エピソード2.(彼視点)
さっそくの閲覧、皆様ありがとうございます。
忘れたくない。
忘れられない。
……どれだけ、月日が流れても。
その報告は、まさに寝耳に水と言わざるを得なかった。
「は?もう一度、言ってもらえますか?私の婚約者を名乗る女が……何だって?」
「ちゃんと聞いてるじゃないっスか!だーかーらー、衛兵から連絡があって、トリエンジェの姫君が単身で嫁入りにきたって」
それは、今日の執務をこなして昼食の休憩に入ろうかとしていた時の事だった。失礼します、と珍しく普段よりも慌ただしく扉を開けて入ってきた私の臣下、トーマス・ロプンスが突然理解に苦しむような言葉を口にした。
こいつはとうとう頭がおかしくなったのかと思ったが、ただ単に報告する本人こそが平静さを失っていただけのようだ。
とにかく、何を言っているのか理解不能で要点を絞って説明しろと言いたい。将来は、この国の王位を継ぐ私の従者ともあろう者が嘆かわしい。
……しかし、いや、待て。
「嫁入り、だと?」
実際には、私も今の状況を把握するのに不要な処理時間を使わされているけれど。
そうきたか。……なるほど、トリエンジェの王族め。まさか、戦を仕掛ける前にそういう方法で先に仕掛けてくるとは。
私にとって、これはミュールズから戻って初めて頂いた大きな仕事であるというのに。
――あれは、ちょうど一年前のこと。
留学先で、唯一の友好国である隣国ミュールズから帰国して早々に、我が父でありながら偉大な支配者である陛下が、次期国王としての采配を見せよと委ねられたのがトリエンジェとの一件だった。
そのトリエンジェ皇国とは砂漠の国として有名で、実は近年、珍しい資源が発見されて他国間でも度々話題となっていたのだ。そこで、我が国も他国より多くその資源を確保する方向で動いていたのだが。
交渉するよりも、戦を仕掛ける事の方が早い我が国の特殊性に、先手を打ってきたという所だろう。
要は、自国の姫を嫁がせて、どうにか戦を回避する方法に出たという事ですか。
「安直な」
「っスねー。ただ、まあ……そのお姫さんが変わってるお人なようで」
「変わってる?」
「直に会えば分かるみたいっス」
変わり者、ねぇ。私の中で、変わり者といえば良い意味でとある人物しか思いつかない。
――とは、まだ引きずっている証なのかもしれませんね。
私のパートナーは、あの頃から今もずっとあの方しか想像出来ていないのだから。
それを、簡単に拝命できるなど思う馬鹿に会ってやるのもやぶさかではない、が。……ただ、今はまだその時ではないと言える。
「今日は、適当な部屋にお通しするように伝えてください」
「了解っス」
さて、その姫君は長い間放置されたらどう動いてくれるのでしょうか。
期待というほどではないにせよ、わざわざ敵の陣地にやってきた間抜けを貶めるという行為は、淡く甘美な砂糖菓子に似ていた。
「ほい。んでは、毎度おなじみの定期報告でーす。今回、晴れて十八回目の脱走に失敗したみたいっスよ」
「……」
どうやら、まだ見ぬ姫君は私を笑わせる気はないらしい。
まだ三日目だというのに、気の短い。
「今回は、監視の兵を懐柔しようとしたみたいです。溜め込んでいた菓子類で」
「……姫君の年齢は?」
「確か、ヒューバート様の一つ下だから十七歳だったかと」
頭が痛い。その歳で、衛兵を菓子で釣ろうとは。どれだけ、短絡的思考の持ち主なのか。聞いただけで、ため息が出てしまい、深みのあるソファーに凭れてお茶を口にする。
少し苦めな味わいに満足してもう一度飲むと、珍しく執務室に訪れていた妹が憂いを帯びた瞳でこちらを見上げた。
「どうなさるおつもりですか?」
彼女のツインテールが揺れる様に相好を崩して、その一房をそっと掬う。橙色の灯火のような珍しい色合いのこの髪を、私は密かに気に入っている。
