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とある王子の憂鬱なる日々  作者: 九透マリコ
幾重の星ノ物語
1/28

エピソード1.(彼女視点)

よろしくお願いします。



 星は、すべてを知っている。

 過去の罪も、未来の光も。

 そして、わたしの――




 その国を初めて見た感想は、全てが灰に覆い尽くされた一つの絵画としか言えなかった。

 まずは、人。国の都心部である市街地を歩く人の誰もが、前を見据え歩いているのに冷え冷えとしており、まるでここではないどこか遠くを見ているようで生気が全く感じられない。

 次に建物。わたしの国とは違って、さすがは都会だと唸らせるような見た事も無い背の高い建築物が建ち並びここが迷路だと言われても納得出来るほどだった。

 さながら、わたしは砂漠の渡り鳥になった気分。


 つまりは、目的地にたどり着けないという事なのだが。


 ……なんでこんな事に。

 ああ、神よ。無慈悲な心で、私を翻弄するのは――……今すぐ止めろ!とにかく、私はある者の所へと行かねばならんのだ。そうやって、毎度毎度私の道を惑わせるな!

 右を見ても左を見ても、正解が分からない。あー、こんな事なら一人で異国になんぞ来るんじゃなかった。

 どうしたものか。

 歩けど歩けど再び乗合馬車の停留所にたどり着いてしまう己の足を恨みがましく見ていると、幼き子供の声がして振り返る。

「……あの、大丈夫ですか?」

 心配げに見上げてくる顔を見れば、どこか愛くるしい顔立ちの少年で、砂嵐に巻き込まれた時のような荒みきった心が癒やされた。まだまだ幼いながらに、旅人を助けようという心遣いが素晴らしい。

 これは、十全。聞かぬは旅のなんとやら、だ。

「これは、頼もしいお子であるな。実は、目的地へ歩いていても、いっこうにたどり着かず難儀しておったのだ」

「……そ、そう、なんですか」

 うん?気のせいだとは思うが、少しだけ引かれたような?いや、きっと気のせいに違いない。

 こんな襤褸を着た人物にわざわざ声をかけてきてくれたほどだ。彼は、純粋にわたしを心配してくれているのだろう。

 そう、それに人を疑ってはならないはずだ。確か、アルテミオ御師がそのように言っていた。

「それで、どちらに?」

 何と!よくぞ、聞いてくれたではないか。

 旅先での恥はなんとやら。だから、わたしは胸を張って堂々と彼に答えた。



「王宮に。わたしは、第一王子の許嫁であるからな」



 ……正確には、予定なのだが。

 こればっかりは、当人同士の問題と常々言われておるので、わたし一人では解決出来ぬ。

 腕を組んで、どうしたものか悩んでいると少年が襤褸を引っ張った。

「よく分かりませんけど、王太子様にお会いしたいという事で良いのでしょうか?」

「あ、ああ」

「では、王宮付近までご案内しますので、付いて来て下さい」

「え?親は?いいのか、少年?」

「慣れてますから」

 トントン拍子に決まってしまったが、一体、親は何をしておるのだろうな?わたしの見たところ、この子は十歳にも満たしてないと思うのだが。

 こんなにも可愛い容姿なのに、拐かされでもしたらと思うと気が気ではない。

「しょ」

「ドムク、です。ドムクって呼んでください」

「心得た」

 わたしの国であれば、その親の元まで出向いて説教の一つでもしてやるのだが、ここは異国。仕方ない、郷に入ってはなんとやらだ。

 適当に見繕った服を入れた旅用の鞄を持って、彼の指示に従い再び歩き始める。

 当初、着いた時点では盗掘迷宮に入った時のようにワクワクしたものだが、あいにくここは異国である。何度もスタート地点に戻る度に、わたしの体力はごっそりと削られていったのだ。

「王宮に行く前に、少し休憩でもされますか?」

 それは、願ってもない申し出だが。

「あいにく、この国の金がなくてな」

 一応、ここへ来る前にこっそり溜め込んでいたものは持ってきたのに、聞けばこれはここでは使えないと言われてしまって、実に残念だ……という旨を少年、ではなくドムクに伝えたところ、彼はクスッと笑って首を傾げた。

