エピソード1
三章、始まります。
よろしくお願い致します。
真っ黒に塗りつぶした闇に星を一つ置きましょう。
すると、その星は見事に輝いて今まで隠れていた星々が浮かび上がってくるでしょう。
やがて――
星はその代償に燃え尽きて消えるのでしょう。
1.
ヒューバート・コールフィールドは、後悔はしない主義だ。
だが、この瞬間、今まさに後悔していた。――ここに来るんじゃなかった、と。
つい先程まで一緒だった己の従者のトーマス・ロプンスの姿は見当たらず、不本意ながら同行する事になったお転婆な砂漠の国の姫君とその従者の姿もない。
周囲を見渡せば、そこは暗闇に溶け込んだ形の良い土ばかり。明らかに人為的に掘られたと分かる洞窟の中だ。そして――――――つい一ヶ月ほど前に出会った白金色の髪の少女が目の前でにっこりと微笑んで佇んでいた。
「……」
「……」
無言で対峙すること五分。自分から声を掛けるのはどうしても避けたくて、思いきり視線を逸らしながら何故このような事態に陥ってしまったのかヒューバートはきっかけを思い起こした。要は、現実逃避だ。
ヒューバートが待望の想い人と再会を果たして二ヶ月が過ぎていた。彼の人が出席した聖ヴィルフ国の式典には第二王子のレメディオスが参加しており、隣国が起こした一騒動を報告書という形で知った。聖ヴィルフ国へ向かう前に立ち寄ったこの国でも彼は誘拐事件に遭ったというのに、またトラブルに巻き込まれたと知ってどれだけヒューバートの不安を煽った事か。自国のみならず、行く先々でも事件に遭うのだからあちらの国の人間は気が気ではなかっただろう。彼を宰相として国に縛り付けるのもあながち正しいのではないかとすら思えたほどだ。今はそれについては保留するとして。
暫くしてから、ヒューバートは父親であるクルサード王に呼び出された。
厳かな謁見室に父と二人だけにされたのはこの時が初めてではないだろうか。父と子。何の名目もなければそれだけの関係なのに、クルサードという国はそう簡単に結論づける事は許されない。常に何処かと戦をしている軍事国家だからこそ、上下関係は厳しいのだ。
「面を上げよ」
許しが得られるまでは頭を上げない。この国の第一王子として育ったヒューバートにとって、この国の王は絶対的存在である。それは次期国王になる為の盤石に過ぎないが。
「ヒューバート・コールフィールド、ただいまここに馳せ参じました。陛下におかれましては」
「今日はそういったごたくは良い。それより、そちは兄弟についてどう思う?」
「――は。兄弟でございますか」
全てにおいて賛辞を喜ぶこの国の王らしからぬ話のたたみ方に驚いたものの、ヒューバートは思案するかのように少し首を傾げた。
「腹違いであろうともそちの兄弟は多くいる。そちから見て、あやつらは使えるか?」
「……そうですね。私見を述べさせて頂きますと、己の役割を違えなければこの国にとって有益な人材になるかと」
使えるか使えないかを問われるならば、使えるようにするまでだ、というのが持論である。ヒューバートはそのように生きてきたし、これからもそのつもりだ。だが、ここで問われているのはそこではないとヒューバートは知っていた。
「うむ」
「そのような意味ですと我が姉、カミーユはとても優秀かと思われます」
長女のカミーユ・コールフィールドは既に他国に嫁いでおり、新しい情報も既に入ってきていたからだ。
「ほう。もしや、そちの耳にも入っておるのか」
「はて、私にはさっぱり」
「ふふ、まあ良い。実は、カミーユが懐妊したという知らせが入った。これでクラールク公国との繋ぎはより頑丈なものとなる。それでな、一つ頼み事があるのだ」
父王のご機嫌取りなど造作も無い。おかげですんなりと本題に辿り着いた。
「何なりと」
「他でもないそちに、祝儀を持っていって欲しいのだ」
「祝儀、ですか?」
「カミーユが懐妊した知らせが届いた。その祝儀をそちに届けてもらいたい」
この意味が分かるか、とばかりの視線にヒューバートは瞼を閉じて頭を下げた。
「陛下の御心のままに」
姉の懐妊の知らせを聞いていた時点で、この件に関してヒューバートは既に予想済みだった。
父王が前回の聖ヴィルフ国にヒューバートを派遣しなかったのは聖ヴィルフ国を特別視していないからだ。王位を継ぐヒューバートをわざわざ危険に晒す真似はしない。
ヒューバートもそれが分かっているので、想い人がそこへ赴くと知っていても共に行きたいという気持ちは湧かなかった。
