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エピソード1.

今回は三人称となります。

第一章から続けて読むと読みにくいかもしれません、申し訳ありません。



 その一報が届いた時、彼は動揺した。

 そして、そんな自分に驚きを隠せなかった。どちらにせよ、それは胸の内での出来事だったが、少し疲れが溜まっていたのかもしれないと思うことにした。

 軍国クルサードの次期国王としてヒューバート・コールフィールドは、判断を待つ己の側近を努めて冷静に仰ぎ見て――

「……一ヶ月の減給を言い渡します」

 絶対零度を思わせる笑顔で命令を下した。

「ええーっ!?ちょっ、そりゃないっスよ!」

 そんな主の残酷な仕打ちに情けない声を上げたのは、目蓋ごと右目を覆う古い傷を歪める側近のトーマス・ロプンスだった。糸目なので分かりづらいが、唯一残る灰色の瞳もどこか涙目になっている。

 同じ年頃という事もあるが、何かと敵が多いヒューバートにとってトーマスはこの国では気心が知れる相手なのだが、たまにイラッとする時があるのだ。いや、わりと頻度よく。

 それが、つい先程で。

「そのにやけた顔をどうにかしなさい」

 主が待ちわびていた知らせを告げた際に、うっかりその心情を想像してしまったのである。

 そこだけ切り取れば、主従の絆がとても深いので良いではないかと思われがちだが、ヒューバートにとっては気にくわない点の一つだった。

 そこへ、ヒューバートの隣りから鈴が鳴るようなクスクスと可愛い笑い声があがった。

「もう、お兄様ったら。そこまでトーマスを叱るのはお止めになってさしあげて」

 眉をハの字にしながらも微苦笑を浮かべたのは、ヒューバートの妹のアメリアで。たまたま、兄に呼ばれて執務室でお茶を楽しんでいたのだ。橙色のツインテールを揺らして、たおやかに笑うアメリアの加勢にトーマスが喜色を浮かべる。


「ですよねぇ!だって、ようやく再会が叶うんですよ?ヒューバート様も嬉しくない訳ないでしょう?」


 ――と、トーマスが言うのも。

 ヒューバートにもたらされた報告とは、隣国ミュールズの王太子オーガスト・マレン=ミュールズが己の婚約者や護衛の騎士達と共に、無事にこの王城に到着したという事だった。

 彼らは、クルサードの真下にある宗教国家聖ヴィルフ国の祝典に招待されているらしく、クルサードには数日ほど滞在する予定となっていたのだ。

 ヒューバートの生まれ育った国クルサードは、古くから軍事主義国として各国に名を馳せている。当然、隣国であるミュールズにも、過去に国土を拡げる為に幾度も戦争を仕掛けた事があるのだが、百年ほど前に和平条約を結び、それが今も履行されているのである。

 その為、クルサードを縦断するオーガスト一行が王城に訪れるのも至極当然の流れだった。

 それに、去年までミュールズに留学をしていたヒューバートは、王太子のオーガストと年齢が近い事もあってそれなりに友好的な間柄と言って良い。また、その繋がりで当時ヒューバートが留学していたミュールズ国の名門校グランヴァル学院にちょうど入学したてのオーガストの婚約者、アルミネラ・エーヴェリー公爵令嬢とも面識があった。――否。

 オーガストには知られていないが、ご令嬢とはそれ以上の関係を目論んでいた。

 簡単に言えば、ヒューバートはアルミネラ・エーヴェリーをオーガストから奪おうとしていたのだ。だが、それもまた正確ではない。

 正しくは、諸事情によってグランヴァル学院でアルミネラを演じていた彼女の双子の兄、イエリオス・エーヴェリーをこの国に連れて帰ろうとしていたのである。

 理由は複数あった。例えば、前世という記憶を持つ妹から助言を受けた際に、イエリオス・エーヴェリーが自国の領土拡大の鍵と考えられるからだとか、彼の容姿は元より調べるにつれて潜在能力が意外と高く利用価値を見いだしたからであるとか。


 なにより、彼の人柄に触れてヒューバートは純粋にイエリオスという少年が欲しくなった。


 結局、少年が逃げられないように追い詰めて後少し、という辺りで残念ながら失敗に終わってしまった。何より、イエリオス本人から説得されたというのが大きいのかもしれない。

 だから。

 だからこそ、今もヒューバートは求めてしまうのだ。


 ――イエリオス・エーヴェリーという存在を。


 そして、この日を迎えたのはまさに運命と言えるだろう。

 それは、一ヶ月ほど前の事だった。ミュールズの王太子とは見知った仲だという事でヒューバートに、国王から一行の歓待をするようにという命令が下ったのだ。それは当然の流れでもあったし、ヒューバートとて不満もなかった。