「両替商に行きましょうか?」

「両替商?」

「えっと、お姉さんの国の貨幣を僕の国の貨幣に替える業者の事です」

「なんと!そんな事が出来るのか!?」

 何だと?それは、実に素晴らしい役割ではないか。いや、……もしかしてどこの国にも既に存在していたりするのだろうか?わたしの国では、まだそんな商人はいないはずだが。

「昔から貿易商がそれを担っていましたが、去年、改めて国の指揮下で開設したばかりなんです。……王太子様がお考えになったとかって」

「そのわりには、暗い顔だな?」

 さっきまでの明るい表情が嘘のようだ。

「悪人はどこにでもいますから」

「うん?」

 悪人だと?

「いえ、こっちの話です。さあ、それじゃあ両替商に行って色々とご案内しながら王宮へ向かいましょう」

「よろしく頼む」

ほう。……はっはーん、なるほどな。

 何故、ドムクがわたしに声をかけてきたのか、何となく読めてきたぞ。見るからに異国から来た旅人のわたしの案内をすると見せかけて、実は両替商の悪人共を見張る役目を彼が担っていたからではあるまいか?うんうん、だから一人きりで行動をしていたというのだろう。

 子供ならば、誰にも警戒心を抱かれずに済むものだしな。……ということは、ドムクの背後に何者かがいるとみて間違いない。

 ならば、わたしが進むべき道はただ一つ!


 彼の任務が上手くいくように、大人のわたしがこっそり助太刀してやろうではないか!


 ふふっ。そして、この大捕物を手伝った成果を第一王子に見せつけて、わたしとの婚約を受け入れてもらえばよいのだ。

 くっ!なんと、完璧な計画か。己の頭脳が末恐ろしい。

「では、行くか」

 よし、いざ行かん!悪人共の巣窟へ!

「……ごめんなさい、お姉さん。そっちは真逆です!それから、両替商の店は直ぐそこなんです」

「そ、そうか」

 やはり、神は私の道を阻むのがお好きなようだ。




 両替商の店舗はどこにでもある普通の建築物とさして変わらなかった。というか、普通に土産物店の並びにあった。

 悪の巣窟だから、さぞやおどろおどろしい建物なのかと思いきや至って変哲のない平屋の一角だったから、虚を突かれて気が抜けてしまったほどだ。

 しかしながらに、両替商は繁盛しているらしく、わたしの他にも異国から来たと思われる旅装束の者達が揃って並び、順番を待つ。なんという事だ。もっと早く知っておれば、もうとうに両替も終えているというのに。内心、そう嘆かわずにはいられない。

 それでも、入国して一番初めの難所だと認めざるを得ない列に組まれて、皆と一様に大人しく待っていたが、先頭の男の手際が悪いのか、そこで時間が要されてわたしの数人ほど後ろの方から批難が飛んだ。

「早くしろよ!」

 それを機に、他の者まで煽り始めるのは自然の道理。こういう批判は、どこの国でも大なり小なりあるのだから、わたしも一々腹を立てたりはしないのだが。

 後ろから何か飛んだと思ったら、わたしの他にも静かに待っていた人間へと当たってしまった。

 それも、見事、後頭部へと。

「……いたっ!」

 頭に物をぶつけられて、振り返ったのは若い女性だった。見たところ深い怪我ではなさそうだが、それよりもこの場に似つかわしくない色気ある雰囲気が気にかかる。

 黄緑色の垂れ目がちの瞳とふっくらとした唇が扇情的で。柔らかそうな腰まである亜麻色の結わえた髪が、旅人とはかけ離れた印象をもたらすのだろうか。

 彼女は、涙目で頭をさすりながら相手を探すが、誰も自分が投げたとは言わず無視を決め込む。

 ……なんという事だ。ここでは、それがまかり通っているというのか。その事実に驚きを隠せない。

 『弱者とは常に弱き立場にいる者。だが、何を以てそう呼ぶか。故に、このまま泣き寝入りすべきではない。』

 ――わたしは、アルテミオ御師にそう習って育ったのに。

「彼女に物をぶつけた輩は、どこのどいつだ!恥知らずめ、名を名乗れ!」

「え、ちょっ!だ、駄目だって!」

 わたしの発言に驚いて、ドムクが襤褸を引っ張って制してくるが我慢がならない。後ろを振り返り、怒りのままに叫んでやるといくつもの視線がこちらに集まる。

「他人への罵詈雑言ならまだしも、物を投げるとは何事だ!お前達は、己の国の名を背負ってここまでやってきたのだろうが!」

「……誹謗中傷は別にいいんだ」

 うん?ドムク、なんでそんな半笑いなんだ?

