誇りと温度
今更ながらにプロローグは短すぎました……
家をあとにした少年はそれから人気のない夜の街を目的なく彷徨っていた。その時に声をかけられ、引き取られた先の孤児院が、表では出来ない仕事をこなすいわば汚れ仕事を引き受けている場所であり、その孤児院は裏稼業専門の子供を育成する目的で建てられた場所であった。施設で与えられたのが鏡修也という呼称。
そこから孤児院で暗殺の技術から演技まで様々な事を叩き込まれた。感情も感覚もなかった修也にとって訓練自体は大した内容ではなかった。他の子供達は感情を殺すことから始めるそうだが、それにかなり手間取るらしい。
「鏡修也、仕事だ。今回は政府からの依頼だ」
目標の事が事細かに記された4枚の資料が修也に渡される。今回の目標は依頼主にとって邪魔な権力者の排除だった。こういう依頼は意外とあるもので、世界の闇を知らされる。
「期間は」
資料に一通り目を通し終えると、資料を返し、必要な事を聞く。
「本日中だ。護衛の数は5人」
修也は了解した、と頷くと、出口に歩き出す。そんな修也に声がかかる。
「武器はいらないのか?」
その問に修也は振り返ることなく、ぶらりと下げられた右手の袖からナイフを一瞬見せるとすぐに閉まってしまう。修也は拳銃を持った相手5人をナイフのみで相手取る気なのだ。
「いつもどおり、か」
その呟きは修也も聞こえていたが、特に立ち止まる理由もなかったのかそのまま出て行った。
時刻は23時ちょうど。見せられた資料によれば出席していたパーティーが終わり、もう出てくるはずなのだ。修也は身を闇と同化させ、気配を断つ。殺すとは考えない、ただ排除する。修也はただ無心に目標を排除することだけを念頭におく。護衛を排除する必要性はない。邪魔してくるならば同じく排除するだけである。
黒塗りの高級車が止まる。そこに厳重に周りを警戒した護衛を引き連れ目標が車のもとへ向かっていく。資料にあった通り、護衛は5人。目標は自分が死ぬことなど夢にも思ってないという表情である。修也のやけに響く歩く音が護衛の耳に入り、警戒される。気にすることなく進むが一定範囲に入った瞬間銃を向け発砲しようとする。両手に二本ずつナイフを持つと、腕を振り、投げると同時に体の位置を少しずらした。
護衛の男達は発砲と同時に飛んできたナイフを避けることが出来ず首や額、心臓とどれも致命傷に当たり絶命する。護衛の発砲の位置を予測していたように修也の体のギリギリを通り抜けていく。
目標は最後の一人の護衛に車の中に押し込まれるが、修也の投げたナイフが車をパンクさせ動けないようにする。護衛を全て殺し、車に近づくと目標は悟ったような顔つきで目を閉じていた。
「君の、名を教えてくれんか?」
知ってどうするという思いとは裏腹に、口を付いて出る。
「鏡修也だ。だが、これは俺の本当の名前じゃない……」
「誰に付けられたか等些細な問題だよ。その名前に誇りを持つかどうかが重要なんだ」
「あんたを殺せと言われた。あんたの名前も当然知ってる。だが、何故だかあんたの口から聞いておきたい」
修也に感情などないのにも関わらず、修也の口は止まらない。頭の中ではどうして、なぜ、と理解不能な言動に自身の脳がエラーを起こしている。
「白河。白河誠一郎だよ。君は本来優しい人間のような気がするよ。どうか君の未来に幸福を」
その言葉が最後とばかりに誠一郎は目を閉じる。修也はナイフを首に誘うと振り抜く。首に刺さる瞬間ナイフが意思と反し止まるが、無理やり刺し込んだ。そして、一息のうちに意識を刈り取る。飛び散る血飛沫を浴びながら、修也は考えていた。「どうして名乗ったのだろう。名乗る必要などなかったはずだ」、「どうして名を聞いたのだろう」とその二つで思考は一杯になっていた。
「この名前に、誇りを持つ」
誠一郎が言った言葉だ。どういう意味だろうと考える。名前など個人を認識する記号でしかないはずであり、記号に意味など求める方がおかしい。