腹違いの兄妹を数えて、私からみれば彼女は五番目の兄妹になるが、他の兄妹達よりも愛しいと感じるのは同じ母から生まれたからか。
そして、他の兄妹の誰よりも私を信じ、付き従っているからだろう。
「優しいアメリア。お前なら、どうしますか?」
愚直で、純粋、慈愛の精神に満ちあふれた、愚かな実妹。けれども、外見は他の兄妹の誰よりも愛らしく、花が綻ぶような可憐な顔立ちをしている。国民の間では、王族の姫君の中でアメリアの絵姿が一番の人気だという。
十五歳ながらに、学園内でも他の兄妹達より絶大な支持を得ているというのに、この子は幼い頃より自分は不出来だと思い込んでいるのだ。だからこそ、同じ母から生まれて優しくしてやっていた私に依存して、去年までは人形のように生きていたが。
――一年前のある出来事を境に、私達の兄妹仲は変化した。
いや、有り体に言えばあの方の影響が、私の心に変化をもたらせたというべきか。王族の、しかも、次期国王候補である私は、幼い頃より帝王学を学び、己の欲すべき物は何をしても手に入れてきた。だから、周囲の人間は全て駒でしか過ぎなかったのだ。
トーマスも、アメリアも、己の実の母でさえ。
そして、アメリアの協力とタイミング良く知ってしまった秘密をネタにあの方でさえも己の持ち駒にしようと画策していたというのに、結局は失敗に終わってしまったけれども。
……感化されてしまいましたね。
去年までの私なら、周りの意見など聞こうとも思わなかった事でしょう。
私に訊かれて嬉しかったのか、鮮やかに微笑むアメリアにつられて口が綻ぶ。が、ふと視線を感じたのでトーマスを見れば、明らかにこちらを見てにやついていたので目を細めて睨み付けた。
全く。トーマスも間違いなく私と同じで、あの方に染められた一人であるのに、この男はどこに居ようとも特に何も変わらない。変えもしない。だからこそ、こいつの異常性を物語っているのだけれども。
それに気付いているのは、一番長い時を共に過ごしている私ぐらいなものだろう。
だからといって、支障は無い。それに、不満もないけれど、ただ、クルサードに戻ってきてから幾度となくこんな風に気持ちの悪い笑みを浮かべるので、そこだけが気に入らない。
「えっ、えっと。わたくしなら、そうですわね……一度会うだけ会ってみて、気に入らなければさっさと帰って頂きますわ」
「それに越した事はありません。しかし、彼女も一国の運命を背負ってやって来たのです。簡単に帰るとは思えません」
そう言ってやると、アメリアは明らかに落胆した顔になった。内心でそれを楽しんでいると、彼女が結わえた髪を弾ませて両手を合わせながら顔を上げる。一年前までは、私に駄目出しをされた時点で会話が終了していたというのに、今では瞳がキラキラと輝いていた。
「では、お兄様には何か秘策がありますのね!」
最近、ミュールズのとある少女と手紙のやり取りをしているからか、自分の意志を持ち始めるというのは良い傾向なのだろうとは思う。そんな風に、話とは全く違う別の事ばかりを考えてすっかり聞き流してしまっていたようだ。
アメリアが感嘆の声をあげて尊敬の眼差しを向けてきたので、笑いながら否定した。
「いいえ?」
「え?」
「今回の件に関しましては、全く何も。ただの腹いせですよ」
まあ、確かに気になる部分があったので、小さな種はいくつか蒔いておきましたが。
次期国王という立場にいれば、必然と二重の性格になってしまうものだ。采配する上で全てに気を配り、家臣への猜疑心も強くなり、他国に舐められないよう他人を出し抜く事が生き残る術となる。それは、言うなれば己の感情を削っていくもの。必要不可欠な部分だけを抽出し研ぎ澄ませて高みを望む。
だからこそ。
だからこそ、私の隣りに立つ者は――
「ヒューバート様が、そこまでお怒りになるのも珍しいっスね」
