系に生まれたとあって、エトワールに何か起きたのは彼女の母であるトリエンジェ皇国の女王は既に把握していたのだ。だから、帰国したその日のうちに半年間の謹慎を言い渡された。もちろん、エトワールの騎士であるシルヴィオも。
ここ一ヶ月、ずっと暇を持て余していたエトワールが隣国の姫君からの夜会の招待状を断るはずもなかった。そこからこの遺跡に来たのはいまだシルヴィオは理解していないが。
だが、偶然の産物でまさかエトワールの想い人であるヒューバート・コールフィールドと遭遇するとは思わなかった。エトワールが無茶をしでかす前で良かったと思うべきか、熱が冷めるのを待っていたのになんというタイミングの悪さだと思うべきか決めかねている。
「悪い男に惚れちまったなぁ」
「分かります?あ、いえ、ヒューバート様はとても聡明な方ですし、我が主と並ばれても遜色しない容姿の持ち主であることは間違いがないのですが」
見栄えは確かに良いと思う。年齢差もちょうど良いし、何より夜空の髪色を持つ己の主の美貌に負けず劣らずの美しさをヒューバートは持っている。それに、なんと言ってもヒューバートの利点はその聡明さにある。己の望みを叶えるために慎重深く計画を練り、己の妨げになるものを排除していく。故に、扱い方を間違えれば命取りだが――
エトワールと婚姻を結んでもらえば、あの王子の力はトリエンジェ皇国の強い後ろ盾にもなる。
「何を考えているのか分かんねぇんだろ?」
「分かります!?……あ、いや、貴方の主は女性でしたね」
彼も似たような所だろうとシルヴィオが思うのは、先の誘拐事件でロセという少女の狂気を垣間見たせいかもしれない。
自分をヒューバートの心に残したいというその一心で彼の想い人であるミュールズ国の現宰相の息子なんていう大層な存在を殺害しようとしたのだから。それも、シルヴィオが大事に大事に傍らで見守ってきた血の繋がった妹、エトワールの手で。
「忠誠心はないけどな」
肩をすくめて笑う男が自分と重なる。
片や、星の導きで運命の相手だと一途に思いを募らせるエトワール。
片や、強欲な少女に魅入られて悪に手を染めてしまった男の幼馴染み。
きっと、自分たちの思いは彼らに伝わることはないだろう。
その後ろ姿に何度も手を差し伸べても。
「お互い、苦労しますね」
本当にそうだと思う。自分たちは不要な苦労を背負っている。――けれど。
「そうだな。んじゃ、あいつらが困っているだろうからさっさと探すか」
決してそれは苦痛じゃない。
多分、この男も似たようなものだろう、とシルヴィオは笑みを貼り付けた男に頷く。
「つーかよう、あの王子サマの何処がそんなに良いんだろうな」
「いや、あの、それはまあ……はい」
毎年何処かで戦争を起こしているといわれるクルサード国。その次期国王に選ばれたヒューバートは殺されそうになっても相手の首に噛みついて相討ちにしそうなタイプだ。好意を寄せるだけならまだしも、男に関わろうものなら必ず何かしらの代償は必要となる。それが自分たちにも降りかかっても振り払えないのだから質が悪い。
「……どうして、あの方だったのかと思う時があります」
「あー、それ俺も思った」
だから、たまには愚痴ぐらい言いたい時もある。
遠くで、悲鳴のような雄叫びのようなどちらともつかない声が聞こえた気がしてヒューバートは立ち止まった。
「ヒューバートさん?」
「今、何か……いえ、気のせいです」
振り返ったヒューバートに更に振り返るロセが首を傾げたので再び歩みを進める。戦漬けのクルサード国の王子として、どんな情報でも取りこぼしがないようにしているせいかヒューバートは耳が良い。耳で聞き取り、目で確認してなるべく早く決断をする。それが勝敗を決める決め手となる場合がある。その為、日頃から訓練しているヒューバートは先程の僅かな声も聞き逃さなかった。
それは目の前の少女も同様だとヒューバートは思っているのだが。
「そうですか」
先程の声が聞こえていないはずがない。そうなると、彼女はわざと知らないフリをした事になる。だからと言って、少女が今の状況を作りだした理由にはならないのは分かっていた。
――それでも。
それでも、少女のこの僅かな嘘に気付いた事を相手に悟らせてはならないと思った。
「それにしても、まさか、お名前を呼んでも良いって許可してもらえるとは思いませんでした」