「……わからない」
そう呟き、何気なく空を見上げると、一粒の雨が目に入った。また一粒、また一粒と降ってくる。やがて、勢いはまし、修也の服を濡らし体温を奪っていく。
「……冷たい?」
不思議な、懐かしいような感覚に体に触れ、施設へと足を向ける。
白河誠一郎が死んだ事は大々的にニュースに取り上げられ、世界を騒がせた。それほどまでに有名であり、人望もある人だったということである。
修也はここ最近仕事もせずにひたすら考えに耽っていた。温度がわかるようになったことが少し修也の集中力を鈍らせていたからだ。このまま感情を、感覚を全て戻したほうがいいのだろうか、と考え始める。
「俺は、戻したいの、か?」
いつまで経ってもその答えは出ずにいると、唐突に部屋の扉が開かれた。黒いスーツを着込んだ男が、資料を片手に依頼を持ってきたのだ。
「依頼だ。これが最後となる」
これが最後とは最後の依頼というわけではなく、これ以上仕事を断るなら修也を処分するということである。仕方ないと思いつつ腰を上げた修也は資料を受け取る。そこにはいつもより多い資料と、その建造物の説明、歴史等が書かれていた。
『華扇学園』。資産家ばかりが集まるその学園は、政治家を多く輩出するなど有名な学園である。資産家の子供の大抵はその学園にかよっている。それだけに、学園の見た目はもはや学園ではないという。そして、目標の顔写真と詳細が書かれた資料に目をやり、名前を見て一瞬固まる。思考も真っ白になり何も考えられない。
「今回の依頼主は貴様の前回の仕事の依頼主と同じ。そして目標は前回の目標の孫娘である『白河小咲』の殺害である」
反応のない修也を無視して、話を続ける。
「期間は3年間。白河小咲が卒業するまでである。貴様はこの学園に潜入し、暗殺を遂行せよ」
黒スーツの男は以上だ、と告げ、部屋を出て行く。一人になった修也は資料にもう一度目を通し、必要な荷物をカバンにまとめ部屋を出た。目的地は、華扇学園。
数日後、あらかじめ準備されていた偽の戸籍等で転入手続きを済ませ、初の登校となる。支給された制服の袖を通し、一人部屋の寮を出ると、数人の寮生活をしている生徒から視線を浴びる。寮に住む人が少ないのは、主に家から車での登校が多いからである。
修也は教室には向かわず、初めに職員室にいる担任のもとへと向かった。担任はスーツをしっかりと着こなした若い女性の先生であり容姿も優れているためか生徒達からの人気も高いそうである。
「おはよう、清水修也くん」
「おはようございます。美里先生」
修也は声音を変えつつ、作り笑いを浮かべ愛想のいい表情をつくる。いくつかのプリントを美里先生から受け取ると、その中にクラスの座席表が入っていた。その表の中には、白河小咲の名前が当然のようにあった。この学校は資産家ばかりが集まる学校だが、それぞれの家が資金を提供してるため、広く、生徒数も多い。そんな中偶然にも白河小咲と同じクラスになれる確率なんてかなり低いものだ。当然の如くこれは偶然でも運命でもなく、裏取引の結果であるのだが。
それから少しの間美里先生と雑談をしている間に始業を知らせるチャイムが鳴り響く。先生に先導され、クラスへと向かう途中、修也はふと一つのことが気になっていた。
クラスの扉の前で少し待つよう言われ、待たされること数分。美里先生から中に入ってくるよう促される。ドアを開け、美里先生の横まで歩いていくと自己紹介をするよう言われたので一歩前へと進み出た。その際、ちらりと目が白河小咲の席へと向けられ、お互いの目が合う。小咲の方も目があったのがわかったのか少し小首を傾げていた。
「皆さん、初めまして。清水修也と申します。この度は親の意向で転入することになりました。こんな時期に転入してくるのも珍しいと思いますが、仲良く出来たらいいなと個人的には思っておりますので、よろしくお願いいたします」