 文句を言うのは、当人の勝手ではないか?言いたい奴には言わせておけばよいではないか。

「言ってくれんじゃねぇか!」

「そうだ!そうだ!」

「こちとら、この後に控える商談の時間が迫ってんだよ!」

 よくもまあ、これだけ好き勝手に吠えられるものだな。

 大勢であれば、何をしても許されると思っておるのか、こやつらは?

「だから、っ!?」

「お客様、困りますね。ここでのもめ事は、一切禁止となっているんですけど」

 後ろから強く肩を引かれて振り返ると、そこに立っていたのは一本の椰子の木、ではなく異様に人相の悪い大男だった。

「でっ、出たな、悪人!」

「は?」

 おっと!ここで言うのはタブーだった。

「い、いや、何でもない。わたしは、もめ事など起こしてない」

 そうだろう?と、ずっと不安そうにわたしを見ていた例の女性に視線を送る。

「……っ」

「なっ」

 ……なんということだ、まさか知らぬフリをされるとは。

 いや、しかし、彼女も旅人には見えないのだから、身を守らねばならない事情でも抱えているに違いない。きっと。それならば、致し方ない。


 どこの国でも、こういう事はよくあるのだから。


「申し訳ないのですが、ちょっとこちらに来てもらえますか」

 だが、それとこれとは今は話が別だ。

「断る」

「いや、もめ事を起こされて、そのまま帰す訳にもいかないんでね」

「断る」

 どうして、わたしが連行されなければいかんのだ。

「は?あのねぇ、お客さん!」

 と、大男が大声を出したと同時に、傍らにいたドムクが襤褸を引っ張った。

「お姉さん、逃げましょう」

 もう駄目だという合図のように、焦燥感を見せてその小さな首を精一杯振ってくる。彼の深刻な表情を見て、ああやってしまった、と後悔が押し寄せてきた。

 ……そうだった、ここは静かに奴らの様子を窺う為に並んでいたはず。

「聞いてんですか、お客さん!」

「……わっ!!」

 グイッと今までにないほど肩を押され、勢いで今まで被っていたフードが脱げる。

しまった、と思った時には顔が明るみに出てしまった。

 チリーン、と耳飾りが激しく揺れる。それと、同時に髪の束がいくつか跳ねて髪飾りが視界に映った。


 アルテミオ御師には、他国の人間には絶対に見せないよう言われていた――父と母に夜の色だと揶揄された髪と共に。


 ああ、どうしよう。ドムクや大男、それに列に並ぶ数多の人間に見られてしまったではないか!

「っ、に、逃げるぞ!」

 ここは、ひとまず逃げるがなんとやらだ。

 何を呆けているのか、動きが鈍いドムクの手を握りフードを被り直しながら走り出す。

「待てっ!」

「誰が待つか!」

 逃げ足だけは速い、とシルヴィオに言われた事のあるわたしの足を舐めてもらっては困る。ここは、一時撤退すべきだと本能が告げているのだ。

 ならば、それに従って行動すべきだという事は馬鹿でも分かる。




 どれぐらいの距離を走って、どこをどう進んだのか分からないが、どうやら追手から逃れたらしい。それに気付いたのは、ドムクが息を切らせながらも止まって下さい、と言ってきたからだった。

 ハアハア、とドムクと共に何度も息継ぎしながら整える。

 ようやく落ち着いたところで辺りを見れば、人も少なく先ほどとは打って変わって外観に装飾の技巧は一切ないが、それでも重層的でどっしりした建物ばかりが集まっている場所だった。過って貴族街にでも来てしまったか?