私の言葉に驚いて言葉が出ないアメリアに代わって、トーマスが物珍しげな顔で呟く。
「怒ってはいません、呆れてるんですよ」
「……そうだったんですね。申し訳ありません、わたくしったらお兄様のお気持ちを全く理解出来ておりませんでしたわ」
「人質を出せば、我が国が手出し出来ないと軽く見てくるような国に、そこまでして差し上げる気はないというのが理由でしょうか。クルサードも甘く見られたものです」
砂ばかりの平和主義の弱国に。
私のこの軍事力では他国の付随を許さない最強国に打って出ようなど。
そんな黒い感情を抑え込んでいるとは知らず、アメリアが珍しく頬を膨らませた。
「お兄様の婚約者になれるというのがそもそもの間違いですわ。わたくし、本当はそこが快く思えませんの」
「お前が感情をむき出しにするとはね」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
そこを指摘するだけで、顔を赤く染めて謝る。全く、昔はここまで妹の反応が面白いとは思わなかった。
構いませんよ、と笑いかけてやれば今度は嬉しそうに口元が綻ぶ。そのコロコロと表情が変わるところも、アメリアが人間らしくなってきたという事の良い傾向だろう。
「それに、私が動かなくともそろそろあちらが動き出す頃でしょうし」
「え?」
小首を傾げるアメリアに笑いかけてから、やや冷めてしまったお茶を飲み干す。それと同時に、執務室の扉がノックされた。
トーマスに無言のままアイコンタクトを送れば、手慣れたもので用件を聞きに出る。
いまだキョトンとしているアメリアには悪いが、これから忙しくなるので帰ってもらうしかないだろう。私だって、そこは残念で仕方ない。――だが。
これも、王への礎だと思えばこそだ。
「ヒューバート様、お待ちかねの来客っスよ」
「アメリアは自室に戻っていなさい。しばらく、お茶の相手は出来なくなりますが、お利口でね」
ソファーから立ち上がり、私を見上げるアメリアの頭に手を乗せる。
「は、はい」
このような動作を、あの方が婚約者によくされていたのを思い出してつい苦笑してしまう。手に入れたいと欲したのは、独占欲とそれから羨望があったのは事実だろう。
あの優しく甘そうな微笑みを自分だけのものにしたくて――――嫉妬したのだ。
さっきまでアメリアの髪に触れていた手を握りしめ、トーマスと共に部屋を出た。
「お初にお目にかかります。この度は、取り急ぎ拝謁叶いました事を深く感謝致します」
そう言って、膝を折り、深く頭を垂れたのは異国の衣装を纏いながらも、一分の隙も見せない若い男だった。
この民族衣装は、いつ見ても不思議なものだ。男でも、ヴェールを被らなくてはならないとは。何でも、その国では知らぬ者にあまり髪を見せてはいけないらしい。
だから、今は、男の蒼い瞳だけが印象深い。
ここは、玉座の間ほど広くもない数ある謁見に使われる一室に過ぎない。それに、他国の使者は、次期国王と決まっていても、まだ王子でしかないこの私を試そうとする者ばかりだった。
なのに、目の前のこの男は、心の内はどうであれ、そんな不躾な視線や薄汚い心を見せびらかす事もなく、ただ率直に最大限の礼儀を尽くしているようで期待できる。
ならば、私もあまり意地の悪い方法は使わないでおきましょう。
久しぶりに、気持ちの良い会話が楽しめそうだ。
「構いませんよ」
その感覚は、とても懐かしく――そして、苦いものだった。
だが、今はこの会話に集中すべきだ。
「私は、トリエンジェ皇国の王宮騎士シルヴィオ・ラフーレと申します。先日こちらへ参りました我が国の姫に、母君よりお手紙がございまして。直にお渡しするように言付かっているのですが」
……なるほどね、そうきましたか。