だが、クラールク公国は別である。
クルサード王の第一子となる姉の嫁ぎ先にして、いずれはクルサードが海を渡って他国を支配していくには大事な国であるのだ。その足がかりとなる国を掌握すべく、まずはクルサードからクラールク公国に敵意はないと何度も知らしめなければならない。
それが姉、カミーユの婚姻である。
そして、彼女は見事その腹の中にクルサードの血を持つ子を身籠もった。
では、次にする事といえば。
それは、大国と砂漠に囲まれた領土が小さいクラールク公国にクルサードとの差が歴然とあるのだと見せつけること。――つまり、ヒューバートが持って行く祝儀で財力を示す。
それも、祝儀を持っていくのは外交官ではなくクルサード国にとって大事な世継ぎであるヒューバートでなければならない。その意味はクルサード国がクラールク公国を信頼しているというパフォーマンスだ。
そうして、ヒューバートは国王に勅命を受けた三日後には海を渡ってトリエンジェ皇国の隣りに位置する小さな国、クラールク公国にやってきたのだが――
「いい加減、おしゃべりしませんか?」
敢えて視線を逸らした視界の外から明らかに不機嫌と分かる声がして、ヒューバートはここでようやくため息をはき出した。
「そもそも、どうしてあなたがここに居るのです?」
「どうして、なんて素っ気ない。貴方がここに来ると思って僕もはるばる海を渡ってきたのに」
存在自体が信じられないと言わんばかりのヒューバートの言葉に、少女はぷくっと頬を膨らませる。見た目だけは可憐で誰しかも振り返るような美少女であるのに、彼女の本質は『狂気』としか言いようがない。
そもそも、想い人を殺されそうになったのだから気を許せという方が間違っている。それも、彼女は自分をヒューバートの記憶に残したいが為だけに彼の想い人を躊躇いなく殺すつもりだったのだから。
「あなたと馴れ合うもりはありません」
深い海を彷彿させる瞳の色まで想い人そっくりな少女と目とかち合う。己がそこまで似ていると分かっているからこその行動に嫌悪感が湧きあがった。
「冗談ですってば。僕たちは別の目的があってここへやってきただけなんです」
なので、深い意図はありません、と断言する彼女――ロセにヒューバートは疑いを残しながらも、そうですか、と口にした。以前、ヒューバートには嘘を付かないと公言したのを丸呑みするつもりはないが何故かそこだけは信じられる。自分でも不思議としか言い様がないが。
「けど、まさか僕たちだけはぐれるなんて思わなかったですね」
ここへやってきた時、ヒューバートは従者のトーマス・ロプンスとクラールク公国の隣国の姫君、エトワール・アルフ・ワ・ライラとその騎士であるシルヴィオ・ラフーレと一緒だったのだ。まあ、この二人に関してはヒューバートも同行を許したつもりは今もない。
「私たちだけで済んでいるならそれに越した事はありません」
腹違いの姉の嫁ぎ先――元は公爵領であったクラールク公国がどうして他国から侵略を免れているのかというと、それは古代の遺跡が存在しているからである。
この世界に魔術や幻術の類いはない。――――が、もしかしたら大昔はあったのではないかという痕跡がこの国に幾つか遺されているのだ。それが古代の遺跡であった。
古代の遺跡は洞窟の形状が最も多く、そこは足を踏み入れたら最後、戻れないと言われている物まである。信じられない事だが探索中に突然、場所移動してしまうというのだ。
そして、ヒューバートは正にそれを体験した所だった。
「話すより足を動かしましょう」
まさか、洞窟内部に入った途端、移動させられるとは思わなかった。しかも、洞窟内である事は間違いないのにどの位置に移動しているのか地図もないので分からない。なにせ、町で話を聞いたところ今まで何人もの探索者が行方不明になっているというのだ。生還者は居るものの地図など作れるはずもなく帰ってこられただけで儲けものだと言われている。
いつになく慎重にならざるを得ない状況下で、ヒューバートはまずは従者たちとの合流を目指すべきだと判断した。
「そうですね。それにしても、ここは寒いですね」
さすがは洞窟の中とでも言うべきか、確かに肌寒い。外は今も尚、秋晴れであるに違いないのに。だが、ヒューバートはそんなロセを冷めた目で一瞥して前へと進む。
何故ならば――
「そもそもそんな短いズボンを履いているのが間違いです」