「ここはどこだ?」

「ふふっ!まさか、ここまで無意識だなんて」

 はて?何が可笑しいのか、急に笑われても困るのだが。

首を傾げるわたしに、ドムクが愛らしく口元に手をやって笑う。居たたまれず、困っていると彼はひとしきり笑った後に、大きく片手を広げたかと思うと優雅に腰を折って頭を下げた。

「ようこそ、クルサードの王宮へ。お姉さん、残念だけどここでお別れだね」

 ……まさか。

 思わず、何度か瞬きをしてから振り返る。

 そこには、巨大な化け物が大きく口を広げたような門構えと共に、今まで見た事のないような大層大きな建物がいくつも混在して建っていた。

「……ここが、王宮?」

「ええ、隣国のミュールズのようにいかにもお城といった形は成していませんけどね。歴代の王が、権力誇示のために増改築して拡大していったので、このような不思議な建造物になりました」

「そうか」

 国によっては、そういう歴史もあるのだな。感慨深い、と目を伏せていると、ドムクが襤褸ではなく、わたしの手に直に触れてきた。

「お姉さん、最後に一つだけお願いをしてもいい?」

 彼が、襤褸ではなくわたしの肌に触れるのは、ここにきて初めてのような気がする。子供にしては慎重な彼が、このようにしてくるのだからとても大切な話だろう。わたしも、誠実に応えたい。

「何かな?」

 出会ってからまだ短時間しか話していないが、わたしはドムクというこの少年に親しみを感じていた。出来る範囲の事でれば、何でもしてやりたいと思える。歳の離れた兄妹がいれば、このような感覚を味わうのだろうか。

「もう一度だけ、顔を見せてもらっていいかな?」

「……何故だ?」

「だって、すっごく綺麗なんだもん」

「きれい?」

 このわたしが?……いや、髪か。なにを勘違いしておるのだ、痴れ者め。

 初めの頃とは打って変わって、年相応に無邪気に微笑むドムクにほだされたと言って良い。アルテミオ御師には、秘密にしとけば問題ないか。

 その方向でいこうと決めて、意を決してフードを取った。

「やっぱり。お姉さんって、すっごく美人だったんだ!」

「……え、あ、いや。髪、ではないのか?」

「え?そうだよ、髪の色も初めて見る色合いだけど、そうじゃなくてもお姉さん自身綺麗だよ?」

「そ、そうか」

 なんだか、照れるな。いや、特殊な場所ではそう言われる事もあるのだが。

「……ありがとう。ドムク、ここまで連れてきてもらって助かった」

「いいえ。僕は何もお手伝い出来ていません」

「そんな事はない。君に話しかけてもらわなければ、わたしはあの場所で今もずっと彷徨っていただろう」

 それに、残念ながらあの悪人共を懲らしめる手伝いも出来なかった。この国の第一王子に婚約を認めさせる上手い算段だったというのに。

 ……無念だ。

 だが、わたしは諦めんぞ!こうなったら、別のやり方で婚約を認めさせるしかあるまい。

「沈んだかと思ったら、何だか急に楽しそうだね?お姉さんに声をかけて良かったよ」

「ああ、こちらこそ!」

「じゃあね」

 そう言って、背を向けた少年に一つ言い忘れていたことを思い出した。

「ドムク!」

「はい?」

 この国の人間にしては珍しい色合いの髪をさらりと揺らし、彼が首を傾げて振り返る。

「わたしは、エトワール!エトワール・アルフ・ワ・ライラだ!また、いつか会おう!」

 すっかり名乗るのを忘れていたから、これでようやく少年と対等になれた。名乗れた事にホッと胸をなで下ろし、大きく手を振る。

 ドムクは、そんなわたしをキョトンと見た後、にっこりと笑って手を振りかえしてくれた。

「素敵なお名前ですね、エトワールさん。それでは、また!」

 走って去っていく後ろ姿をしばらく見つめ、彼を見送る。

なんとも、気持ちの良い少年であった。異国で初めて出会ったのが、あのような心優しく正義感を持つ素晴らしい少年で良かった。

 数時間の小さな冒険を思い出して、胸が熱くなる。

 これからの事を考えると不安でしかないが、今日の事を忘れず頑張ろう。


「……さて。では、いざ参るか、わたしの未来の夫のもとに」



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