ふふっ、と心底嬉しそうに笑うロセはこの薄暗い洞窟の中でもその美しさは損なわない。それほどの美貌を前にしてもヒューバートの心には響かず、直ぐさま視線は周囲へと移動する。
あなたに『殿下』と呼ばれると背筋が凍るんですよ、と言い返そうとしたが口を噤む。なんでもからかいのネタにするこの女に余計な事を言うべきではない。
「敬称まで簡略化して良いとは言っていません」
つまりは距離を詰めてくるな、だ。ヒューバートは確かに名前で良いとは言ったが、敬称までは許可したつもりはない。
「敬称については何もおっしゃらなかったので」
そう言って赤い舌をちろりと出すロセを軽く睨みつけたあと、ヒューバートはため息を吐き出した。言及してなければ許されるという屁理屈に気持ちが萎えたと言っていいだろう。
「あっ、今呆れた顔されましたね!?やっぱり、貴方はそういう顔が似合いますね!早く僕のものになったら良いのに」
この女の趣味が心底分からない。分かりたくもない。何故、そこまで執着されるのか分からず内心で困惑するしかなかった。
「ヒュ」
「お静かに」
その時、再び声が聞こえた。しかも、洞窟内に響くほどに。
「おやぁ、今にも死にそうな声ですね」
きっと、ヒューバートの想い人ならばここは慌てて現場に走っている所だろう。ヒューバートの制止の声も聞かずに。武道はからきしで、剣すらずっと握っていられるのか定かではないひ弱な人間であるのに彼は人一倍正義感が強い。本来ならヒューバートはそういった厄介な人間を疎ましく思うのだが、彼のその勇気は何よりも愛おしく思えるのだ。
「助けにいこうとは思わないのですか?」
ヒューバートの大切な者に成り代わろうとした少女を一瞥する。と、彼女は大袈裟に肩をすくめて青い双眸を細めて笑った。
「無駄死にはごめんです」
「何故、死ぬと?」
「自分が役に立たないって事ぐらい知っているので。いわゆる適材適所。僕は頭で考える側の人間です」
彼女の言っている事は正しい。人間には役割分担というものがあって、ヒューバートもロセと同じく頭脳派だ。こういった荒事はそういう専門に任せれば良いとヒューバートも思っている。 ――だが。
「そうですか」
つまらない、と感じるのはきっとヒューバートにとっての理想が真逆だからだろう。
「えっ、ヒューバートさん?まさか、行くおつもりですか?」
「ええ、それが何か」
以前のヒューバートなら先程の声を無視してトーマスたちとの合流を選んだ。今も本心ではそちらを優先すべきだと思っているが、悲鳴を聞いた以上そこに向かってみるのもありだと思った。助けるか否かはそこで考えれば良いだけの話なのだから。
「……まあ、別に良いですよ。貴方についていきましょう」
「ご自由に」
元々、一人でも行くつもりだったヒューバートの返事はおざなりで。やや批難めいた表情をされたがヒューバートはかまわず声のした道を歩き始めた。
「結局、何処に行こうとも同じですからね」
どういう意味ですか、と問おうとした瞬間、青く光る一陣の風がヒューバートの髪を凪いだ。
振り返ってみると、硬い土塊に鋭い刃が突き刺さっており、避けていなければ今頃一瞬で死んでいた事は明白だ。
「こ、こういうのを待ってたんだって!」
「……」
無意識にロセを抱き寄せていたのを後悔すること数十秒。ハッとした顔でヒューバートを仰いだ少女は恥じらいながら唇をかみ締めた。
「……僕だってただの一人の女の子です。好きな人に守られるという憧れはあるんですから」
照れたロセを見下ろして、ヒューバートは静かにため息をはき出す。
「怪我はありませんか」
「貴方が守ってくださったので」
ふわりと微笑むロセの表情と言葉に裏はない。そういった側面を見せられるからヒューバートに対してだけは嘘偽りがないと思えるのだ。
――きっと、このようにして男を虜にしていくのでしょうけれどね。
「そうですか」
誰もが振り返るほどの美少女にこれほどまで好意を寄せられて嬉しくない男はいないだろう。――ヒューバートを除いては。
先程も彼より先に出会っていたら、と問われたがやはりロセを好きになる事はないと確信をもって言える。
――そこを分かっていて執着してくるのだから質が悪い。
だが、今はそれより。
「どうやら、興奮しているようですね」
「死体が二つ。うーん、どっちかが肉親って所ですか」
二人が静かに観察するのは――――血しぶきを浴びたのか、真っ白な衣服を真っ赤に染めて短剣を構えてこちらを睨み付ける一人の少年だった。