ロセが淑女らしからぬ恰好をしていたから、それもあってあまり見ないようにしていたのだ。相手がどうでもいい相手であっても、こればかりは紳士として振る舞うべきだと思っている。
「えっ!?もしかして、貴方が怒っている理由ってこれですか!?そっか……皆には好評だったんですけどね」
貴方は清楚な恰好の方がお好みですものね、とロセが上目遣いで顎に手を当てる。そして、ふふっと笑ってヒューバートの横に並んだ。
「ねぇ。もしも、あの子より先に僕と出会っていたら、僕のことを好きになってた可能性ってありました?」
「全く」
「即答!」
あはは、と大笑いする少女は確かに可憐で愛らしさに満ちている。だが、その腹の中にある真っ黒い闇を知れば、誰もが戦慄する事だろう。
――それに。
ヒューバートは想い人の儚い美しさに心を奪われたのではない。全ては前世の記憶などという便利な記憶をたまたま保有していた同腹の妹の進言からだ。
この世界は乙女ゲームとやらの世界でヒューバートはとある少女と出会い、そして恋をするだろう、と。
ヒューバートの心にあるのは常に愛国心である。それゆえ、いずれ国王となる自分が他国を侵略する為に有利な駒は出来るだけ揃えておきたかったのだ。けれど、結果はあえなく失敗し、ヒューバートの心に芽吹いた想いだけが遺された。
だが、この少女にそんな思い出話をしてやるつもりは毛頭ない。
「あなたの目的がなんであれ、私の邪魔をするならばそれ相応の覚悟はしておいてください」
他国の姫や貴族を誘拐してまでヒューバートに己の存在を知らしめたのだからクルサードから出国していると思っていたが、まさかこんな場所で再会する事になるとは思いもしていなかった。
今度は何を企んでいるのか分からない今、自分たちの目的も知られないようにすべきだ。
「貴方はやっぱり思った通りの人ですね」
最高、と熱っぽく呟く少女の微笑にヒューバートは眉間に皺を寄せて距離を取る。
どうして、つい最近まで存在すら知らなかった少女にここまで好意を寄せられているのか分からない。彼女と自分は支配する側という同じ人種だからこそ、余計に不可解でならないのだ。
「つれませんね。僕はこんなに貴方を評価しているのに」
「評価?勝手に値踏みしないでいただきたいですね」
明らかに自分を棚に上げたのは明白だが少女に分析されたくない。いや、それ以前に固執されているのが酷く気持ち悪い。
「嫌われたものだなぁ」
「これ以上、嫌われたくないなら関わらないでください」
冷めた声で嫌悪感を隠しもしないヒューバートを仰ぎ見たロセは――だが、目を細めて薄らと微笑んだ。
「ああ、懐かしいな。出会った頃のシシーも同じ事を言ってたんですよ。『近寄るな』とか『気持ち悪い』とか『悪魔め』とか」
まるで女神に仕えていた御使いのような美しく穢れのない笑顔だからこそ、ロセの微笑に背筋が凍る。
シシーという名は誘拐事件のおりに出ていた名前だ。ヒューバート自身も一度会った事があり、ロセたちが逃げる前に彼女を抱き締めていた男だと思い返す。明らかに寝不足気味で陰湿そうなスーツの青年。誘拐されていたエトワールの話では最後までその男が主犯だと思っていたという。
ロセがヒューバートを諦めない限り、これからも彼らと関わる可能性があるはず。こうしていみじくも暫く同行しなければならないならば少しでも情報は得ておきたい。
「あなたを嫌っていた男が今やあなたの虜とは。そういえば、その方に毒婦と称されておられましたね」
「あれは僕への愛情表現なんですよ。シシーはとても捻くれていますので」
捻くれているだけの問題ではありません、と口から批判が出そうになったがグッと堪える。確か、シシーという男は彼女が居ないと眠れない体質で、しかもそうさせたのが他ならぬ彼女であるとも言っていた。恐らく、薬漬けにして精神を支配していったに違いない。昔からそういった手法はどの国でも使われてきたのでヒューバートも知っている。問題はどこかの国の機密機関ではなく、たった一個人が自分の欲望を満たす為だけに行ったという事実だ。
「その男に同情しますよ」
「えー!ずるーい!」
自分の仲間であってもヒューバートに感情を持たれた事が羨ましいらしい。嫉妬心から出たロセの声が思いのほか洞窟内でこだました。
もしや、としばらく待ってみるも自分たち以外の足音はなく、ヒューバートは再度ため息をはき出した。
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