言い終えると、これまた人の良さそうな笑みを浮かべ軽く礼をして美里先生の方へと振り返る。美里先生は席に着くよう促す。職員室で見たクラスの座席表を思い出しつつ、自分の席へと座る。場所は小咲の真横である。
「それじゃあ、自己紹介と行きたいところですが、時間もあまりない為、個々人でやっておいてください。では、出席を取ります」
出席をとってる最中に隣の小咲が小声で話しかけてきた。
「おはよう。私は白河小咲。清水くん最初私の方見てたきがするんだけど、何かあった?」
「ああ、おはよう。俺のことは修也でいいよ。特に何かあったわけじゃないんだけど、気に障ったなら謝るよ」
「あっいや、そういう訳じゃないの。何でもないんなら別にいいの。それと私のことも小咲でいいよ。修也くんって呼ばせてもらうね」
そうやって話していると、後ろの席と前の席の男子生徒と女子生徒が混じってくる。
「なあなあ。俺も修也って呼んでもいいか?」
「ああ、もちろんだよ。えっと……」
「俺は黒田圭って言うんだ。もちろん俺も圭って呼んでくれよな」
「私はね月峰静流っていうの。私も修也って呼んでいいかな?」
「構わないよ。よろしくね、月峰さん」
「私も静流でいいよ~」
お互いに自己紹介を済ませたところで、再び4人での会話が始まる。
「それで、白河さんと修也って知り合いなのか?」
「それ私も気になるな~」
「そんなことないよ、初対面だ。まぁ、もしかしたらどこかでもしかしたらすれ違ったことはあるかもしれないけれど」
「少し、修也くんに聞きたい事があってね。話してただけなの。私の勘違いだったみたいだけど」
たはは、と少し恥ずかしそうに笑う小咲に、興味津々に何が知りたかったのか2人が聞こうとするが、些か騒ぎ過ぎたようで、美里先生に注意されてしまう。
「では、これで朝会を終了とします。起立。礼」
礼が終わると同時にチャイムが鳴る。時間は完璧のようだ。ちなみに、4人とも朝会の内容は頭に入ってなかったりする。そして、朝会が終わるとすぐに、修也の席は人だかりで修也は見えなくなってしまっていた。
数分後、授業開始を告げるチャイムと同時に修也の席の周りからようやくクラスメイト達は自分の席へ戻っていった。修也は心の中で次の休みはトイレにでも逃げ込もうと考えていた。
「大丈夫?」
「あ、ああ。驚いたけどね……はぁ」
小咲が心配する声を修也にかけてくれる。圭と静流は二人して笑いながら、転入生の宿命だな、と他人事である。こうして、修也にとっての初日の授業は騒がしく、穏やかに過ぎていった。
全ての授業が終え、寮に戻った修也は着替えもせず、ベッドに身を投げ出すと、腕で目を覆い朝考えていたことを思い出し、その問を口に出す。
「白河小咲は俺が父親を殺したと知ったら、その時どうするのだろう。憎むのだろうか。怒るのだろうか。それとも、悲しむのだろうか?」
修也は自分の感情さえないのだから、他人の感情を理解できるわけがない。それはわかっているのだが考えてしまう。何がきっかけだったのか全くもって分からないが自分の感覚の一つ、温度を取り戻させてくれた白河誠一郎を思い出す。長年続けてきた仕事の中でこんなことは無かった。今まで、機械のように人を騙し、殺してきた。女子供問わず。
「俺が殺したと知ったら、俺のことを殺したがるのだろうか?」
そんなことを思い、一瞬脳裏にそれはそれでいいかもしれない、と浮かび直ぐに自分を否定する。今日は初めて目標と接触して気が動転しているのだろうと思い、寝る準備を済ませると、枕元の灯りだけ消さず、深い深い眠りに落ちていった。
まずは、お読みいただきありがとうございます。
早々に行き当たりばったりで書くものではないなと痛感しております。ですが、書き始めたからには完結を目指します。
拙い文章であり、ツッコミどころも多々あると思いますが、温かい目で見ていただけると幸いです。
では、これからもよろしくお願いいたします。