男の言葉をざっくり広げてしまうと、自国の姫に会わせて欲しい、という簡単な願いだった。ただ、薄々感じていた疑問は、お陰様で解かれて確信に変わる。そう、彼が直接そのように口に出せない理由があるのだ。
「どうでしょうか、彼女がそれを素直に承諾して下さるか分かりませんよ?」
だから、少し意地悪をしてみようと思った――が。
「申し訳ございませんが、手紙は必ず直接お渡しするようにと指示されておりますので」
「……左様ですか」
この私が、肩透かしを食らうとはね。初見で、油断ならない男だとは思っていたが、さすがだろう。
それならば、仕方ない。
ここで、押し問答するよりもさっさと引き取ってもらう方が早いだろうな。そう判断して、謁見中私の後ろに立ち、ずっと静かにやり取りを見届けていたトーマスに声を掛ける。
「彼女をここへ」
「心得ました」
そう言って、近くの兵にそれを伝え、再び定位置へと戻った。こいつの公私を切り分けている所は相変わらず感心するが、如何せん普段の適当さが目に余る。
今も、身動き一つせず片膝をついたままの男と比較してしまうのは、暇つぶしに最適だった。
こんな風にいくつも呆れる事は多いけれど、実は、このトーマス・ロプンスという従者に対して不服や不満は微塵もない。それは、幼少期に彼が一度、私に刃を向けた事で、既に制裁を逐えているからだ。
詳細は省くとして、あれは雪の日の事だった。
あの時、トーマスの右目を奪う事で、私自身も彼に対して抱えていた負の感情は全て去ることに何の不安も抱かなかった。それだけ、幼少期の私がまだ純粋だったという事なのかもしれないが。
その場で誓いを立てられた言葉は、彼の罪と一緒に流れる血と共に覚えている。
後に残ったのは、左目と信頼のみ。――今も、そしてこれからも。
あれから、トーマスは私の前だと、どんどん馴れ馴れしい態度を取るようになってしまった訳だが。それでも、私にとってはトーマス・ロプンスという男ほど信じられる人間は、この王宮内に誰もいない。つまりは、そういう事である。
これでは、感情だけで右往左往しているアメリアの事を馬鹿に出来ませんね。――本当に。
いくら、父である国王陛下が、数いる姉弟たちの中から第一夫人の元に生まれた私を選ばれても、実績を見せなければ話にならない。
こんな婚約者騒動ぐらい、さっさとケリを付けなければ。
そのように考えを纏めていると、部屋の外から何やらうるさい足音と声が揃って聞こえてきた。
ここで、私の花嫁と称する女と初対面になる訳だが、外の喧噪が大きくなるにつれて分かるのは予想通り短絡的であるようだ。
これだから、知性のない者と会うのは嫌なのだ。――ですが、これは余興と見なしてじっくり観察させてもらいますか。
浅く息を吐き出して、椅子に腰掛けた状態のまま視線だけを扉に向ける。
さあ、せいぜい楽しませて頂きましょうか?
待ち人来たる、という構えで待っていた分、特に驚くべき事は何一つもない。だから、この部屋の守衛を任せていた者との押し問答も些末な事に過ぎなかった。
「……ってに、入るのはお止め、あっ!」
ゴトリ、と見た目とは違う重い扉がゆっくりと開く。
「ええい、うるさい奴らだな。わたしを呼べと言われたのであろう!?」
それをいとも簡単に開けたのは、トリエンジェ皇国特有の民族衣装を身に纏う女だった。元々、砂漠地帯という事で着るものが薄い彼女の服から分かるのは、すらりとしなやかな体つきで、太すぎも痩せすぎもせず、ほどよい筋肉がついていて引き締まっているようだ。
「お、お待ちくださ」
「待たん!」
ウィオラという薄紫色の小さな花のようなヴェールが、女の動きと同時にはためく。重厚な扉を両手で閉めて、外との遮断に成功したのが満足だったのか、ふうと一息つきながら額を拭いながら振り返った女と目があった。
……黄金色の瞳、だと?
