生の実感
俺は、このまま死ぬんだ。
独り、誰にも知られず、惨めに死んで行くんだ。
血まみれになりながら、そう覚悟した。
初めは、口から出たものが何か、理解できなかった。
否、違う。
そもそも、只咳をしただけだと、思っていた。
茶を飲んで、咽せてしまったのだと、思った。
だから、『理解できなかった』ではなく、咳と共に出たものは、茶だと思った。
俺は、ノートパソコンを開き、映画を見ながら、茶を飲んでいたのだ。
ふと、茶が喉につかえるような気がし、咽せて、咳をした。
俺はいつもの癖で、おっさんみたく、手で口を覆うことも無く豪快に、咳をした。
そして、しまった、とだけ思った。
口から飛び出した茶が、画面に飛んで、パソコンを壊しやしないか―
そんな呑気なことを考えていた。
だから、咳をし終わって、前を向いたとき、訳がわからなかった。
何故、こんなに茶が赤いのか―
何も分かっていない俺は、画面を覆うそれを手で拭おうとした。
それは、生暖かく、手にねっとりとべたつき、絵の具を擦った後のようなものが、画面に残った。
手についたそれと、拭った後の画面を見て、初めて気付いた。
これは、血、だと。
不思議なことに、目に見える形で自分が認識するまで、人間は己の体調の異常にすら気付かないようだ。
目に見えていたって、理解に時間が掛かってしまう様である。
汚れたパソコンの画面とべたつく己の手を、何度も何度も見比べた。
暫くそれを繰り返し、はたと気付いて、慌てて洗面台に駆け込み鏡を見た。
顔が、口元が、鮮やかな赤に染まっていた。
喀血した―
そこで漸く、己の異常に気付いた。
急に、胸の辺りが途轍もなく、苦しく感じた。
咳が出る。
洗面台に、血が飛び散る。
喀血したことで、ショックでも受けたのか。
身体が震え、足から力が抜けてゆく。
咳が出る。
壁に、赤い飛沫が広がる。
息が苦しい。
あぁ、頭が、明瞭としない。
咳が出る。
床に、大きな、赤い花が咲く。
床の赤く、鮮やかで大きな花を眺めた侭、俺はそこに向けて、突っ伏した。
そして、そのまま床に縫い付けられたかの様に、体はぴくりとも動かなくなった。
救急を―
そう思い、スマホがある方向に腕を伸ばした、つもりだった。
しかし、今の俺には、それすらできない。
あぁ。
もう駄目なのか。
咳が、咳と血が、止まらない。
口から飛び出るそれが、床を益々鮮やかにしてゆく。
俺は、このまま死ぬんだ。
独り、誰にも知られず、惨めに死んで行くんだ。
血まみれになりながら、そう覚悟した。
色がなくなり、視界が暗くなってゆく。
暗く重たいモノクロの視界の中で、ただ唯一、映える色。
鮮やかな、赤を見て思う。
あぁ、俺は、生きていたんだなぁ、と。