 オーガストからの手紙を受け取るまでは。

「まあ、アルミネラ様がいらっしゃる時点でご同行されていそうな気はしておりましたけれど」

 実にあの双子らしいですわね、とヒューバートの留学中に短期留学で来ていたアメリアが懐かしそうに微笑んだ。それに対して、いやいや、と横に手を振ったのはトーマスで。

「初の国外行事に参加する妹が心配で、というのとはまた違うんっスよ」

「え?」

「向こうにいる奴からの情報だと、彼の人はつい最近、オーガスト王子の次期宰相候補に選ばれたらしくてですね、その所為でヒューバート様が素直に喜べな」

「トーマス!」

「ぅわっ、はーい!そろそろ移動っすね、了解でーす!」

 口が軽い側近にため息がこぼれる。

 トーマスは知らないが、オーガストから送られた同行者リストには、実は『次期宰相候補』などではなくて『次期宰相』と書かれていたのだ。

 それは不機嫌にもなるだろう。

 隣国ミュールズの慣習で、王族は昔から己の家臣は己で選び定める決まりである。

 要は、全ての役職は子に受け継がれず一世代限り。当然、オーガストもヒューバートが留学している時から適材を探しているようだった。

 それを知っているからこそ、『次期宰相候補』ではなく『次期宰相』と記載してあるという事は、紛れもなくオーガスト自身がこの少年を己の宰相に決めた事に他ならない。

 ミュールズを去る時点でのヒューバートの見立てでは、オーガストにそういった審美眼などはなく、少年の行く末はせいぜい文官か良くて外交官辺りだろうとタカをくくっていたはずなのに。

 外交官であれば、ことさらクルサードに留める事も容易くなる。後で理由は何とでもなるのだから。

 それが、いつの間にか宰相なんて。

 明らかにおかしいのは明白で。そこで、ヒューバートはこの一ヶ月の間ミュールズに潜ませている密偵に情報を洗い直させた。

 そこで浮上したのは、ヒューバートの計画を阻止した現ミュールズ国王の弟の子息だった。

 どうやら、あの男が裏で手を回して自然の成り行きに見せかけて少年を王子の宰相候補へと仕向けたらしい、と。その一件に関して罪人がいるようだが、その者が王弟の子息に傾倒していたという情報も掴んでいる。

 すなわち、その男の目論見はというと――


 彼をミュールズ国という鎖で繋いで、何処にも行かせないつもりですね。


 同時にそれは、いまだ諦めきれないヒューバートに対しての牽制にもなるのだ。いや、ヒューバートだけではない。この先、ミュールズ国内の者や他国の者が彼を欲しがったとしても国の中枢を担う宰相が居なくなれば一大事になるのだから下手に手は出せなくなった。恐らく、あの男ならばそれを見越しているに違いない。

 末恐ろしい男だ、とヒューバートは一度だけの邂逅を思い返す。

 ミュールズ国一の美男子である男は、確かに見目に関しては納得せざるを得ないが、どこか冷めた印象を与えた。おまけに、毒舌まで吐かれるしまつで。

 現宰相の子供でもある双子に並々ならぬ執着があるのは感じていたが、そこまで常軌を逸しているとは思わなかった。

 だからこそ、今回のクルサードでの滞在はヒューバートにとって最も貴重で大切にしたい時間でもあった。

 思わず、動揺してしまうのも無理はない。

 「いってらっしゃいませ」という妹の声に背中を押されて、ミュールズ国の賓客が休憩している部屋へと向かう。

 後ろから口笛を吹きそうな軽さでついてくるトーマスに、ヒューバートは分かりやすくため息をはき出した。

「分かっていると思いますが」

「あちらの外交官には気をつけろ、っスよね。分かってますよん」

 分かっているのならば、どうしてそこまで軽いノリなのか。初めてトーマス・ロプンスという男と出会った頃を思い出して、あれがどうすればこうなるのかと悩まずにはいられない。

「昔は可愛げのない子だったのに。いや、それは今も、ですが」

「あ、そういう事言っちゃいます?っていうか、俺がこんな風になったのってヒューバート様の所為でもあるんですからね」

 糸目の瞳を更に横へと引き延ばすように笑ったトーマスに対して、もう返事をする気にはなれずヒューバートは黙って廊下を歩くことにした。普段であれば、この軽い調子にも適当に対応出来るのだが、今日ばかりは気持ちが落ち着かないからだ。

「貴方を守る事が俺の全てなんです」

 だから、雑念を振り払うようにアッシュブラウンの髪をかき上げたヒューバートは気付かなかった。常に薄い笑いを浮かべているトーマスが、ずっと胸の奥に秘めていた思いを呟いた際、柔らかな笑みを湛えていた事など。