それだけで、苦い思い出が蘇る。黄金色の瞳の人物には、一度煮え湯を飲まされているので、思わず目を細めてしまう。だが、女はそれを全く気にもとめず、じっと無言のまま私だけを見据えていた。
三日間、軟禁してきたのだから言いたい事も山ほどあるはず。
それをここで口に出したところで、何とでも言い繕ってみせる自信はあるが。
――さて。
「ひっ、ひっ、姫殿下ぁぁあああああっ!」
「えっ」
しんと静まりかえっていた室内に響き渡る、そんな情けない叫びに反応して声を漏らしたのは、私ではなくトーマスだった。まさか、今の今まで、一分の隙も無く私の前にひれ伏していた男が、嘘のように弱々しい声をあげたのだから、それは確かに驚きもしたが。
「シルヴィオ、お前、何しに来た!?」
「姫殿下のお供ですよぅ。何のために、私が居ると……ああ、もう。こ、ここまで来るのに、俺がどれだけ泣きそうになったかお分かり頂けないでしょうけどね!」
こつこつと音を鳴らしながら、悠然と歩いてくる女に対して、目の前の男は私たちがいるにも関わらず、へたれこみながら目元を潤ませる。
「なんというか、どっちもギャップが凄すぎる」
後ろのトーマスが、あまりの衝撃に漏らした言葉に心の内で同意する。男もそうだが、この異国の姫君にも、だ。
去年まではミュールズに留学していたとはいえ、帰国してからは様々な国の貴人と話をする事で異国の文化や習慣、それに傾向を学んできた。だから、彼女の言葉遣いをとやかく言うつもりは毛頭ない。が、男勝りという表現が似合うほど、どこか雄々しい態度には眉をひそめてしまいたくなる。
そして、因縁深い黄金色の瞳。
以前、トーマスが衛兵から聞いた彼女の印象は、『変わり者』だったが、まさにそれが相応しい。
やはり、私にはそぐわないようですね。
これは、早々にお引き取り願うべきか。そう思った矢先、シルヴィオという男と話し合いをするのかと思っていた姫君が、彼を通り越して私の前へとやってきた。
「……わたしは、トリエンジェ皇国の第一皇女。エトワール・アルフ・ワ・ライラ。初めまして、星に示されし私の未来の旦那様」
何を言い出すのかと思えば、この女は。
「星、ですか?貴女が、ここへ来たのは貴国の決定ではないという事でしょうか?」
国の意向なのだとしても、独断であるにせよ、結局お帰り願うのは同じですが。
「ご存じないか?我がトリエンジェは、星を読んで政を行う国だと。星の導きは、国よりも重いのだ」
それは、確かに周辺諸国の国内事情を知る際に聞いてはいたが、実際にその通りだとは思ってもいなかった。なので、まだ半信半疑だった私にシルヴィオが言葉を続ける。
「我が国には、古来より星読みの巫女がいるのです。そして、こちらのエトワール様は星読みに長けており、国民にはこう呼ばれているのです、『星の姫巫女』様と」
「……へぇ」
だが、まだ疑わしい。
軟禁中の彼女の態度や行動などを鑑みれば、どこにそんな尊厳があるのかと問わずにはいられない。
そもそも、単身一人で敵国に乗り込む馬鹿がどこにいる?