「妄想の間違いじゃないですか?」

「うわわ、厳しいっス!それ、さすがに心が折れますよ!?」

 そうこうしている内に、ようやく応接間へと着いた。

 着いてしまった、という方がヒューバートの今の心境には合っている。そして、再び普段とはかけ離れた位置にいる自分に気付いて驚くのだ。


 心がぐらついているだけで、こんなにも不安定になるなんて。


 取り乱すな、と己を律する。

 こんな情けないざまを彼に見せるのか、と。

 傲慢に、余裕を持って高みから全てを見下ろす姿勢こそ、クルサードの次期国王ヒューバート・コールフィールドなのだ。ずっとずっと昔から。

 浮かれている自分に渇を入れて、ヒューバートはその扉を警備兵に開けさせた。


「お待たせして申し訳ありません。ようこそおいでくださいました、ミュールズ国の皆様。私は、この国の第一王子ヒューバート・コールフィールドです。滞在中は、国王に代わり私が皆様のお相手を致しますので、どうぞよろしくお願い致します」

 まずは、空気の流れを己のものにする為に入室早々に自己紹介をする。

 そして、口を動かしながらも、先に頭にインプットしていた情報と室内にいる人物を照らし合わせていった――が。

「久しぶりだな、ヒューバート。あれからますます頼もしくなったのではないか?今回は宜しく頼む」

「オーガストこそ、お元気そうで何よりです。留学中は大変お世話になりましたので、ここでは是非とも恩返しをさせて下さいね」

 誰よりも先に声を掛けてきたのは、やはりヒューバートと顔見知りでこの一行の中心でもあるオーガスト・マレン=ミュールズだった。そのミュールズ国の王家の証で王家特有色の緋色の髪と瞳が懐かしい。

「ああ、こちらこそ。それで、こちらが我が国の外交官の」

「クロード・ミルウッドと申します、殿下。この度は、クルサードでの滞在の許可を頂きました事、大変恐悦至極に存じます」

 そして、オーガストに促され、最高礼をしながらもどこか値踏みをする視線を隠す事なく浴びせてきたのが、ヒューバートが今回の滞在で最も警戒すべき相手である男だった。その不躾な視線に不快を感じながらも、ヒューバートは素知らぬふりでニッコリと笑顔を作る。

「ミルウッド公爵様ですね。ご息女のエルフローラ嬢には留学中に大変お世話になりました」

「いえいえ、こちらこそ。ヒューバート殿下の事は娘からもよく聞いておりました。短い間ですが宜しくお願い致します」

 さて、相手がどこまで踏み込んでくるだろうか、と思っていたが、さらりと毒を吐き出されただけでそれ以上の事はなかった。ただ、その毒はヒューバートがミルウッド公爵の娘の婚約者であるイエリオスへの無体を指しているのは明白だったが。そんなちっぽけな嫌味に狼狽えるほど柔ではない。

 それに、ヒューバートにとって今はそんな事はどうでも良かった。

 厄介な相手との会話が済んでしまえば、後は普段と変わらず非の打ち所のない『クルサードの王太子』を見せておけば良い。

 他のメンバーについて一通り紹介されるのを待ってから、ずっと気になっていた事をさも今気が付いたとばかりに、そういえば、と口にする。

「あなたの婚約者のアルミネラ嬢と彼女の兄君もいらっしゃるというお話でしたが、どうされたのですか?」

 そう、この部屋に入り、まず求めていた姿が見当たらなかったのだ。けれども、直ぐにそこを指摘してはいけない事ぐらいヒューバートは心得ている。だから、自然を装った。

 それに、彼の妹の姿もなかったのだ。

 ミュールズに留学している際は、彼が欲しくてついオーガストを挑発していた事もあった。だから、もしかしたら彼らの参加は見送られてしまったのではないか、と思わなくもない。それはそれで仕方ないが、少し残念でもあった。

「ああ、途中で珍しくアルミネラが馬車酔いを起こしてしまってな、イエリオスと騎士が付き添っている。だから、三人は少し遅れてくるからよろしく頼む」


 ――馬車酔い、ですか。


「そうでしたか。それなら、私の部下に迎えに向かわせましょうか?」

「いや、さほど遠くはないから大丈夫だ」

「分かりました」

 ヒューバートはオーガストの表情を読みながら会話を進めていたが、嘘を付いている様子はなかった。

 で、あればと次に考えうるものは。


 まさか、妹君が私に会わせないよう画策して?


 という所だろうか。兄至上主義の彼女は、兄が無理矢理クルサードに連れて行かれそうになっていた事を知っている。その為、ヒューバートを心の底から毛嫌いしているのは分かっていた。


 あの方が私と会う事を嫌がるとは思えないし。


 イエリオス本人がヒューバートとの接触を厭うたはずはない。

 そんな気弱なタイプではない事は、最後までクルサードへ来る事に抵抗されたヒューバートが誰よりも知っているつもりだ。

 どんな最悪な状況にも最後まで抗い続ける人だから、ヒューバートは求めたのだ。

「では、城内を案内しますね」

 本当に馬車酔いだったにせよ、いずれは会える。

 それは確かであるので、後ろに付き従っていたトーマスに目配せをして予定通り案内をすることにした。


一応、一週間に一度の更新を目指しますが基本的に不定期更新です。

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