「お前、まだ信じてないな?……分かった。だったら、証拠を見せてやろう」
「証拠?」
「ああ。古来より、星の巫女には受け継がれるものがあるのだ」
「ひぇっ!だぁ、だっ、だめですってばぁ!それだけは、止めてくださぁい!」
こちらに対しては、あんなに精悍な顔つきで答える事が出来るのに、相変わらず彼女に対してはふやけた顔になるシルヴィオが気になるが、それよりも証拠というものの方が気にかかる。
黙って見ていると、女が徐に耳飾りを揺らして頭のヴェールを乱暴に取りさった。
「!」
その行動は、実に荒っぽく淑女らしさの欠片もないが、ヴェールが落ちていくと同時に現れた髪に息を飲む。
彼女の美貌が晒されると同時に、この世のものとは思えぬ色合いで紡がれた幾つもの長い髪の束が、法則性をもって彼女の腰元へと落ちていった。
――まるで、夜の珠玉。
それは、このクルサードでは最近お目にかかれなくなった満天の星々が広がる空の色合いを彷彿させる不思議な色彩だった。
「ひ、ひめでんかぁ」
「シルヴィオ、うるさい」
「う」
しばらく、見惚れてしまったのは事実だった。
我に返って、今の状況を冷静に判断し直す。
「その髪が、証拠ですか?」
「そうだ。この髪の色は、百年に一度しか生まれてこないと言われている」
「そんな希少価値をお持ちならば、さぞ貴国で重宝された事でしょう。星が示したからといって、我が国へ嫁ごうなど浅はかではありませんか?」
はっきり言えば、愚直過ぎる。いや、それはトリエンジェとクルサードの考え方の違いだろうが、ここまで貴重な人材ならば、うちでは外に出さず塀の中で飼い慣らす方を選択するという事だ。
なのに、トリエンジェでは自由を与えているとは。
「何とでも言うがよい。未来は、既に定められておるのだ。お前がわたしを嫌おうとも、どうする事もできるはずはない」
軟禁して、故意に一度も会おうとしなかった事は、さすがに気が付いていたという事か。
なるほど、ただの馬鹿とは呼べないようだ。
黄金色の瞳で、嫌というほど見つめられる。それだけでも酷くおぞましいのに、簡単には帰らないという言葉も含まれているから嫌気だけがわき上がっていく。
――この女とは、反りが合わない。
ならば、こちらも全力で拒絶するのみだ。
「でしたら、王宮の外にどうぞ」
それなら、いくらでもいてくれて構わない。アメリアには好評の外面だけで微笑んで見せると、今度は彼女が目を見開いた。
「うっ。あ、そ、それはちょっと」
「我が国に滞在したいというのでしたら、お好きにどうぞ?」
この辺の詰めの甘さは、まだ目の前の女が完璧ではないという証拠だろう。
欠陥品だ。不要品め。見た目がどれだけ珍しくとも、私の目の前では全て無価値に等しい。
「……くっ。シルヴィオ、どうにかならんのか」
「うぇ、わ、私に言われ……あっ!そ、そうだ、こちらの手紙を!」
主にせっつかれ、シルヴィオが取り出したのは、トリエンジェの国印の入った正式な書類だった。考えたくはないが、従者は主に似るのだろうか。
トーマスとの関係を今一度、見直すべきだと頭の片隅に置きながら、トーマス経由でそれを受け取る。
本来ならば、そのまま陛下にお渡しするべきだろうが、トリエンジェとの件は全て私に任されているので封をきった。
「……」
……そんな事だろうとは、思いましたよ。
この状況で、手紙を渡された意味を具現化したのが手紙の内容と呼べば良いだろう。少しばかり、肩から力を抜いて目立たぬように息を吐く。
結局、トリエンジェの皇帝にまんまと出し抜かれていたという訳だ。いや、娘の行動を見抜いていたというべきか。
これで、思惑通りに事が進むと思わないで欲しい所ですね。
何にせよ、憂鬱なのは間違いない。
皇帝からの手紙をトーマスに渡して、心配そうな目つきで私を窺う彼女の金色の目と合う。
「……いいでしょう、貴女を特別大使として賓客扱いさせて頂きます」